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Final:さらばブックハンターミミミ・下

 ミミミはぱんぱんに荷物が詰められたキャリーケースのファスナーを無理矢理閉めた。忘れ物は無い、はずである。一息ついて室内を見渡す。つい三日前まで至る所に物が散乱していたため、片付けられた今となっては以前よりも広く感じられた。五年間暮らしたこのアパートともしばしのお別れだ。

「んじゃ行くか」

 最後にブレーカーを落としてから玄関のドアを開けた。まだまだ暑さが残る時期、朝から日差しが強かった。鍵をかけると念の為にノブを引っ張ってしっかり施錠した事を確認する。それからごろごろとキャリーケースを引きずって、リュックとゴルフクラブ用のバッグに入ったバットを背負いながら彼女はひとり飯田橋駅へと向けて歩き始めた。


「よっ」

「先輩久し振り~」

 駅の入口では既にソラジが彼女を待っていた。シドが連絡をし、空港まで見送ると言って来てくれたのだ。

「おっ、今日はよそいきの格好だな」

「でしょ? さいっこうに可愛いよねボク……依頼人(クライアント)が飛行機で隣に座る時に邪魔だから髪は下ろしてこいってさ。それにしてもいや~悪いね平日なのに。いい先輩を持ったもんだ」

「だろ? 可愛い後輩が旅立つってのに講義中に寝てる訳にもいかねーしな」

「さすが先輩は立派な大学生だね」

「俺もそう思うぜ」

「……てか、何で芦辺達もいるのさ」

 そうなのだ、実はソラジの傍らには芦辺とフアのふたりも立っている。彼らも授業をサボっているのである。

「……ミミミちゃんにはお世話になったし」

「せっかくだからな……俺は世話になったのかは微妙だけど」

 素直な気持ちを伝える芦辺と苦笑いを浮かべるフア。見送りが増えて悪い気はしない。

「そっかそっか! やーさすがボク。これも日頃の行いのおかげか。徳って奴だね。なっはっは」

「……なあミミミ、シドは……」

「知らんあんな奴! とっとと行こっか!」

「……お、おう、じゃあ行くか」

 ソラジを先頭に、四人は改札を通ってホームへと上っていった。

 電車とモノレールに乗っている間、四人はそれぞれの近況を話した。ソラジは何やら適当にパソコンをいじるサークルに入っているらしく、講義が入っていない時間帯や放課後はそこに入り浸っているらしい。芦辺は桐野と同じ大学を目指して休日はしょっちゅう一緒に勉強をしているそうだ。今はまだ若干成績が足りないそうで、冬に向けて苦手な部分の復習を重点的に行っているらしい。フアは推薦を受けつつ都内の大学を目指しているとの事だった。そしてミミミはイーデンに関する部分を省いた上で今受けている依頼についての話をした。

「超絶美少女ブックハンターJKミミミちゃんが遂に世界に見付かっちゃうな~。ごめんね、皆の手の届かない所に行っちゃうよ」

「ワールド・ツアーだな。土産期待してるぜ」

もろちん(・・・・)! 写真とかいっぱい送るよ! シドに!」


 モノレールは都心部からどんどん遠ざかっていき、羽田空港国際線ビル駅に到着した。国際線ターミナルと直結しており、改札を抜ければもうそこは出発ロビーである。

「ん?」

 改札の出口からすぐわかる位置に十数人のまとまった集団がいるのにミミミはすぐに気が付いた。しかも見覚えのある顔ばかりである。ブックハントの依頼を通じてこれまでに知り合った人達だった。

「あれ何でいんの?」

「シドだよ」

「え?」

 後ろを歩くソラジが答えた。芦辺とフアが補足する。

「シド君、これまでの依頼で関わった人達に片っ端から連絡を取ったんだって」

「サプライズって奴だな」

「…………ふーん、なるほどねえ……あのエロ眼鏡、たまにはいい事してくれんじゃん」

 にんまりとした笑顔を作ってミミミはぶんぶん手を振りながら一同の元へと寄っていく。

「やーやー皆さんお揃いでー! ボクのために集まってくれてありがとー!」

「俺達もここで待ってるからさっさとチェックインを済ませてこいよ」

「はいはーい」

 ソラジ達と一旦別れミミミはネオン達の姿を探した。目立つ髪色のため、すぐにふたりがソファーに座っているのを見付ける。それから一緒にチェックインを済ませてキャリーケースとバットを預けた。ロビンソンもケージに入れられ貨物として預けられる。寂しそうに鳴いていた。

