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Vol.9:メイドおさわがせします(1)

ゴリ子は処女でした。やったね!

 すっかり暖かくなったぽかぽか陽気の東京、神田神保町。ゴールデン・ウィークにも関わらずシド少年はいつもの様に店番をやっていた。この期間中多くの観光客が東京を訪れ、おかげで古詠堂書館の客足も伸びている。そんな期間なのに店主不在とはどういう事だとも思うが。

 しかし忙しかろうとなかろうと、あいつはひょっこりと来店するのである。

「こんちー」

 ミミミは珍しく後ろ髪を垂らし、これまた珍しく白のワンピースをめかして登場した。頭には麦わら帽子、肩にはポシェット。童顔も相まって幼く見える。

「……今日は雪でも降るんですかね」

 一年に一度見られるか見られないかの彼女の今日のファッションに彼はそんな感想を漏らした。

「だって、シドが『お前に会いたい』ってメッセ送ってきたから(ハート)」

「『お前に会いたい』『って人が来てる』って送ったんだよ乙女かお前は」

 つい三十分ほど前の話だ。彼女を訪ねてとある人物がここにやって来たのだった。

あたし(・・・)はいつだって乙女だよ、童貞」

「乙女はそんな汚い言葉使いません」

 ミミミの一人称は基本的に「ボク」だが、気分によってころころ変わる。

「で、あたしに会いたいってのはどこのどいつだい? シドワード」

「あーっと……! この人だ」

 シドの会話を聞いて理解したのか、彼のいるレジ・カウンターの前にひとりの小太りの男がすっと歩み寄った。この人物こそが先ほど話に挙がっていたミミミに会いたい人物。彼女が来るまで店内に留まらせていたのだ。

「ほほう、お主がブックハンター氏でござりまするか」

 丸眼鏡の右のレンズ辺りをくいっと動かして男は口を開いた。バンダナを巻き、背にはリュックサック。チェックのワイシャツはズボンにインしている。

「何だこのステレオタイプのオタクみたいなおっさん」

「依頼人だぞ。ていうか最近お前目当ての客がここに来るんだけど何とかしろよ。うちは関係無い古書店だ」

「そりゃご用の方は古詠堂書館までって書いてるから当たり前じゃん」

「そりゃ当たり前だな!」

 シドはツッコんだ。

「勝手に何しくさってくれてんだよ!」

「だって事務所無いからしょうがないじゃん。てか事務処理お前がやってるし実質ここが事務所じゃん」

「実質ここは古書店です!」

「あのー、ふたりで仲良く話している所悪いのでござるが、拙者を忘れないで欲しいでござる」

「すまないのでござる!」

 語尾をひかれつつ彼はごほんとひとつ咳ばらいをし仕切り直す。

「ええと、お前にハントを依頼したい紀伊國怜慈(きのくにれいじ)さんだ」

「どうもブックハンター氏、紹介に預りました紀伊國怜慈でござりまする。以後お見知りおきを」

「はあ、どうも。ブックハンターのミミミです」

 差し出された手に応じてミミミは彼とハンド・シェイクを交わすが、手汗が凄かったのかあからさまに不愉快な顔をした後ごしごしとそばにある書棚の側面で手を拭いていた。あの、ウチの備品にやめてくんない。


 いつもの様にミミミは勝手に客を締め出すとシドにコーヒーを準備させてヒアリング・タイムに移った。シドからしてみれば立派な営業妨害に当たるのだが、一度許してしまった行為をこの女にやめさせる事は無理だという事を彼は理解していた。

「それで、何をお探しで?」

「イエス。とある本をこの本と差し換えてきて欲しいのでござる」

 紀伊國はリュックの中から一冊の写真集を取り出してテーブルに置いた。メイド服を着た黒い髪の女性が表紙を飾っている。

「……差し換える? どういう事です?」

「ミミミ氏に持って来てもらいたい本は、本来は拙者の物になる予定だったのでござる」

 彼は説明を始めた。

「拙者はレイヤーさんが好きで、イベントでしょっちゅう写真を撮らせてもらっているのでござる。それと同じくらいコスプレ写真集の収集も好きなのでござりまするが、あるアキバの同人ショップに行った時にそれはもう萌え萌えなレイヤーさんが写った写真集を見付けたのでござる。だけどその時は買い物の後だったからちょうどお金を持ち合わせてなくて、店長さんに取り置きを頼んで一旦お金を下ろしに店を出たのでござる」

「ござるござるうるせえんだよ武士かてめえは」

「客だぞ」

「それですぐにお金を下ろして戻ったら、店長さんがうっかりその写真集を他のお客さんに売ってしまっていたのでござる。何でもそのお客さんも拙者と同じ様に取り置きを頼んでて、拙者が出ていってる間にちょうど戻ってきて会計を済ませたらしいのでござる」

「その時に間違えて紀伊國さんに渡すはずだった本をあげちゃったって事ですか」

「イエス。で、これが本来そのお客さんが買う予定だった写真集でござる」

 紀伊國は机の上の写真集を指差す。一週間経ってもその客は取りに来なかったので、今回の交換ハントを思い付いた彼が買い取ったそうだ。

「なるほど。でもそのお客さんは何で交換しに来なかったんだろう。取り置きを頼むくらい買いたかった物なのに」

「店長の話によると、特に1冊1冊手に取って見た訳ではなく、本棚から適当に十何冊ごっそり抜いて持ってきたらしいでござる。コレクターのお金に物を言わせた大人買いでござるな」

