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パンデミックは秋風に  作者: 千弘
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翼の行方

 雨宮は小声で凛子に囁いた。

「隠れるぞ」

 凛子は頷くと通常の大きさの声で言う。

「え。隠れる必要ある?小声の必要もないと思うけど」

「ま、まあ……確かにな。でも屈んどけ」雨宮は苦笑いしている。

 緑のフィールドジャケットを着た雨宮を見て黒いライダースを借りたままの事を凛子は思い出す。

「緋色さん、ごめんね上着。さっき脱いで、下の階に置きっぱなしのままでここに来ちゃった、返さなきゃね。」

「ああ。後で構わないよ。でもさ、これも似合うだろ?さっき紅茶と一緒に拝借したんだ。少し冷えるしな」

 両手でビンと襟を立て悪戯っぽい表情で笑う。

「うん。似合ってる」その後に続く言葉を凛子は飲み込んだ。

「ねえ。あたし、いつまで大丈夫だと思う」

「どうだろ、正直まったくわからない。でも俺の方が後だろうな」

 遊具を指差しながら目で合図を送り雨宮は言葉を続けた。

「だから、もしその時が来たら俺が終わらせてやるよ。だから、それまでは何があっても絶対生きろ」

 雨宮を感染させてしまった事への償いに、自らの命を絶つ事も考えていた凛子は、その思考を振り払うように力強く頷いた。

 死によって責任を逃れる事は容易い、責任を感じながら生きる事の方がとてつもなく大変な事だ。ならば緋色の言う通り自分に残された時間をとことん頑張ってみようと思う。それが例え償いにはならないとしても残された時間を精一杯生きてみようと思う。

「わかったわ。じゃあ、もしもあたしの方が長く『まとも』だったら、その時は任せて」

 遊具の陰に隠れながら凛子が言った。

「ああ。頼むぜ」雨宮は笑顔で凛子の横に屈んだ。

 白いコットン編みのセーターの上に綺麗な青いロングカーディガンを羽織っている凛子を見て

「似合ってるぞ、それも」

 と雨宮は微笑んだ。


 金網の向こうでは一人の警備員が手を上に挙げている。その手には筒型の銃の様な物を持っており、暗闇の上空へ真っすぐ腕を伸ばす。

「発煙筒……?」

「照明弾とか信号弾かもな」

 シュパッという音と共に月が隠れた夜空に一筋の光が昇っていく。そして間を置いてポンという破裂音がすると辺りは一瞬明るくなり赤い光がゆっくりと上空から降りて来る。

「初めて見た。……綺麗ね」

「俺も」

「誰か来た。ほら、あそこ見て」

 凛子が指を差す方向のドアが開いている。そこに人影が数人見え隠れしていて、その中に女性が一人いるのがわかる。

 項垂(うなだ)れているため長い髪が顔を隠し表情までは良く見えない。その女性は白いコートを羽織っていて二人の警備員が両脇から彼女を支えていた。

「あのコートって……」

 本人より早く凛子が気づいて口に出す。

「ああ。俺のコートだ」

 背格好、髪色、長さ、衣服、ここからだと髪を切る前の凛子に見えて仕方ない。

「遠目だと凛子に見える」

「そうかな。知ってる人なの?」

「さっき俺が声を掛けたんだ」

「ああ。そう」

「そんなに妬くなって」

 雨宮の言葉に少しだけムッとした表情で言い返す凛子。

「なんで妬くのよ、あたしが」

 二人は目を合わせたがすぐにその目は上空に向けられた。

「聞こえるか?」

「うん。ヘリコプター?」

 篭った様なパラパラという独特の羽音をさせて黒いヘリがサーチライトを照らしながら飛んでくる。

 警備員が発煙筒を焚き、大きく左右に振っていた。

「ここに降りるのか?」

「無理っぽいよ、狭いもん」

 暗闇の中に溶け込んでいるヘリから青いLEDで光るワイヤーハーネスが伸び、それを下の警備員が掴む。

「吊るして上げるのか」

「あの女の人を運ぶのかな?」

 一人の警備員がハーネスを身体に巻き着け安全装置をロックしている。コートの女性にもハーネスが巻かれ胴の辺りで警備員と連結させた。

「何処に連れて行くんだ?」

「怪我してるなら病院とかじゃないの?」

「確かに怪我してるけど……」

「警備員の知り合いとかじゃないの?ずるいわね」

 上空でホバリングをしていたヘリコプターの中へ警備員と共に彼女は消えた。そして一定だったプロペラ音をほんの少しだけ変化させヘリは飛び去る。

「え、一人づつ運ぶの!?」

 凛子は驚く。そんな事をしていたら時間がいくらあっても足りないだろう。


 長谷川と雪乃は階段を登りながらヘリの音に気づいた。

「聞こえましたか?」

「うん、プロペラの音」

 ふたりは階段を駆け上がり勢い良く扉を開けた。

「あ……」

「離れていくな」

 先ほどまで出ていた月がまた雲に飲み込まれた暗闇の空に黒いヘリが溶け込んでいく。

 右前方で動く物がある。目を凝らすと遊具の陰から凛子が手招きをしているのが見えた。二人は凛子の元へ身を屈めて近寄った。

「よう、お二人さん。下は大丈夫だった?」

 凛子の横にいた雨宮が二人に声を掛ける。

「ええ。少し騒ぎになりましたが今は落ち着いた様子です」

「あのヘリはどうしたの?」

 雪乃が二人に尋ねた。

「腕に包帯巻いた女を連れてった。ほら、俺がコート掛けてやった」

「あぁ、さっき秘密のデートした時ね?」

 悪戯っぽく雪乃は笑った。そして真面目な顔になり続ける。

「私たちもさっき階段で警備員に連れられて行くの見かけたわ」

「病院にでも搬送したのか……いや違うな」

 長谷川の自問自答に雨宮が割り込んで言った。

「うん、違うな。負傷している度合いならもっと重傷者がいるはず。ちょっと理由がわからないな」


「雪乃ちゃん、あたし……」

 神妙な面持ちで凛子は雪乃に声を掛ける。

「うん。わかってるわ、辛いね。でも必ずってわけじゃないから……」

「ううん。そうじゃなくて緋色さんに伝染(うつ)してしまったの」

「えっ……それって、どういう事……?」


「俺キスしちゃった」


雨宮はお道化て片目を瞑った。




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