Vol.3:禁書奪還作戦・上
シドは人として大切な物を失ったのでした……。
「おい、僕の本返せよ」
新学期初日の朝、ミミミの顔を見たシドの開口一番の台詞がこれであった。
「は?」
彼女は何の事かと首を傾げる。状況を理解出来ていないらしい。彼は彼女の机をばんと叩いた。
「とぼけんじゃねえよ! こないだ榊に取られた僕の本だよ! 返せ!」
「……あ~~~~、あれね……!」
思い出した様にぽん、と手を打つミミミ。
「何お前? まだそんな事言ってんの? しつこい男は嫌われるよ」
「うるせえ! 開き直るな!」
「開き直るも何も、そもそもボク関係無いし」
「いいや元はといえばお前の弟妹が原因だろうが。姉のお前が責任持ってきちんと取り返せ」
「えぇぇぇぇぇ~~~……」
彼女は顔を歪めた。誰がどう見てもめんどくさそうである。
「ていうかお前さあ、新学期いの一番の言葉が『エロ本返せ』って、どういう神経してんのさ。クラスメイトの女子に振る話題じゃねーでしょ」
「それだけ僕にとって大切な本だったんだ!」
シドは語気を強めた。すると彼の気迫に負けたのか、ミミミはわざとらしく長く重い溜め息をつきしぶしぶ了承した。
「わ~かったよ、やればいいんでしょ、やれば……で? いくら?」
「何で金取る前提なんだよ!」
またも怒鳴るシド。
「ええ……? だってプロだし……」
「おーまーえーなあ! 僕の言ってる事わかってんのかよ!」
彼はさらに苛立ちを募らせ彼女の襟首を掴みがくがくと首を前後に揺すり始めた。
「あー、わーったわーった、昼飯で勘弁してやるよ」
「わーってねーじゃねーか!」
「くはーっ! いやー食った食った!」
学生食堂で昼食を終えたミミミは満足そうに腹を撫でながら爪楊枝で歯の間をいじっていた。さながらおっさんである。終いにはげっぷまで発した。
「いやー、やっぱり人のお金で食べるご飯が一番美味しいなあ」
「こいつ、特A定食にスペシャルパフェまで付けやがった挙げ句クソみたいな台詞吐きやがった……」
文句を垂らしながらシドはかけうどんの残ったつゆを啜る。
「さて、お腹もいっぱいになった事だし」
「ハント行くぞ」
「寝るか」
「寝るな!」
机に伏せたミミミを彼は無理矢理立ち上がらせようとした。
「おらこっちは飯までおごってやったんだぞさっさと働けプロのブックハンター!」
「うえ~、ちょっと食べ過ぎちゃって……うぷっ」
今日は始業式であったため学校は午前で終了であった。部活動に所属している生徒は昼食後のこれから練習に励むのであろうが、そういった物に一切参加していないミミミとシドにとってはそれは無縁の事だ。ふたりはサッカー部や野球部、陸上部などの体育系の部員が溢れている運動場の端で窓から校舎の中を覗き見ていた。周期的にそばをランニングしていくサッカー部員がその都度不思議そうな目線を彼女らの背中に送っていたが、ふたりはそんな事など全く気にかけていなかった。
「まずは榊の席の位置を確認するぞ」
今ミミミ達の視界には人がまばらな職員室の風景が映っていた。ここに直接乗り込み、榊の机を調べようというのである。
「なあ、いくら榊とはいえ教師だぞ。学校にエロ本なんて持って来るか?」
あまり乗り気ではないシドがミミミに尋ねる。最もな意見である。そんな事をしていたら教職者としてどうなのだろうか。
「されど榊だよ。見張りに付いた自習の時間に教卓で本を読みながらムフッてる姿が確認されてる」
「やはり榊か」
やはり榊であった。
シドはしゃがんだ体勢から少しだけ顔を出し、改めて室内を見渡した。いくつか作られている机のシマのひとつに目的の人物の姿を発見した。榊教員はパソコンに向かって作業をしている所だった。
「……事務作業中っぽいな。当たり前だけど他の先生もちらほらいるぞ……どうする」
「……ふむ」
ミミミはこくりと頷いた。
「ボクを誰だと思ってるんだい……ブックハンターミミミだよ」
そして涼し気にそう言うとにやりと笑った。
「ふ~」
「あの~、榊先生」
事務作業が一段落した榊が湯飲みに入っていた茶を一口啜った所、ひとりの女子生徒が声をかけてきた。
「ん?」
振り返って見た少女の顔に彼は見覚えがあった。というか、この学校で彼女の事を知らない教師はまずいなかった。なぜかいつもバットを身に付けているという見た目のインパクトもあるが、授業中の大半は話を聞かずに寝たりしているくせに成績は抜群にいい事から教師の間でかつて話題になった存在だからだ。しかも名前も珍しく、一度聞いたら必ず覚えてしまう物だった。
「おお、どうしたミミミ」
「あの……ちょっと先生に相談があって」
学校中で有名な女子生徒、ミミミは普段は見せないしおらしい態度で深刻な声を出す。いつもはもっと活発な印象だが、こんな一面もあるのか、と榊は内心驚いていた。
「相談? 私に?」
「はい」
「一体何だ?」