「何だかボクのために集まってくれたみたいだからさ、ちょっくら行ってくるよ。人気者は辛いね」

「わかったわ……フライトまで時間はあるし、しっかりお別れをしてくるといいわ」

 ふたりの了承を得てミミミはソラジ達の元へと戻っていった。

 真っ先に口を開いたのはコスプレ写真集の交換ハントを依頼してきた男、紀伊國だ。隣にはアイズも高飛車な顔で立っている。

「ミミミ氏には本当にお世話になったでござる! 海外で綺麗なレイヤーさんがいたら教えて欲しいでござるよ!」

「おっけー! シドに送るから!」

 握手しようと差し出された手をミミミはしっかり握らなかった。

「ふんっ! 別にあんたのために来てやった訳じゃないんだからね!」

 続いてアイズがつんとして言い放つ。

紀伊國(こいつ)が空港で飛行機と一緒に写真を撮りたいって言ったからついでに見送りに来てやっただけよ!」

「おーおーそうですか。その割にはコスプレ道具が見当たらないけど」

「う、うるさいわね!」

 恥ずかしそうにして彼女はぷいっと顔を背けた。こいつ、典型的なツンデレである。

「まあ、せっかくだから来てやったよ」

「ゴリ子ー!」

 最早見慣れた顔となってしまったアプリコットも来てくれていた。いつもの様にゴスロリだ。

「ゴリ子って言うな! こんなに大勢の前で……!」

 ごほん、と彼女は気持ちを落ち着かせようと咳払いをした。

「風見からの伝言だ。『帰ってきたら酒でも飲もう』だと……長丁場の仕事らしいな……ま、あんたなら大丈夫でしょ」

「あんちゃんの奢りで! って言っといて!」

「しかし、まさかお前がそんなでかい仕事を請け負うまでに成長するとはな……」

 シンが感慨深そうにうんうんと頷きながら腕を組んでいた。いや何かずっと見守ってきた様な雰囲気を出してるけどそうでもないよねこのおっさん。

「おっさんも、忙し……くはないスケジュールの穴を埋めてやってありがとう、ボク?」

「気遣いを途中で諦めるなよ! 何だその日本語! ……まあせっかくの旅立ちなんだ、俺からのささやかな餞別を」

 彼はそう言うとジャケットの内ポケットからポチ袋を差し出す。ミミミは嬉しそうにそれを受け取るとすぐに中身を確認しようとする。

「お! お年玉!? 太っ腹だね~! さすが稼ぐ男は違うね!」

「あ、おい馬鹿やめろ! 普通そういうのは後から確認するものだろ……!」

「……」

 彼女の予想に反して中に入っていたのはお札などではなく、一枚の名刺であった。シンの名刺だ。彼女はそれをそっとポチ袋の中に戻し、すっと彼の胸ポケットに包み返した。

「いらなーい」

「受け取れえええええええええええ!」

「死んでもいらんわ! シンだけに!」

「おもんねーわ! ってかやっぱ名前覚えてんじゃねーか!」

「その……世話になったな」

 叫ぶシンを無視してミミミは次の人物へと会話を移した。彼女と同世代の、茶色がかった瞳をしている黒髪の少年だ。

「……誰?」

水元(みずもと)だ」

「水元……? 誰……?」

「……そりゃそうなるよな。本作(こっち)には出てないからな」

「あー! タイニーアイランドに遊びに連れてってくれた水元じゃん! うっわ懐かしー! 何年前だっけあれ!」

「つい1、2ヶ月程度前の事だが」

「あそーお? いやーお前も彼女と頑張れよ」

 ばんばんとミミミは水元の背中を叩く。

「……あ、ああ」

「ぶふぉおおおおおおおおおお!」

 無愛想に答える水元の声は突如起こった雄叫びの様な喚き声でほとんど掻き消された。急にそんな奇声を発せられたもんだからミミミは肩をびくつかせる。

「うっ……うぐっ……ミ、ミミミ……まさかなあ、お前がなあ……ぐすっ! 立派になったもんだ……!」

「……」

 顔を引きつらせつつ、そそそ、と彼女は後ずさりくるりと振り返るとソラジ達に声を落として尋ねる。

「……何で榊がいんの」

「さ、さあ……」

「シド君が呼んだからでしょ……」

「うおおおおおおお!」

「びくっ!」

 榊はまた馬鹿でかい声を上げた。見事なまでに男泣きしている。