「だからその中の1冊くらい換わってたって気が付かないって事か」

 店長曰くその客の取り置き分は積み重ねて置いていたそうで、渡す際に誤ってそれを崩してしまったらしい。その時に隣に置いていた紀伊國の分と混ざってしまったのだろうとの事だった。何とも不幸な事故である。

「今回は本探しってよりは人捜しに近いな……」

「心配ご無用。その辺りの調べはついているでござる」

「え?」

 下調べが不要とは随分と楽なハントである。基本的にブックハントの七割はサーチングなのだ。

「そのお客さんが買っていったのは全部メイドさんの写真集だったそうでござる。メイド好きで、写真集をごっそり買っていけるだけの財力を持った人物。このふたつのキーワードで仲間内(クラスタ)に情報を呼びかけたらあっさりわかったでござる」

 オタクというものは横の繋がりが相当広いのだろうか。恐るべしオタクのネットワーク。

「小金井に住んでる北之上(きたのかみ)という人物でござる。でっかい屋敷に住んでて、実際に本物のメイドさんがそこで働いてるらしいでござる」

「それは羨ましい」

 シドは思わず食い付いた。

「どっちも伝聞でござるがそこの息子と今回写真集をごっそり買っていった客の容姿が一致しているでござる。なのでほぼ間違い無いと思われ」

「じゃあそこに忍び込んでこっそりこの本と紀伊國さんが欲しかった本とを取り換えてくればいいって事ですか」

「そういう事でござる」

「なるほど。場所もわかってるんなら楽だな。あとはどうやって忍び込むかか……」

 ガバガバだからな、こいつの作戦……って、何で僕まで一緒に考えてんだ。僕は行かないのに。

「別に泥棒みたいな真似しなくても、普通に訪問して事情を説明して交換してもらえばいいんじゃないの?」

 ミミミが最もな事を言った。なるほど確かにその通りだ。それならばわざわざブックハンターに依頼するまでもないだろう。

「もちろんそうしようとしたでござる。でもセキュリティーが厳しくて、無関係の人間はまず門前払いにされたでござる。だからこうしてミミミ氏に依頼に来たのでござるよ。それに噂ではミミミ氏は超絶美少女と聞いていたでござるし」

「あはっ!」

 突如ミミミの機嫌が良くなる。

「なっはっは~! そう? そんな噂立っちゃってる? あら、あらら~。美少女は辛いねえ。うふふふふ」

「実際会ってみるとそれほどでもなかったでござるが」

「眼鏡カチ割んぞバンダナデブ」

「あのー、こいつの根も葉も無い噂に何を期待したんです? 可愛いかどうかに何の関係が?」

「今週末、北之上家ではメイド体験講座が開かれるでござる」

「メイド体験講座?」

「イエス。北之上家が年に1回、5月10日(メイドのひ)に合わせてやっているでござる。一般の人々からメイド体験志望者を募って泊まり込みで家事をさせる、という物でござる。まあぶっちゃけ大掃除らしいのでござるが。人手が欲しいみたいでメイド体験という形で上手く釣っているのでござる。参加した方は家事こそするでござるが美味しいご飯は食べられるし、お礼に商品券をもらえるしで、ウィンウィンになっているでござる」

「ま、まさかそれにこいつを参加させると……?」

「イエス! さすがシシド氏、話が早いでござる」

「シドです」

「北之上邸に入れるのはその日を逃せばもう無理でござる。拙者はどう頑張ってもメイド体験講座には参加出来ないでござる。だからミミミ氏に潜入してもらって写真集をすり替えてきて欲しいでござる。可愛いに越した事はないと思ったでござるよ。そうすれば例の息子に近付きやすいかもと思ったのでござる」

「だそうだぞミミミ」

「……」

 彼女は黙っている。どうしようか考えているのだろう。一通り話は聞いたが受ける受けないを最終的に決めるのはあくまでもミミミ本人である。依頼内容、依頼人の人柄、依頼の背景、報酬の金額など諸々を鑑みてミミミがその時の気分を交えつつ総合的に判断する。要はその気になれるかなれないか、だ。

「えー、でもそこまで可愛くないあたしがはたして上手く出来るかなー」

 違った。根に持ってるだけだった。

「まあ、あくまでも可愛さはおまけみたいな物でござるし。言うほど可愛い訳でもなかったミミミ氏でも女性でござるから大丈夫でござるよ」

「そこは訂正してあたしを立てるべきだろ! 依頼してる立場なんだぞあんた!」

 珍しくミミミが叫んだ。紀伊國のペースに乗せられている様である。

「まあいい受けてやろうじゃない。美味い飯もただで食べられるみたいだし。紀伊國さん的にはそこまで可愛くない少女ブックハンターミミミ、コスプレ写真集交換ハント引き受けた」

「噂は尾ひれが付いて広がる物でござるよ」

「あんたブレねえな!」

ほぼ一年振りの更新となってしまいました。メイドの話なのでメイドの日に更新です。これ思い付いたの去年の今頃です。

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