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パンデミックは秋風に  作者: 千弘
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記憶

大切な人を失うという事は何度経験しても辛い。


 ――近所に住む少年がいた。毎日と言っていいくらい遊んでもらっていた記憶。

 母親と彼の父親が同級生だったのが幼い少年少女の出会いの始まりだったと祖母から聞いた憶えがある。


「ほら、ここをこうすれば……ほら直った!」

 壊れてしまった少女のお気に入りである変身ステッキの玩具を直す。この少年から壊れた物は必ず直せる事を学んだ。

 その少年は小学校高学年ぐらいだったと思う。


「いい?いくよーっ!それーっ!!」

 少年がブランコを押す。ブランコが大好きな少女の為に何回でも何時間でも彼は順番待ちがいなければ押してくれた。しかし順番待ちの子供がいると10回漕いだら交代する。少女は譲るという事を自然と覚えた。

 面倒見がよく近所でも評判の少年だった。


「これ食べてごらん、美味しいよ」

 夏祭りの屋台で買ったリンゴ飴をくれた。幼い少年は少ない小遣いから少女に食べさせたくて隣町まで買いに行き途中で落としたりしないよう大切に届けてくれた。

 初めて食べたそれはとても美味しくて、今でも屋台を見かけると真っ先にリンゴ飴の屋台を探す。


「今日は向こうの公園行ってみようか?」

 大きな滑り台がある公園に連れて行ってくれた。滑り台が気に入った少女を喜ばせたくて近所中の公園を隈なく周り、一番大きな滑り台を探してくれた。

 その少年の優しさがとても嬉しかった。


「困ったらいつでも絶対助けてあげるからね」

 少年はいつもこの言葉を掛けてくれた。少女は幼いながらもその言葉に安らいでいた。

 毎日守ってもらっていた記憶。優しさに包まれていた感覚。


 ある日、いつも遊んでいた公園に野良犬が現れ、子供たちに襲い掛かった事があった。彼は少女の前に立ち、彼女を後ろ手に守る。少年は勇敢に野良犬と対峙しどんなに吠えられても怯む事はなかった。

 「来るならこいっ!!」

 少年に逃げるという選択肢は毛頭ない。何があっても少女を守るつもりだ。唸る野良犬が飛び上がり、大きな口を開けて少女のほうへ襲い掛かった。

 「ガルルル……ガウッ!!」

 「きゃぁっ!!」

 彼は咄嗟に自分の腕を野良犬の前に差し出し身代わりとなる。

 「ガウガウッ!ガルルル!!」

 犬は首を左右に振り腕に嚙みついた牙をめり込ませてくる。

 「……っ!!」

 ここで痛みや恐怖に負けて泣いてしまってはいけない。そう思い少年は喉まで出かかった悲鳴を飲み込む。幼い少年の渾身の力を込めた拳、小さな拳ではあったが野良犬の目を撃ち抜くには十分だった。

 「このっ!!!」

 口を離しキャンと鳴いた野良犬が逃げ出す。左腕から大量の血を流しながら少年は立ち上がり、少女元へ向かい優しい顔で言った。

 「大丈夫、お兄ちゃんが絶対守ってあげるからね」

 少年は終始、痛みに堪え気丈に振舞い少女に一切の不安を与えない。子供たちの悲鳴で集まって来た大人たちが彼を手当てし救急車を呼んでくれた。

 その出来事から数日後。少年が退院してすぐ、ある出来事が起きる。


 少女の両親が他界した。


 当時、新聞で連日、大々的に報じられる飲酒運転による被害事故だった。両親が突然消えてしまった事を幼い少女は理解できず、その悲しみに毎日泣いて暮らした。良い子でいれば両親はきっと帰って来ると言って欲しかったが誰もそんな事は言わない。もういなくなってしまったんだと幼いながらも何となくわかっていた。

 少女が元気を失くし家から出てこなくなってから、少年は毎日通ったが彼女とは一度も顔を合わせる事はなかった。

 そして、一週間後、少女は祖父母の家に引き取られる事になる。


 引っ越しの当日は少年は荷物を積み込むトラックの中、黒塗りの高級車に乗り込む少女を見つける。その瞳には光が無く生気がない。

 大好きだったお兄ちゃんを目の前にしても消えそうな笑顔で手を振る事が精一杯の様だった。

 引っ越し先を聞いても幼い少女は理解できず、お兄ちゃんとはいつでも会えると思っていた。


 少年は涙を必死に堪えながら少女に自分の一番の宝物である精巧なミニカーを渡す。自動車が大好きな彼は以前、少女に自分の夢を語ったことがある。将来はどんなに古い車でも直せる様な店を持ちたい、大切にしている物を直してあげられる仕事がしたいと。そして自分が一番好きな古い車はこれだとそのミニカーを見せた事がある。

 大人たちの話から、もう彼女と会う事は出来ないとわかっている少年は涙を流して車を見送った。途中から降りだした雨で彼の左腕に巻かれている包帯が濡れて解けそうになっていた。


 後日、祖父母からもうあの少年とは会えないと聞かされた時、大切な人との別れを少女は痛み悲しんだ。両親がいなくなり彼まで失ってしまうというショックで数日の間、布団から起き上がれず暫く学校にも行かなかった。

 布団の中では少年から貰ったミニカーをずっと握り、ずっと見ていた。これさえあれば何があってもどんな事からもお兄ちゃんが守ってくれるような気がしていたのだと思う。

 少女の宝物。お守りと言ってもいい大切な物。


 少女が未だに車好きなのは彼の話の影響なのだろう。その少女はクリーム色のミニカーを20年以上経った今でも大切な宝物として大事にしている――。


 



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