「頑張るんだぞ! ミミミ……ッ! ぐすっ、ム、ムフーーーーーーーーッ!」

「何でムフってんだよ! 情緒どうなってんだ!」

 するとその時水元の目が何かに気付いた様にはっと見開かれた。そして榊の顔を見て恐る恐る声を出す。

「……ま、まさか……」

「……ムフ?」

「お……親父……なのか……!?」

「……ム……………………息子? 生き別れた、息子……!?」

「親父……!?」

「息子……!?」

「親父……!?」

「息子……!?」

「……な、何か感動の再会が繰り広げられてるな」

「知らん、どーでもいー」

 榊と一緒にフアの言葉を適当に流す。

 彼らの他にも懐かしい顔ぶれが揃っていた。そのそれぞれとミミミは言葉を交わしていく。

「それにしてもシド君遅いね」

 一通り話した終えた所で芦辺が言った。

「まさか間に合わないんじゃ……」

「けっ! まったくあいつはまったく! 散々世話をしてやったボクの見送りに来ないだなんてとんだイカレチ◯ポ野郎だな! ぷんぷん!」

 かっか(・・・)しながらミミミは携帯で時刻を確認する。保安検査場を通らないと危ない頃合いだ。

「ま、別にいいけどね」

 ミミミは改めてこの場に集まってくれた一同と顔を見合わせた。

「みんな今日はほんとにありがとね! ……そろそろ行くよ」

 そう言って皆に背を向けてネオン達の元へ歩いていこうとしたその時。

「ま、待て!」

 聞き飽きた声がした。


・・


 シドが呼び留めた後、しばしの間を置いてからミミミはこちらに勢いよく振り向きずんずんと足早に距離を詰めてきて乱暴に言い放った。

「遅いっつの!」

「わ、()りい……」

 急いで駆け付けたため、ぜえぜえ乱れる呼吸をシドは必死に整えていた。

 ふと周りを見る。彼が連絡を取って都合を合わせてくれた人々がたくさん集まっていた。この人達はみんな、ミミミが依頼を通じて繋いできた人達だ。ミミミのブックハントがこれだけの大きな人の繋がりを作った。彼女が五年の間にこの街で何をやってきたのか、それを目に見える物として旅立つ前に彼女に見せたやりたかった。

「間に合ってよかったです、シドさん……」

 城跡めぐりの小説のハントの依頼人、詩織がほっとした様に胸を撫で下ろしていた。

「詩織さん、ありがとうございました……何とか間に合いました」

「……何の話をしてんの?」

 疑問に思うミミミにシドは提げていた紙袋を掲げる。

「何だそれ」

「……お前にやる」

「……? 何だよ急に」

「いいから受け取れ」

「……」

 無言で受け取ると彼女は中身を確認する。息を呑んだのがわかった。

「……これ……」

 取り出してシドに見せた物は、本だ。文庫サイズの、黒い表紙の一冊の本。シンやアプリコットも反応している事に気付いた。

「……コロンシリーズ……? なの……?」

「お前がそう思うんならそうなんだろうよ」

「……『MYMIMI:2015』……え? マイミミって誰?」

「……す、すまん、それは……寝ぼけたまんま入稿しちまって、タイトルの誤植に気付かなかった……」

「…………は?」

 虚を突かれたようにミミミは目を丸くした。

「入稿って……これ、お前が書いたの?」

「あ、ああ……そんで詩織さんの小説を持ってた江口さんの知り合いの、例の印刷所に頼み込んで作ってもらった。ギリギリになっちまって今貰ってきた……お前の1年分の依頼の記録だ」

「ボクの本??」

「まったく面倒だったぜ。こちとら受験勉強があるってのによ」

「……」

「な、何だよ。書いてやったんだからありがたく受け取れ」

「……人の名前間違えんなよ」

「そりゃそうだけど!」

「……まあ受け取っといてやるよ……で、こっちの封筒は何なのさ」

「! そ、それはここでは開けない方がいい!」

「は? 何でよ」

 彼の忠告を無視してミミミは「MYMIMI:2015」と一緒に紙袋に入っていた封筒の中身も取り出す。ブロンド・ヘアーの裸体の女性がでかでかと表紙に写った写真集だった。

