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Vol.13:メイドおさわがせします(5)

【速報】シド氏のエロ本所有数、50冊。

「なっ! 何よあんた達! 何でこんな所に……!」

 ツインテールの金髪の少女は狼狽えている。まさかこんな所に人が隠れているとは思ってもみなかっただろうし、当然の事である。

「それはこっちの台詞だよ! 北之上の人間じゃなかったからよかったけどさ!」

 ミミミが荒い声で返す。

「! ま、まさか……夜這い……!?」

「違いまあああああす!!」

 今度はシドが黙っていられなかった。

「……ッテユウカア! オ、オンナダシワタシイ!」

「いや、あんたどっからどう見ても男でしょ」

「ギクッ!」

 少女の鋭い指摘に彼は固まる。バレッバレだったらしい。そらそうか。

「個人の自由だから何も言わないけどさ」

「シドの性癖を馬鹿にするっていうのか! ボクが許す!」

「お前はまたそうやって事実を捏造するのをやめような!」

「それで、まさかあんた達も本を探してここに忍び込んでるんじゃないでしょうね?」

 ふたりのやり取りを無視して少女は尋ねてきた。図星を突かれた事にミミミ達は驚いたが、それと同時にひとつの疑問が浮かんでくる。

「あんた達()って事は……そういうあんたもブックハンター?」

「ブッ……? 何それ」

 彼女は首を傾げた。同業者ではないらしい。が、ここに忍び込んだ目的はミミミ達と似ている様だ。

「知らないんなら別に。その通り、ボク達はとある本を探してこの屋敷に潜り込んだんだ」

「そうそう。メイドさんの写真集を探してるんですよ」

「おい言うなよアホ! 情報漏洩だぞ!」

「いいじゃねーか別に」

 人の営業妨害は散々やってるしこいつ、とシドは思った。一方話を聞いた金髪の少女は反応を見せる。

「メイドの写真集?」

「はい。とある人から依頼されて、その写真集を持ち帰らないといけないんです。本来はその人の物になる予定だったみたいで」

「……それって、どんな?」

「石動メイルっていうコスプレイヤーさんの写真集なんですけど」

「!」

 彼女ははっとして、ゆっくりと笑みを浮かべる。

「……情報は確かだったみたいね」

「え?」

「私もその写真集を探しているの。詳しい人に話を聞いて、もしかしたらこの家にならあるかもしれないって。だからそのためにわざわざメイド体験講座なんかに参加した訳」

「なーにー? あんたも石動メイルの写真集を狙ってるだとー? ふざけんな! 先に探し始めたのはボク達だ!」

「いや待てミミミ。同じ写真集とは限らないぞ。何冊か出してるのかもしれないし」

「いえ、多分同じね……1冊しか出してないはずだから」

「なっ……そうなんですか」

 彼女は石動メイルに詳しいらしい。

「目的の本まで一緒だなんて……それで、見付かったの……? 写真集」

「……くくっ、くくくはーっはっはっはっはっはっ! ぶわあーっはっはっはっはっはっ! まさしくそう! 残念ながらボク達はとっくに……」

「それがまだ見付からないんですよ」

「どたわけ!」

 シドはぱこんと頭をバットで殴られた。

「正直に言うな! 見付けた事にしとけば諦めて帰るだろーが!」

「えー、何か嘘つくのもなあって」

「アホか! こいつとは同じ本を狩るライバルなんだぞ!」

「いやまあそうなんだけどよお」

「そう、まだ見付かってないってワケ。だったらまだ私にもチャンスはあるって事ね」

 少女はそう言うと早速本棚を漁り始めた。

「言っとくけど、私はあんた達に譲る気は無いからね、写真集。見付けたもん勝ちって事でいいでしょ」

「はっ! ボク達だってそうだよ。ひとつ優しさで教えてやるけど、そこはもうとっくにボクらが調べてるよ」

「なっ! あ、あるかもしれないじゃない! 見落としてたり……!」

「無いね。んじゃシド、残りもさっさと調べるぞ。この金髪(パッキン)より先にさ」

「あ、ああ……」

 何だか彼女には悪い気がするが、ミミミのハントに付き合っている以上彼女に協力をする訳にもいかない。言われるがままシドは写真集探しを再開した。


「あ~あ、収穫無しか」

 二十分ほど経った後、わざとらしく大きな溜め息をついてミミミが残念そうに言った。

「外れだ。ここじゃない」

「あら、もう諦めるの? じゃあもしこの後私が見付けたら写真集は私の物になるって事ね」

「あーうんそーだねー。100(パー)無いけどねー」

「うぐっ……!」

 少女は唇を噛み締める。ミミミの言う通りだ。本棚は全て調べ尽くした。表紙の様子もわかっているし、それと同じ写真集は確かにこの書庫には無さそうだった。

「あーあ、疲れたしそろそろ戻ってひとっ風呂浴びるか。あんまり長居し過ぎて屋敷の人間に見付かるのもまずいし。誰かさんが電気付けちゃってるからなあ。外から見て人がいるのがバレバレな訳だし」