「……ここじゃ話しにくいから場所を変えてもらえませんか」
「あ、ああ、そうか。わかった」
促されるままに彼は席を立った。
……。
ふたりが職員室のドアから出ていってから数秒後。
「いやこれ前と同じじゃねえかあっ!」
その反対側にあるもうひとつのドアを勢いよく開けながらシドは叫んだ。職員室の出入口は二ヶ所あるのである(加えて外への非常口が二ヶ所ある)。
「失礼しまあっす!」
突然のシャウトに目が点になっている室内の教師達を無視し彼は迷わず榊の席へと向かう。
「な~にが『ボクを誰だと思ってるんだい?』だよあいつ! こんな適当な作戦でよくあんな涼しい顔でカッコつけられるな! 半年前から全く成長してねーじゃねーか!」
ミミミが提案した作戦、それは彼女が榊を連れ出し、その間にシドが彼の机を漁るという内容だった。以前これと全く同じ事をハントでやったのである。榊の席に着くと彼は躊躇いも無く引き出しを開けた。
「あー榊先生あのプリントどこに入れたのかなあ!」
やや乱暴な演技をしながら机の中を掻き乱していく。無断で漁ってるんじゃない、先生に頼まれてプリントを探してるんですよ、という周りにいる教師に不審に思われないための彼が考案した設定なのであった。もちろんほんとは無断で漁っているのだが。そしておもいっきり不審なのであるが。とりあえずはこれで円滑にハントを進められればそれでいいのだ。場当たり感は一切拭えないが。
「ていうか何で僕がハントしてるんだ!? 本来これはあいつの仕事じゃないのか!?」
などとぶつぶつ言いながらあの本を探すが、どこを漁っても一向に見付からない。出てくるのはファイルやプリントばかりである。ミミミの予想は外れたか。
「……!」
大方を調べ終えた所で彼は時計を見た。三分ほどが過ぎている。予定ではあと二分ミミミが榊を足止めしてくれるはずだ。もう少し詳しく探し直すか、そう思った時だった。
先刻彼女らが出ていったドアが急に開けられた。まさかと見てみると榊であった。
「げ!」
だが彼は室内に戻ろうとする所で後ろを振り返った。ミミミとまた話している様だ。彼女がギリギリまで抵抗している、そんな風に見えた。彼女と目が合う。
『予定より早えーじゃねーか!』
『うっせえ! さっさとずらかれ!』
アイコンタクトで会話をするとシドは慌てて引き出しを閉め、そそくさと入ってきたドアへと戻るのだった。
「机には無かったぞ。やっぱり学校になんて持って来てねーんじゃねーのか」
作戦を終えたふたりは廊下で話し合いをしていた。
「いや、そんなはずは無いよ。絶対学校に持って来てる」
「えらい自信だなあ……てか何でお前予定よりも早く切り上げてきたんだよ。5分っつってたじゃねーかよ」
「……ごめん、あいつと5分も同じ空気を共有出来なかった」
「……そりゃしょうがねえわ……」
今回ばかりはミミミを責められない。
「ちなみに何つって連れ出したんだ? 何か適当に嘘の相談をするとか言ってたけど」
「ん? 最近お前に嫌らしい目で見られてるって相談」
「ふざけんな!」
「だーいじょぶだいじょぶ、嘘だから」
「だいじょばねえよ! 僕が100%危ない奴としてマークされちまうじゃねーか!」
「んー、でも榊は『思春期だし、それはしょうがない』って諭してきたよ。自分もそうだったって」
「いや何かあいつと同一視されるの嫌だわ!」
「あそうそう。ちゃんと予防線も張っといたよ。もしかしたらこの相談してる間にシドがボクの身体データを求めて勘違いして体育教師の榊の机を漁ってるかもしれないって。だからもしそうだったら許してあげてって言っといた」
「それはそれはご丁寧に」
恨みしか込めずにシドは言い放つ。
「……机の中に無かったとすると、バッグの中にでも入れてんのかなあ」
「それもあるけどさ、まだ隠せる場所はあるよね」
「そりゃあ言っちまえば学校のどっかに隠せるからな。誰かに見付かる可能性はあるけど」
「いや、榊だけのプライベートスペースがまだあるよ」
「?」
「榊は体育教師。体育教師には体育教師の専用スペースがあるだろ」
「……あー」
彼女のこの言葉にシドはようやくぴんときた。体育教官室だ。体育館の中にある、体育教師専用の部屋。ここにも教師用の事務机があるのである。
「なるほど……けど、あそこは職員室と違って普段は鍵がかかってんじゃねーのか?」
「そうだけど、多分そろそろ開くよ」
「? どういう事だ」
「さっき榊が今日はもうこれから体育教官室に行ってちょろっと作業をしたら帰るって言ってたんだ。だから今頃支度を済ませて教官室に向かってると思う」
「……開くのはわかったけどそれじゃ結局どうやって漁るんだよ。榊が室内にいんだろ?」
「……ボクを誰だと思ってるんだい? ブック……」
「あーもうそれいいから」
次回、VS榊、第二ラウンド。
まさか続くとは思いませんでした。