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パンデミックは秋風に  作者: 千弘
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Everything happens for a reason

 視線の先には例のPDAを持った男がいた。凛子を最初に助けモールに連れてきた男。

「お。なんだ、彼氏じゃんか。悲鳴上げるなよ」

 振り返った雨宮の顔から緊張感が抜け、今では笑っている。

「違うから」

 凛子は本気で怒っているようだ。

「でも、助けてくれたんだ。お礼は言わないと」

「……はい」

 確かに緋色の言う通りだと思う。彼は私を家から救い出しここまで連れてきてくれた事実がある。

 しかし、その男の様子がおかしい。彼は驚愕の目で凛子を見つめている。

「あ……なん……ど……」

 口をぱくぱく開くだけで声が出ない男を心配して凛子は言う。

「ちょっと、どうしたの?大丈夫?」

 彼はやっとの事で声を絞り出した。

「な……なんで、何であなたがここにいるのですか?」

 凛子は意味がわからず雨宮を見る。

「さっき会ったでしょう?」

「ああ、会ったな……」

 雨宮も不思議そうに凛子を見た。

「まずい!大変だっ!どうしよう」

 彼は慌ててPDAを取り出すと何やら操作を始める。

「あ……あれ」

 PDAを耳に当てている所をみると携帯機能を使いたいのだろう。

「そんな!ちょっと何で」

 彼は狼狽しながらも再度試みる。


「なあ、お前さんの電話。さっき通じてたよな。なんでだ?」

 雨宮は携帯電話が使えない状況で彼が通話していた事を思い出し問い掛けた。

「それって衛星電話なのか?」

「え、すっごい。ちょっと貸してよ」

 凛子もそれに興味を持ったようだ。

「友達に掛けたい」

「あ。じゃあ、貸してもらえよ」

「違う。これ衛星じゃない。特別緊急回線のやつ」

 焦りながらPDAを弄る男はぶっきら棒に言う。

「……警察とか政府とかの?」

 雨宮は更に訪ねる。

「うん、そう。あと自衛隊とか。あぁ、だめだ…回線から外されたんだ」

 小太りの男は肩を落とす。眼鏡がずり下がり一層、悲壮感が漂う。

「陸上自衛隊の第一空挺団に所属している特殊作戦部隊。通称SOFってやつ。そこの対テロのやつらじゃないのかな、今回の来てた人達」

 雨宮は驚きの様子を隠しきれない。

「テロ?これってバイオテロとかなのか……」

「え……そうなの」

 凛子も驚きの表情で雨宮を見る。

「違うよ、テロじゃない。もっと事は複雑でいろんな事が絡み合っているんだけどね。まあ、簡単に言うと日本の金儲けなんだけどね。伝染病にあやかったと言ったらいいのかな」

 彼は仕方ないなという表情で得意げにペラペラ話し出す。

「こういう伝染病が広まったりする時にね、何十万人とか何百万人に一人ぐらい、発症しない人っているんだ。僕はそういった人間の調査をしていたんだ」

「でも、それは保菌者だ。発症しないだけでウィルスは体内にあるって事だろう?それじゃ解決にな…」

 雨宮の疑問を彼は最後まで聞かず言い返す。

「うん、普通はね。でも、様々な偶然が重なると体内のウィルスが全て死滅する人っているんだよね」 

 下がった眼鏡を指で上げて戻すと彼は続ける。

「それがこの人」


 彼は凛子を指差した。


「へ?あたし?私が!?」

 言われた本人は信じられない。何の話かわからない。

「なんで、なんで私?」

「如月凛子さん、あなたは新型インフルエンザに掛かり、帯状疱疹にも掛かりましたね。心療内科も通い投薬もした」

「うん、掛かった。薬も飲んでた」

「それなんですよ。普通、夏にインフルエンザ掛かりますか?帯状疱疹のウィルスって知ってますか?飲んでた薬は本物でしたか?日本に20人弱ぐらいだったかな、該当者。関東では四名」

