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パンデミックは秋風に  作者: 千弘
4/50

早乙女 雪乃

 首都高、中央環状新宿線。


 紫のR34が初台を過ぎ分岐を左に取った。急な上り坂、道路には『速度落とせ』のペイントが目に入る。その先にはパイロンが並んでおり、それに沿って道は左に急カーブしている。

 そこから山手トンネル前のストレートが続き、更に8%の急な下り坂になる。まるでジェットコースターのようだった。


 磨き込まれたミッドナイトパープルのボディに街路灯を反射させスカイラインは疾走していた。足回りを強化しているのであろう安定感のある走りで闇夜の中に開いた穴へ紫のR34が入って行った。

 トンネル内ではオレンジ色のランプが運転席に座る美しい女性の横顔を照らしている。興味のない人間には騒音にしか聞こえないエキゾーストノート。しかし彼女にはフルトヴェングラー指揮のベルリン・フィル。最高のオーケストラに聞こえているはずだ。


「う~ん、今夜も最高ね。あたしのR34ちゃん」

 まるで女神の様な美しい女性。早乙女 雪乃は独り言をもらす。

 それにしても……これが1メートル1億円掛かって掘ったトンネルか。そんな事を思いながらも運転に集中しその走りを楽しんでいるようだった。

 ステアリングを握るその右手から前輪を感じ、シフトレバーを握る左手からはエンジンの鼓動を掴む。

 そして踵の低いショートブーツの底でペダルからの路面を感じる。それと同時にレカロシートに包まれた引き締まったヒップでは後輪を感じ取っていた。


 トンネルを抜けた時、パッシングしながらピタりと張り付く車がサイドミラーに映った。正確には先ほどから気付いてはいたのだが、今日は相手をしたくない。今は気分良く走りたかった。

 その車は車線を変え横に並び、運転手はこちらに不敵な笑みを投げている。そして加速し、前に出てはNSX独特のテールを誇示しているようだった。

「ったく……」

 そう思って相手にしないように極力努めた。


 再度、横並びから加速。―――これはもう仕方ないなと雪乃は思っていた。

「仏の顔も……」

雪乃が思い切りアクセルを踏み込んで加速する。


「二度までよっ!」


 本気で走りたくはなかったが仕方ない。

「ったく、勝てるわけないでしょうに」

 フルチューニングのスカイラインは簡単に赤いNSXを振り切り更に距離を離す。しかし雪乃はまだアクセルを一向に緩めない。

 完全にNSXのヘッドライトの光が見えなくなった時、やっと彼女はアクセルを緩めた。そして雪乃のR34は満足したかのようにそのまま首都高を降りる。


 先に見える赤信号で止まろうと思ったが、少し喉が渇いていたのを理由に手前のコンビニの駐車場に入り車を停めた。あの信号は捕まると時差式で長いから嫌いだ。ジャスミン茶一本を買い、自動ドアを出ると先ほどのNSXが横に着けていた。

 雪乃は髪をかき上げ、露骨な表情でボンネット前にいる小太りの青年を無言で睨み付ける。


「さっきはどうも」

 彼が声を掛けてきた。

 結果はどうであれ、気持ち良く走りたかったのを台無しにされた相手だ。雪乃は無視した。声など何も聞こえない。


「速いですね、R34」

 雪乃はドアノブに手を掛ける。

「この色渋いじゃないですか」

 青年は指だしグローブをこれ見よがしに顔の前ではめ直しながら言った。

「良かったら、少しお茶でもしません?」


「いいえ……間に合ってるわ」雪乃は長い髪をなびかせてシートに座りドアを閉めた。

 連絡先交換しましょうよ、と聞こえた気がしたがきっと空耳だろう。なぜならする理由が見つからない。今のは幻聴だったようだ。エンジンを掛けて時計を見ると日付が変わってる。


「はぁ……」

 今のナンパも苛立たしい上に、もう今日仕事かと思うとつい溜息が出てしまった。

「下で帰ろうと思ったけど……第三京浜走るかな」雪乃はギヤをバックに入れ駐車場を後にした。

 カーラジオから緊急報道特別番組が流れている。アメリカ、ヨーロッパ諸国、そして中国で大規模な暴動が起きたそうだ。

「あらま。物騒ね」


 そう言うとお気に入りの曲を掛けて夜の闇に愛車の紫を溶け込ませた。


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