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パンデミックは秋風に  作者: 千弘
37/50

Everyone happens for a reason

 黒いワンピースにタン色のダブル襟ライダースを羽織った雪乃が赤いパンプスに長く美しい足を入れる。

「どう?長谷川ちゃん、ご想像通りかしら」

 両手を広げた女神が微笑みながら聞く。

「とてもお似合いですよ。想像以上だ」

 まるでファッション誌から飛び出して来たような彼女は、完全に服を着こなしそれは美しかった。しかし、長谷川の顔は少し曇っているように見える。

「あら、何だかいまいち浮かない顔ね……。これダメ……?」

 雪乃の表情が寂しそうに曇ってしまう。

「似合うんだが……。足元が……それでは危険かなと。」

「……確かに、ね」

 彼女は足元を見ながらコツコツっとつま先を鳴らした。

「どうか、せめてブーツを履いてもらいたい」

「そうね。うん、わかったわ。じゃあ、長谷川ちゃん選んで来てちょうだい」

 雪乃が屈託のない微笑みで言う。

「うむ。承知した」

「サイズ24ね」

 実を言うと雪乃は男性と出掛けた事がほとんど無い。あの日以来、男性と一緒にいる事が苦手になってしまい、今まで出来るだけ避けて生きてきた。

 それがどうだ、デート中の買い物とはこんな感じなのかなと想像している自分に驚く。


 長谷川を待つ間、店内を見回していると、すぐ傍にスカーフやストールといった商品のコーナーがあった。彼が、首に巻いていたタオルの代わりに、白いスカーフをプレゼントするなんてどうだろうか。

 このショップには服の他に小物も充実し見ていて飽きない。むしろ時間が足りないぐらいだ。

「あ。これ悪くないわ」

 雪乃は目の前の棚に飾ってあるペンダントを手に取った。少し大ぶりなコインヘッドなので身体の大きな長谷川にはちょうどいいかもしれない。武骨な長谷川があえてこれを付けるのも悪くない。

 雪乃は背中に気配を感じ、長谷川が戻って来たのだと思い明るく振り返る。

「うわっ!!」

 長谷川ではない男がそこにいた。

「あ、あの」

「何よ、あんた!驚かさないでよっ……て、あれ」

 見覚えのある男。……NSXの男だ。その男の後ろにはブーツを手にした長谷川もいる。

「雪乃さんの知り合いだと聞きました」

 やや緊迫した顔つきで長谷川が言う。もしも今、この男が雪乃に危害を加えそうになれば彼は即座に動くだろう。

「大丈夫よ、長谷川ちゃん。この人知ってる」

 (いぶか)し気な表情をした彼女は続けて言う。

「あまり印象は良くないけどね」


 ――長谷川と雪乃は男から衝撃の事実と嬉しい知らせを聞いた。


「はぁ!?待って!あたしもなのっ!?」

 黒い編み上げブーツを履きながら彼女は驚きの声を上げる。

「そう。だからあの時、お茶に誘ったじゃないですか」

「でも調査中止ってさ、あたしは該当者じゃないからじゃないの?」

「うーん。理由はわからないけど、上からの命令で対象外にされたんだ。なんでかなぁ」

「あ……」

 雪乃は何かに気づいたように押し黙った。

「何か思い当たる節でも?」

「いや、何でもない」

 長谷川は今一度確認する。

「では凛子さんは感染していないんですね?雨宮さんも凛子さんからの感染はないなら無事だと言う事ですね?」

「安心していいよ、如月さんは大丈夫。しかし……あの雨宮という人は何者?」

 自分の事のように嬉しそうな顔で長谷川は答える。

「鋭い洞察力を持った我らのリーダーです。いやあ、良かった。本当に良かった」

「ほーんと、良かったわ。一時はどうしようかと思ったわよ」

 更に長谷川は男に疑問を投げかける。聞きたい事は山ほどある。

「凛子さんはどこに連れて行くつもりだったのです?」

 男は困った顔で答えた。

「それは僕にはわからないよ。そこまではね。でも関東近辺の研究施設じゃないはず……」

「北海道か沖縄かな。四国には施設が無いはずだからなぁ。あ、または東北にあったはず」

 長谷川は決心を決めたように言った。

「薬屋さんの金儲け。いや政府の金儲けなぞ知らんが……。この世の危機を救う可能性があるならば彼女たちを何としても連れて行きたい」

 真っ直ぐ男を見つめて長谷川は続ける。

「申し訳ないが、どこの研究所へ連れて行けばいいか調べては貰えないだろうか?」

 長谷川の難題に困った顔でその男は言う。

「難しい事を言うなぁ。まあ、やるだけやってみるけど」

「人に使命というものが存在するのであれば……これがそうなのだろうと思う」

 雪乃は黙って長谷川の話を聞きながらゆっくり頷いている。

「その前にさ、あんたの名前教えてよ。呼ぶとき不便なんだよね」

 彼女は片方だけ眉を上げて、おどけた瞳で男に言った。

「僕は神田。神田 れん

 そう名乗った男は少し照れくさそうな顔をしていた。


 ――あの三人は食料品を鞄に詰め込み、その中の一人が近くにある炭酸飲料を手に取りキャップを開けながら呟く。

「そろそろ行くか」

 水村たちは実に浅はかで自己中心的な計画を立てている。計画とは呼べないような作戦を今まさに実行しようとしていた。

「うお。狂った奴らがうようよいるじゃねえか」

 身を乗り出し過ぎた阿部が慌てている身を引く。モール一階は発症してしまった負傷者たち、云わば感染者が大勢いる。

「おい、一旦、隠れようぜ」

 彼ら三人は正面玄関辺りを覗いながら商品棚の影から影に移動している。先ほどまでいた多くの警備員は一人も見当たらない。商品棚の陰に隠れて作戦会議を開く。

「この先の駐輪場にバイクが停めてあるんだ、ここから外に出たい。だが外の化け物共が邪魔だ」

「そうだな、ここなら俺の車も近いし。だけど確かに邪魔だな、化け物」

「正面玄関シャッター横のドアあるだろ。あれを開けて化け物を中へどんどん誘き入れよう。そうすれば外の化け物がどんどん減るだろ。その隙に逃げよう」

「お前、天才じゃね」

「俺らは逃げれるし、あのムカつく奴らは化け物の餌食になるしな」

「完璧な作戦だぜ、水村」

 三人はシャッター横の非常口レバーを解除し、ドアを開けて奥の防火扉も開け放つ。一分もしないうちに数体の感染者がモール内に侵入を始めた。

「シャッター開けて一斉に来られたら俺らも危ないからな、これくらいで丁度いい」

「じゃあ、一旦ここから離れようぜ」


 少し離れた所に数人の人の輪が見える。避難客だろう集団が自発的に感染者を倒しているようだ。

「こいつは都合がいいな」

 水村はニヤつきながらペットボトルを口にする。

「早いとこ邪魔なのやっつけてくれよ」

 黒岩は額に汗を浮かべて息を切らせていた。

「うわぁ!おい、ちょっとあれ!あれ見ろっ!」

 警官姿の感染者が一人こちらに向かって歩いて来る。

「やっべ、こっち来る!逃げようぜ」

 黒岩が後ずさる。

「待て……見ろ、腰にあるやつ」

 阿部がそれを制して指を差した。

「あ?どこよ?」

「お、拳銃!」

「何とか手に入れるぞ、あれ」


水村は嬉しそうな顔をしていた。



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