Vol.17:ママが来る!
前書きに特に書く事が無いでござる。
「ユウコちゃん喜んでくれるかしら」
「目録にある物は全て手に入れてきましたし、加えてそれ以外にも何冊かありますからね……大変喜ばれると思いますよ」
ふたりは薄暗い地下通路を進んでいた。着物姿の女性とスーツ姿の男。場所は首都東京の深層、某所。途中何度も分かれ道が現れるが、男が先導し進路を選んで歩いていく。
やがて重たい鉄の扉の前に辿り着くと、スーツの男服部はその脇にあるインターフォンを押した。数秒間を置いた後今度は着物の女がマイクに向かって声を発する。
「ユウコちゃ~ん。ただいま~」
しばらくすると施錠機構が作動し扉のロックが外された。服部がノブに手をかけてそれを開こうとしたちょうどその時、内側の方から誰かが扉を押し開けた。
「お帰りなさいませ」
現れたのは黒いワンピースを着た少女だった。髪もそれと同じくらい黒く、目の上で綺麗に切り揃えられている。彼女はふたりの顔を見るやすぐに安堵の笑みを浮かべた。
「あら~ユウコちゃん今日も素敵なワンピースね~」
女は言いながらユウコを抱き寄せる。少し苦しそうにしつつも、少女も彼女の背中に腕を回した。
「く、苦しいですママさん……ママさんも相変わらずお着物がお似合いになってます」
「ありがと~」
「さ、さあ早く中にお入り下さい」
ユウコに促され真麻実と服部は室内へと上がった。これまで歩いてきた無機質な通路とは打って変わって、内装は至って一般的な日本の家屋のそれになっている。ふたりは和室に通され四角いテーブルの前に並んで腰を下ろした。一方ホストであるユウコは彼らの向かい側に座った。
それと同時に、機を見計らった様にひとりの男がお盆を持ち入室してくる。
「粗茶ですが」
ユウコの声と共に湯飲みに入ったお茶がふたりの前に差し出された。
「まあ、ありがとうございます」
「おふたりはお会いするのは初めてですよね。1年ほど前に入ってきたシン・ズーシュエンさんです」
「どうも、以後お見知りおきを」
シンは軽く会釈するとそそくさと和室から退出していった。それを眺めていたユウコが彼について話し始める。
「緊張しているだけです。お優しい方なのですよ。本当は私がお茶を用意するつもりだったんですけど、そういうのは俺にやらせろって言って。それでは私が人をこき使っているみたいじゃないですかって言ったんですけど」
「別に何とも思ってませんわ。お変わりの方が多いですからね、こちらには」
そういうママミも十分変わっているのだが、ユウコはそれを口に出さない事にした。
「それでは早速ですが」
「はい、こちらです」
話が切り替わった事を察知し、服部は傍らに置いていたボストンバッグを持ち上げると机の上に乗せ、中を開いて見せた。数十冊もの本が入っており、共通しているのはそのどれもが全て黒い表紙という点だ。それを見たユウコは歓喜の声を上げる。
「まあ! 素晴らしい!」
「目録に載っていない物も何冊か入っております。奥様がたまたま見付けられたので」
「ついでに狩ってきちゃった☆」
「それはまた……相変わらず期待以上の仕事をなさるのですね」
ユウコは一緒にあった目録を取り出し納品のチェックを始めた。この目録は彼女自身が作成した、ママミに探してきて欲しい本のタイトルをリスティングした物である。全てヨーロッパのどこかにあるというごく曖昧な情報しか無かったのだが、ママミの「力」を信じて依頼した。というのも彼女に依頼をしたのはこれが初めてではない。度々彼女に収集を助けられてきたのである。
ママミは探書家だ。しかもその実力は世界一とも言われているほどの。
「目録に無い物まで含めて、計38冊。確かに預かりました。報酬はいつも通りにお支払いしますね。一次金は1週間以内で。残りは鑑定部で真贋の確認が取れ次第になります。まあママさんが見付けたのなら贋作だという事はまずあり得ないのですが」
「……」
「ママさん?」
「……? はい、な~に?」
「……いえ、ぼーっとしていたものですから」
「あらあらごめんね。ちょっと眠くて」
「……今回もありがとうございました。少しここでゆっくりしていっても構いませんが」
「う~ん、お言葉に甘えたいのだけれど、今日はちょっと用事があって……」
「……そうですか。お忙しいのですね」
「ううん違うのよ。子供に会いに行くの」
「! あらそうなのですね。そうですね、ならこんな薄暗い所に籠っている場合ではありませんね。確か上のご令嬢は私とお年が近かったですよね」
「そうね~何歳だったかしら」
「17歳です奥様」
「そうそう17歳。もうそんなに大きくなって。もうすぐユウコちゃんを追い越しちゃうわね」
「あの私の方がひとつ年下ですし、何よりどんなに頑張っても年齢は追い越せません」
「あら、そうね……ごめんなさい」
ママミは時々よくわからない事を言う。
「さて、ではそろそろお暇しようかしら。ユウコちゃんもモグラさんになってないで、ちゃんとたまにはお日様の光を浴びないと駄目よ? 寝る子は育つんですからね」
最早文脈が意味不明である。
「あはは……わかりました。お気を付けて」
ふたりは玄関までユウコに見送られながら地下屋敷を後にした。
「……そんな悪趣味を持ってらしたんですね、シンさん」
「! い、いや別にこれはその変な意味は無くてだな……!」
ユウコがママミ達を見送る様子を陰からこっそり覗いていた事を彼女に知られたシンはあたふたと言い訳を始める。それを見ておかしく思ったユウコはつい笑い声を漏らした。
「冗談ですよ。お話ししたかったのではないですか? 世界一のブックハンターと」
「んーむ、それは……しかし大して話す事も無いしな。どんな女かと思っていたが、その……どこか掴めない様だったな」
「天然さんですからね、ママさんは」
「確か30冊以上だったよな? あんたが依頼したのは。それをあの女ひとりで見付けてきたっていうのか?」
「3ヶ月で」
「……しかも舞台はヨーロッパ……恐ろしいほどの人脈と探知能力を持ってるんだな」
「それはそうですね。シンさんは『イデア』についてご存じでしたよね」
「? ああ、何となくは……」
「ママさんはイデアの『アーカイヴ』に干渉出来るんです」
「!? チート過ぎやしないか……」
「……しかしその分、代償もありますが……あ、残念ですがもうご結婚されてますよ」
「何が残念なんだ……しかし、確かに綺麗な女だ。立てば芍薬座れば何たらだな。子供がいるんならさぞ端麗な顔立ちなんだろう」
「何を仰います。もう会ってるじゃないですか」
「は? いやいや、そんな奴知らんし」
「いえ知ってますよ。ついこの間も一緒にお仕事されてるじゃないですか」
「何!? 職員の中にいるのか?」
「ではなくて」
「ではなくて?」
「元々のお仕事の方ですよ」
「……つい最近? ……駄目だ、さっぱり分からん。保育園児の中にいたっていうのか」
「いえいえ、だから同業者だと」
「……え?」
やっと気付いたのか、シンが間の抜けた声を出した。
「………………え?」
地上に出たママミは照り付ける太陽を見上げ一度目を細めた後すぐに和傘を広げた。初夏の日差しはますます強くなっていくだろう。
「あ~楽しみ。ようやく会えるのね……ミミミちゃん」
世界一のブックハンターママミ、ミミミの母親その人である。
今回初めてミミミもシドも出てきてない気がします。イデア関連については作中で詳しく説明する事は多分無いので各々作品wikiで補完してください。いやー、ほんとにコロンシリーズだったんですね、この作品。