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パンデミックは秋風に  作者: 千弘
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蜘蛛の糸

 彼らはバックルームと呼ばれる各店舗の裏に位置する小さな倉庫の様な部屋に閉じ込めらていた。

 店に出す商品を一時的に保管したり、簡単なテスクワークが出来る造りになっていて、それぞれの店には大抵ある小部屋だ。

「足の拘束は解く。後は自分たちで何とかして避難するんだな。ここにいたほうが安全かもしれんが」

 先ほど、警備員はそう言うと彼ら三人の足を縛っていた結束バンドを外して出て行った。

 騒ぎを起こし、椅子に縛られ拘束されていた三人。足は外して貰えたが腕のバンドが自力では中々外せず、数十分掛け、やっとの事で水村は結束バンドを外した。

「擦り剝けて血が出たじゃねえか、クソが……」

 彼は文句を言いながらも残りの二人の拘束も解く。

「締め過ぎだ奴ら、痛てて……あぁ痕になってやがる」

 大柄な男、黒岩が手首を押さえながら言う。

「よくわかんねえけど、俺ら自由になったみたいだな」

 鼻ピアスの阿部は両手を掲げて伸びをしている。

「絶対、ぶっ殺してやる。あいつら……絶対許さない」

 水村はかなり興奮し、いきり立っていた。

「まあ、落ち着けよ水村」

「俺らだってあいつらに殴られてムカついてんだ」

 阿部と黒岩が宥める。

 先ほどから窓の外からはエンジン音が絶えず聴こえている。この下は駐車場だ。車の音などおかしくもない、当たり前の事だが外の様子が少し気になる。

「大丈夫だ。俺は落ちついてる」

 水村はそう言って窓に近づき外を覗く。トラック、ダンプ、乗用車が数台動いているのが見えた。

「何してるんだ?あいつら」

「あん?どれ。ああ、何だろうな」

「バカじゃねえの?逃げりゃいいのによ」

 残る二人も窓の外を見てにやけた顔をした。


 ――駐車場では数台の自家用車やトラック、ダンプカーが集まっていた。感染者が近付くと各車両移動し、出来る限りそれを刺激しないようにしてかわしている。

 トラックとダンプの荷台には数人の人影が見え、その風貌から着の身着のまま逃げ出してきた生存者だとわかる。

「おいっ!今ヘリコプター見えたぞ!」

 トラックの荷台に乗る、寝間着姿の男性が屋上を指差し叫ぶ。

「俺も見えた!あそこへ行けば助かりそうだ」

 ダンプの荷台に乗る男も同じく屋上を指す。

 闇夜の中、煌々とライトアップされたこのモールは、助けを求める者にとって理想郷であり安全で完璧な場所に映る。

 中に入れば助かる。屋上でヘリが救助してくれる。集まる者は皆そう思っていた。しかし、それは同時にここへ集まる生存者を狙う者の数も増やす結果になっていた。


 乗用車を運転する一人の男性が言う。

「まさに蜘蛛の糸の話のそれだ……」

 助手席に座る、白いワンピースを着た少女が尋ねた。

「それってどんなお話なの?パパ」

「あのね。暗い地獄で天から垂れて来た蜘蛛の糸を見た男が、この糸を登れば地獄から出られると考えて糸につかまって昇り始めたんだ」

「え!登れないよね?クモの糸なんて」

 少女は素直に父親の話を聞いている。

「ははは。神様の蜘蛛の糸だったのかな。それでね、途中で見下ろすと、数多くの人達が男の下から続いてくる。このままでは重くて糸が切れてしまうと思ってね、下に向かって、この糸は俺のものだ!お前たちは下りろと言ったんだ。すると蜘蛛の糸がその男の真上の部分でブチッと切れて、その男はまた地獄に堕ちてしまうんだ」

「それって神様が怒ったの?」

 少女は悲しそうな顔で父親を見た。

「ははは。昔の作り話だよ、大丈夫」

「もう、パパ。変な事言わないの。怖がるじゃない」

 後部座席の母親が割って入る。

「ごめん、ごめん」

 このモールが蜘蛛の糸で、既にモール内にいる人間がカンダタ。もしかすると我々が地獄の亡者なのかもしれない。

 運転をする父親が誰にでもなく言った。

「大丈夫、そんな事はない」


 ――雨宮に凛子が言う。

「ちょっと支度してもいい?緋色さんの服も持ってくるから」 

「ああ。構わないよ。自由にしていい」

 凛子にそう言うと雨宮は続けて言った。

「じゃあ、二人は身支度を整えて備品や食料を集めておいてくれ」

「わかったわ」

 雨宮の言葉に雪乃が素直に従う。

「長谷川さん、車はどこに停めてある?」

「大通りではなく、裏手の入り口から入った立体横の駐車場。停めやすく出やすい場所を選ん……」

「あああっ!あれか!装甲車みたいなキャンピングカーっ!」

 雨宮は自身が停めようとした場所に停まっていた大型のキャンピングトレーラーを思い出した。

「何故それを……?」

「駐車場で目立ってたからな。場所がわかれば、脱出口をどこにするか決めやすい。って事で準備を始めてくれ」

「緋色ちゃんはどうするの?」

 雪乃が問いかける。

「俺か……俺は凛子の傍にいる。二人で作戦でも練るよ」

 発症し始めた負傷者たちを考えれば雨宮の言葉の意味がわかる。

「……わかったわ」

「……うむ」

 二人は静かに、そして悲しさを押し殺して返事をした。


 この場を離れた二人と入れ替わりで凛子が着替えを済ませ戻って来た。

「最後の着替えになるだろうからお洒落してきたよ」

 ライトブラウンのオフショルダーニットから透き通るような肌が覗き、白いチュールスカートからは綺麗な脚がすらりと伸びる。その足元はファーの付いたブーティが可愛らしく履かれていた。華奢な首には黒いリボンのチョーカーが巻かれ、上着は美しいシルエットを形作る淡いベージュのAラインフレアのコートを羽織っている。

 そんな凛子の可憐な姿に雨宮はつい見惚れてしまっていた。本当に舞い降りて来た天使に見えてしまう。

「はい。ごめんね、これ。ありがとう」

 そう言うと彼女は黒い革のライダースを雨宮に差し出した。

「お。返ってきたか。実はこれ気に入っててさ」

 雨宮はそれに袖を通し襟を正す。

「なんか、こう……復活っ!って感じするぜ」

 彼の笑顔を見た凛子は、安らかな気持ちになっている事に気が付いた。この先、例え死が待っていようとも緋色がいれば何だか大丈夫な気がする。そんな気がした。

 雨宮がペットボトルの水を飲んで凛子に渡す。

「ふふふ。頂くわ」

「飲んだら返せよ」

 一口飲んだ水を返しながら凛子が言う。

「ねえ。本当はいい考えなんてないんでしょ?」

「あれ。バレてたか」

 雨宮は笑いながら答えた。

 自然に、そして当たり前のように二人は顔を近づける。唇が触れ合うと思った寸前、凛子の動きは止まり目を丸くする。


「……っ!きゃあぁっ!!」


 彼女は悲鳴に近い、驚きの声を上げた。


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