「それは同感だな。あのー……多分無いですよ、ここには」

 少女に気遣いシドは声をかける。徒労に終わるのが目に見えている訳だし、このまま放っておく気にはなれない。

「……わかんないじゃない」

「だからわかってるんだってば。ボク達が全部調べたの。ったく、人が親切で言ってあげてんのに……ボク達はもう帰るからね。屋敷の人間に見付かっても知らないよ」

「帰りたいんならさっさと帰りなさいよ」

「はあ~あ~強情な女。男に嫌われるタイプだなこりゃ」

「えっぜんっぜんお前よりは好感持てそうだけど」

 そう言ったシドの尻にバットの衝撃が走った。


 ツインテールの少女をひとり残し三号館から脱出したふたりは、誰にも見付からずに無事に四号館へと戻る事が出来た。一時間後の明日の打ち合わせの約束をした後一旦別れる。風呂に入って疲れを落とすのである。朝の電車を使っての移動から始まり、掃除に料理、そしてブックハント……一日中動き回りくたくたになっているのだ。

 一階にある大浴場へとやってきたミミミはひとしきり体を洗い終えた後大きな浴槽に浸かってくつろいでいた。時刻は九時を回っており、浴場には他に誰の姿もない。貸し切り状態である。浴槽の角では犬の顔を模した湯口からお湯がどばどばと流れ出ている。

「ふい~、たれかつたれかつ……」

 縁にもたれかけぼんやりと天井を眺めていると、心地よさから眠くなってくる。誰もいないし、浴槽をクロールでもして眠気を飛ばすかなんて考えていると誰かがガラガラと扉を開けて入ってきた。まだ入浴を済ませていない参加者がいたとは。くっ、水泳したかったのに……。

「あ」

 彼女(・・)はミミミと目が合うなりそんな間抜けな声を出した。あの金髪の少女であった。

「あれ、もう帰ってきたの。まだまだ探せたと思うけど」

「う、うるさい! あ、あそこにはもう無さそうだったし」

「いやだから無さそうじゃなくて無いんだってば。言ってんじゃん」

「~~~~~っ!」

 返す言葉が見付からなかったのか、彼女はざっと髪と体を濡らすとすぐに浴槽へと入り、ミミミから少し距離を置いた所に腰を下ろした。

「あのー、洗ってから入ってくんない? 日本の入浴マナードゥー・ユー・ノウ?」

「もう1回入ってるの! ちょっと汗かいたからさっと入ってすぐ上がるだけ! いちいちつっかかってこないでよ」

 浴場内にはお湯の音が響いている。

「……名前、何てーの。ボクはミミミ」

「……アイズ」

「何であんたは石動メイルの写真集を欲しがってる訳? わざわざこんな所にひとりで潜入までしてさ」

「どうだっていいでしょ」

「……あーそう。ま、どうせ本はボク達がもらうからどうでもいいけどね」

「それは無理。私が絶対手に入れる」

「おーおー、熱心なファンに愛されて石動メイルとやらは幸せ者だねえ」

「……きっとそうだったんでしょうね」

 アイズの声が小さくなる。お湯の音に掻き消されそうだ。

「……メイルちゃんは私の妹よ」

 彼女は突然静かに語り出した。気が変わったのだろうか、それともほんとは誰かに話したかったのだろうか。

「! へえー。妹の写真集。相当妹が好きなんだね」

「……ええ。大好き」

「姉妹仲がいいのはいい事じゃん。何? メイルちゃんは自分の写真集をあんたにくれなかった訳?」

「ええ、くれなかったわ。それどころかコスプレをしている事すら教えてくれなかった」

「あらら、それは寂しいね……まあ家族にも秘密のひとつやふたつあるって」

「何で言ってくれなかったんだろう。私にくらい話してくれてもよかったのに」

「恥ずかしかったんじゃないの?」

「そうかもね。メイルちゃん大人しくて、あんまりそういう風に、ポーズ取ったりして写真を撮ってもらうとかいうイメージ全然無かったもの」

「でも話してくれたって事は何か心境の変化があったのかな」

「……話してくれてないわ」

「え? じゃあ何で写真集の事を知ってる訳? 人から聞いたの?」

「そんな所よ。私が知ったのはメイルちゃんが交通事故で死んだ後の遺品整理の時だったから。衣装を見付けて、それでね」

 どばどばどばとお湯は流れ続ける。

「コスプレしてるなんて家族の誰にも話してくれなかった。ずっと一番近くにいた姉の私にさえ。凄く寂しかったわ」

「写真集はメイルちゃんの形見か」

「そうだけど、血眼になって探してる理由は少し違う。落ち着いた後に遺品の中にあった連絡先を辿ってコスプレしているメイルちゃんを知ってるカメラマンの人とかを訪ねてみたんだけど、メイルちゃん、すっごく楽しそうに写真を撮られてたって聞いて。何枚かその写真を見せてもらったら、確かにその通りで……凄く生き生きしてて、私が一度も見た事無い顔だった。何ていうかな、それが悔しかったの。私が知らないメイルちゃんがいる事が。いっつもふたり一緒だったのに。メイルちゃんの事なら何でもわかってるつもりでいた自分が酷く滑稽に見えて。メイルちゃんが私を置いて遠くに行っちゃった気がして……ほんとにずっと遠くに行っちゃったんだけどさ」