「いや引くわ」

「あ、あーごほんごほん! じ、じつはなーぼ、僕の大切なコレクションのひとつがど、どっか行っちまってなー!」

「……急にどうした」

 シドは精一杯の演技をしてみせるが誰がどう聞いても棒読みであった。構わず続ける。

「ブロンド・ヘアーの裸体の女性がでかでかと表紙に写った写真集なんだけど!」

「自分で言ってて恥ずかしくないのお前……てかこれじゃん。ここにあるじゃん。何言ってんのさ」

「あちこち探し回っても全然見付からなくてなー!」

「いやだからこれ……」

 そこで彼はビシッとミミミの顔を指差す。

「だ、だからお前に依頼してやるよブックハンターミミミ!」

「! ……へ?」

 ミミミはまたきょとんとする。

「その本を見付けて……僕の所に持って来い!!!!!!」

「……………………………………!」

 彼が何を言わんとしているのか、ミミミは理解した様だった。何かを話そうと口を開くがなかなか言葉が出てこず、口をぱくぱくとさせているのがわかる。珍しく動揺している様にも見えるが、はたしてどうなのか。

「……受けてやろうじゃないの、その依頼」

 やがて彼女はそう答えると、写真集を封筒に入れて紙袋に戻した。

「じゃあボクからもおねがいしちゃおっかな~♡」

「……な、何だよ」

 すっかり調子を取り戻したのかミミミはにんまりと不敵な笑みを浮かべる。何か変な事でも頼まれるのか、とシドは身構えたが、彼女はすぐに真面目な顔に戻って続けた。

「ムムとメメをよろしくね」

「……」

「嫌そうな顔すんなよ! 人の弟妹(きょうだい)だぞ!」

「…………はあ、まあお前みたいになられても困るからな……面倒見てやるよ」

「……んじゃ。ライゾウじいちゃんにもよろしく」

「ああ……ハント頑張れってよ。商店会の人達も。とっとと行ってこい」

 ひらひらと皆に手を振ってミミミはネオン達と合流し、共に保安検査場へと向かう。その後ろ姿をシドは集まってくれた人々全員と一緒に見守っていた。

「……ミミミ!」

 小さくなっていく彼女の背中を見届けながら、シドは思わず声を上げていた。

「お前がいないとなあ! 静か過ぎるんだよあの町は!!!」

 くそっ、こんな事言うつもりなんて無かったのに。聞こえなかったのか、ミミミは振り向かずにゲートを通過していった。

「……行っちまったな」

 ソラジが元気付けようと肩にぽんと手を置いてきた。

「……はい」

 もう一度ゲートの方へと視線を移す。ミミミ達の姿はもうとっくに見えなくなっていた。

「……で……何で榊がいるんです?」

「えっ」

「親父……!?」

「息子……!?」


・・


「良い人達ね」

 機内で席に着き、窓の外から駐機場の様子を眺めていたミミミに隣に座るネオンが言った。その隣にはもちろんサイネが座っている。

「まあね。類は友を呼ぶって奴かな」

「最後、振り返ってあげたらよかったのに」

「何の話?」

「……いえ、何でもないわ……仕事の話をしましょうか。予定が変わったの」

「え? 上海じゃないの?」

「裏のオークションに紙片が出品されるっていう情報を仲間が掴んでね」

 サイネがネオンの隣から顔を覗かせる。

「だから、上海に着いたらすぐに香港に向かう事になったよ」

「そう……オークションは5日後。香港で合流して、最悪当日の予定競売時間までに紙片を奪うわ」

「ひゅーっ。いきなり大変だ」

「向こうに着いたら早速ばたばただから機内で少しでも休んでおくんだね……と言っても2時間ちょっとくらいしか無いけど」

「オッケー」

 やがて飛行機はゆっくりと動き出し、滑走路へと向かい始めた。ミミミはリュックの中から「MYMIMI:2015」を暇潰しに読もうと取り出した。心を読もうとするが、すぐにやめて表紙をまじまじと見つめた。せっかくだから、ゆっくり読んでいくか。ハントの間時間はいくらでもあるんだし。

 ミミミは表紙を捲った。


 MYMIMI:2016 Fin.

読んで下さりありがとうございました。

「ブックハンターミミミ」はこれにて一旦完結です。

またどこかでお会い出来ればその時はまたよろしくお願いします。


水元って誰だったんだ……って方はこちら↓

LIU:2016発目の弾丸は君がために(作者:ウサギ様)

https://ncode.syosetu.com/n9838dg

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