 そして得意気に彼は驚きの発言をする。

「なんと、もう一人このモールに偶然来ているんだよ。該当者と思われる人物がね」

「え?」

「彼女と如月さんがここで偶然出会うとは全くもって信じられない事だったよ。さっきモニター室で監視してて驚いた」

「彼女ってまさか……」

「そう、一緒だった早乙女さんだよ」

 そんな偶然などあるものなのかと思ってしまう。これが運命というものなのだろうか。二人は同じ表情で顔を見合わせる。

「雪乃もって……おい」


 ――雪乃が着替えたいと言う。気分を変えたい時はまず服から!が信念らしい。彼女はレディース服の店の前で立ち止まる。

「長谷川ちゃん、ちょっとだけいい?」

「はて。なんでしょう」

「今から言う服装、どっちがいいと思うか聞かせて。ここで生着替えするわ」

「身支度ならば構いませんよ。どうぞ」

「やっさしーい」

 店内を見渡しながら雪乃は早口でコーディネートを捲し立てる。

「よっし、いくよ。赤いミモレ丈のスカートにギンガムチェックのシャツ、上着は黒い革のジャケットか黒いMA-1。そんで黒いパンプス。ふふ。どう想像出来て?」

 再度、雪乃は微笑みながら店内を目で探して言う。

「そーれーかー、黒いワンピースにタン色のダブル襟ライダースに赤いパンプス!なんてどう?」

「ミモレとは何です?」

「膝下スカートと思ってくれればいいわ」

「ほほう。うむ」

 長谷川は暫し考える。

「どちらも甲乙付けがたいな……。ああ!名案が浮かびましたよ」

 とびきりの笑顔で長谷川が言った。

「両方着ましょう」

「あら!いいわね、それ」

 雪乃も笑顔だ。


 ――「A-3。あ、早乙女雪乃ね。彼女の体液サンプルは手に入らなかったけど恐らくは該当者だと思う、恐らくね」

 狐に抓まれたとはこんな感じなのだろうか。ぽかんとしてしまうほど意外な事だった。

「でも彼女はなぜか上からの圧力が掛かって調査対象から外されたんだ。理由はわからないけど」

「ちょっと待て。何で俺らにそんな秘密事項をペラペラ話す?」

 雨宮は素直な疑問を男にぶつける。

「うーん、使い捨てにされた腹いせかなぁ。きっとこの混乱でいなくなって欲しいんだろうなぁ」

 再び眼鏡がずり落ちて来た男は悲しそうに言った。

「SOFも帰ったみたいだし、僕は用済みの扱いだし。裏切られたのか、僕は」

 暫しの沈黙の後、凛子が疑問を投げかけ静寂を破る。

「ねえ、なんで日本の金儲けなの?あたし関係あるの?」

「あぁ、えっとね。謎の伝染病が世界中で起きたとするよ。それを治す薬をどこよりも早く日本が開発出来たとしたらどんなに高価でも世界中で売れるよね」

 彼は更に続ける。

「大規模な製薬会社と政府は昔からつるんでるんだ。ワクチンを発明して世界中に売る気なのさ。莫大な借金があるからねえ、日本」

「そのワクチンの為に凛子が必要なんだよ。でも人違いで連れてった。俺がコートを掛けてやった女性さ。服装や髪型、背格好を報告したのはお前さんだろう?」

「うん、そう。鋭いね」

 男はそう言うと雨宮を興味深く見つめた。

「もうひとつ聞いていい?何で今は普通に話してるの?さっきはまでは凄くおどおどしてたのに」

 車の中での話し方とのあまりの違いに、つい凛子は二つ目の質問をしてしまう。これが後悔する質問になろうとは夢にも思うはずはない。

「そ、それは……言っていいのかな」

「うん、聞きたい」

「実は……以前からあなたの事を24時間監視調査してて。全て見てしまっているのですよ、全て。病院はもちろん、風呂やトイレ。さらには自慰行為も……」

「わわー!!やめて!!」

 凛子は顔を真っ赤にして慌てる。

「そういうの見た上で、あの時って下着無しだったから興奮っていうか緊張してしまって……」

 何ということだ。凛子はひどく後悔した。

 二つ目の質問はしなければ良かった。恥ずかし過ぎて雨宮の方は見れない。絶対、笑われるだろう。意地悪な笑顔でからかわれる筈だ……。


 ところが雨宮は予想外の事を言う。

「悪いけど今の『当該』の話を雪乃たちにも伝えてくれないか?」

「別に僕はもう暇だからいいけど、自分で行けばいいのに」

 渋々了解した感じで男は続けて言う。

「何かこれから用事でもあるとか?」

 雨宮は頷いてから言い放つ。


「さっきの続きを始めるからとっとと席を外して欲しい」

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