 アイズは乾いた笑い声を出した。

「だから写真集が欲しいの。私が知らないメイルちゃんがそこにいるから。それを見たら、もう手が届かない所に行っちゃったメイルちゃんに少しでも近付ける気がするから」

 掬い上げたお湯で顔を流し、彼女はようやくミミミに向き直る。

「あんたが聞いてきたから教えたのよ。暗い空気になったのはあんたの責任だからね」

「どうでもいいって訂正したんだけどねえ。勝手にそっちが話し始めただけだし。なるほど、じゃあ写真集は1冊しか出してないってのもほんとか」

「調べた限りだとね。イベントで完売しちゃったみたい。自分の手元にも残してなかったわ。カメラマンさん曰く『自分で見るのは恥ずかしい』って言ってたみたい」

「まあ、ぶっちゃけそっちの事情なんて知ったこっちゃないんだけどね」

 ミミミは飛沫を飛ばしながら勢いよく立ち上がった。

「こっちにもこっちの事情がある。ボクはプロのブックハンターだからね。クライアントから一度依頼を受けた以上最後までやり遂げる。妹が死んでようが写真集を譲る気はさらさら無いね」

「私だって同情して欲しくて話した訳じゃないわよ」

「オーケー。写真集をもらうのはボク達だ。残念だけどね。このボクを敵に回した事を後悔するがいいさ。んじゃボクはもう上がるよ。お湯ちゃんと捨てといてね」

「いいえ私が手に入れるわ! 絶対にね!」

 叫ぶアイズを残し、ミミミは浴場を出た。

 と思ったけど電気風呂やってなかったしサウナにも入ってないやと気付いてすぐに戻った。


 シドは入浴を部屋に備え付けられている浴室で泣く泣く済ませた。大浴場を使って万が一使用人と鉢合わせしたらまずいと思ったからだ。今彼は女としてこの屋敷に宿泊しているのである。男湯に入って知らない人物だと不審に思われたらアウトである。

「いやー大浴場気持ち良かったなあ」

 櫛で髪を梳かすミミミがわざとらしく言う。

「おっと、ボクの裸体を想起させてしまう……いけない、このままじゃシドが興奮してサカキアライズして……」

「しねーよ。いいからさっさと打ち合わせ始めようぜ」

 ちなみに約束の時間を三十分以上オーバーしてからミミミが部屋に戻ってきたのはいつもの事である。

「明日の朝義成の部屋に行きます。終わり」

「打ち合わせとは」

 五秒で終わったし、ただの宣言である。

「書庫に無けりゃーもう私室しか無いっしょ。明日の朝義成を起こしに行って掃除と称して部屋から追い出した後部屋中を物色する。こうなったら強硬手段だ」

「いっつも強硬手段だよな」

 これまでのハントを振り返るが大体強硬手段である。

「もう明日しか無い。必ず石動メイルの写真集はボク達が手に入れるぞ」



「まあ、たったの2ポンド」

 彼女は古びた本棚の中に収められていた黒い本を手に取ると、表紙の埃を手で払った。場所はウェールズ、ヘイ・オン・ワイの古本市。

「人ひとりの人生がこの中に収められているというのに」

「まだ買われていなくてよかったですね、奥様」

「まあ、買われないからこんな値段で売られているんでしょう……これで、ええと……何冊目だったかしら」

「27冊目です。有栖川(ありすがわ)お嬢様からもらった目録には入ってませんが……」

「見付けてしまったものはしようがないわ。お会計はどちらにあるのでしょう」

「あちらに……行きましょう。本は私が預かります」

 彼女は従者の後に付いて歩き始めた。和服姿がこの場にいる全ての人間の視線を集める。そんな様子にはとっくに慣れたのか、はたまたそれとも気付いてないだけか、特に気にする事も無く和傘を差し、もう片方の手で懐から扇子を取り出し鮮やかに広げる。

「確か目録の本はあと3冊だったかしら」

「いえ、あと1冊です。タイトルは確か……『Yusaku』……だった気が」

「じゃあこれ(・・)が最後ね」

 彼女は虚ろな目をして言う。どこか遠くを見ている様だ。

「そんなに遠くないから、もうすぐ日本に帰れそうね。ユウコちゃん、喜んでくれるかしら」

「もう次の本を見付けられるとは……毎度の事ながら天晴れです、奥様。お嬢様方にももうすぐお会い出来ますね」

「ほんとね~。久し振りだから楽しみだわ。うふふ」

 口元をぱたぱたと仰ぎながら彼女は頬を緩ませた。

最後に出てくるふたりは誰かって? さあ誰なんでしょうねえ、第二話を見返すとわかるかもしれませんね。

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