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パンデミックは秋風に  作者: 千弘
22/50

唾棄

 雪乃が軽快にエスカレーターを駆け降りて行く。胸元の開いたカーキ色のシャツに黒のショートパンツ、そして薄手のタイツにショートブーツ。彼女曰く、着替えると気分が変わっていいらしい。

 一階フロアに着くと彼女は長谷川と共にこちらへ向かって手を振った。

「二人とも気を付けてね!」

 雪乃の言葉に凛子が笑顔で返す。

「ありがと!そっちも気を付けてね!」

 雨宮は二人へ向かって自らの拳で胸をトントンと二回軽く叩いた。その仕草を見ていた凛子が尋ねる。

「何それ?こっちは俺に任せとけ的な?」

「ああ。俺に任せとけ」

 雨宮は自信に満ち溢れた顔でそう言った。

「ほんとにあなたは……」

「なんだ?」

「何でもない」

 凛子は今リネンシャツの上に青いロングカーディガンを羽織っている。走るとその裾がひらひらと揺れて可憐だ。

 そんな彼女が話題を変えるように言った。

「あの白いコートは?」

「あげた」

「え、誰に?」

 凛子は残念そうな顔で問い掛けている。

「寒そうな人にあげちゃったんだ」

「そう……」

 彼のコート姿を期待していた凛子はもう二度とあの天使には会えないかもしれないと思うと少し悲しかった。ここにいる雨宮は全身黒尽くめであの天使ではない気がしてしまう。

「どうした?」

「別に」

 別にアレがあろうがなかろうが雨宮には変わりない。ここは翼に見えたあのコートに拘るのはやめよう。

 二人は長谷川達とは別のエリアに向かっている。この巨大モールは東西南北のエリアに分かれ各エリアが三階または四階建ての構造になっている。エリア同士繋がってはいるものの非情に複雑な造りになっているので実に迷いやすい。

 二階フロアの雑貨売り場で身を潜めていた三人が姿を現す。

 鼻にピアスを開けた金髪の青年。ダボついた赤いパーカーを着て赤いスニーカーを履いている。

「あの女、青いの。あれ結構かわいくね?」

 その横で染めた髪を短く刈った大柄な青年が下品な笑いを浮かべていた。緑のTシャツを着ているが汗で湿っているのが判る。

「俺、ショートパンツのほうな」

 そしてあの子供を放り投げた卑劣な青年が憎しみを込めて言う。

「あの女は殴ってからだ」口元に薄ら笑いを浮かべて続ける。

「殴ったら好きにしていいや」

 二十代前半だろう若者三人がそう言いながら雨宮達四人を追って停まったエスカレーターを慎重に足音を消して下りて行く。

 腰に(なた)を腰に()げた鼻ピアスの男が身を屈めながら言う。

「おい、水村。向こうは二人つづに分かれたぞ。先にあのデカいおっさんやっちゃうか?」

 ピアスの男は興奮した様子で尚も続ける。

「それからゆっくりと女を犯ろうぜ」

 例の卑劣な青年、水村と呼ばれた男が宥めるように鉈ピアスに言う。

「まあ、待てよ阿部。女は俺が殴った後だからな。その後なら好きにしていいから」

「お前もよくわかんねえな、水村。殴るよか犯っちゃうほうがいいんじゃねえの?」

「俺は調子に乗った女が大嫌いなんだよ。だから思い切り殴ってやりたいんだ」

「そんなの俺はわからねえよ。俺はあの女を犯れたらいいや」

 そう言うと阿部は腰の鉈を確認する様に手で(まさぐ)るとエスカレーターを降り切った。


 ――薬局を見つけた雪乃が声を掛ける。

「じゃあ、長谷川ちゃん、あたしはここで!」

「私もご一緒しましょうか?」

「ありがと。でも大丈夫よ」

「では何かあればそこから叫んでください」

「何もないはずよ、長谷川ちゃん」雪乃が笑う。

「この先の防災用品売り場にいるから聞こえるはず」

 笑みを浮かべて長谷川は走って行った。


 雪乃は腕を捲りショッピングカートを列から抜き取ると気合を入れた。

「さて、ここは腕の見せ所ね」

 店舗内を見渡し天井から釣り下がる各コーナーの案内板を見て、彼女は目的の場所を探した。

「先ずはここから」

 雪乃はそう言うと処方箋受付と書かれているドアを開けて入って行く。運よく施錠されていないのは緊急避難だったからだろうか。薬品の知識が多少ある者にとってはここが最優先だった。

「勉強しといて良かったわ」

 粗方の薬剤と器具を手に入れご満悦な雪乃。

「お次は簡単な市販薬っと」

 カートを転がしながらレジ裏の棚にある薬から放り込み始めた。

「風邪薬、痛み止め、下痢止め……えっと抗菌目薬、あとは……オキシドール、エタノール……」

「包帯、消毒液、絆創膏、えっと……」

 手際良く必要な物を選りすぐってカートに放り込んでいく。今後、治安が収まり通常の生活に戻ったら後で必ず代金は払いに来るつもりで拝借させてもらう。

「あと……お泊りグッズと……最低限の化粧品もいるわね。あと……」


 その姿を向かいの店舗の影から三人組が覗いていた。

「おい。おっさん、向こう行ったぞ」阿部が嬉しそうに水村に言う。

「こっちから行くか?」大柄の緑シャツの男も水村に問う。

「俺達も二手に分かれるぞ」水村そうは言うと

「阿部、お前は向こうでおっさん見張れ。出来たら殺っちまえ」と続けた。

 そう言われた鉈を持つ阿部は長谷川のほうへ足を向けた。

「じゃあ、向こう行った青いカーディガンの女は俺がもらうぞ?」

「ああ。好きにしろよ」

 阿部は腰から鉈を提げ長谷川の後を追った。

 汗ばんだ巨漢が興奮気味に言う。

「このショーパンは俺なっ!」

「興奮すんな、黒岩。こいつは俺が殴ってからだからな」

「わかってるよ。でも顔の形が変わるまで殴るなよな。萎える」

「保証はしねえよ。俺はああいう女がすげえムカつくんだ」

「おし、行くぞ。回り込め」

 憎悪の塊のような非道な青年、水村はそう言うと雪乃を睨む。


「女性用品も持ってたほうが無難だよねぇ……」

「デオドラントスプレーとかもい……」

 お目当ての品を詰め込んだカートを押しながら商品棚の角をゆっくりと曲がった時だった。突然現れた人影に雪乃は驚いて声をあげてしまう。

「わっ!!」

 次の瞬間、見たことある顔だと気が付いた。いや……絶対に忘れはしない顔だった。

「弱い者虐めのクソガキ!!」

 ガキと言われた水村が走り込んで拳を振りかぶる。

「うるせえ!くそが!」

 とっさに雪乃はカートを水村へ向けて思い切り突き離した。ガシャンと激しい音と共にもんどりを打ち、彼は後方の棚にぶつかり商品をばら撒いた。

「だっさっ!だか……」

 雪乃がそう言いかけた時、大きな体の男が後ろから抱きついて来た。

「きゃぁぁぁーっ!!!」

 ――長谷川はカートの衝撃音と悲鳴を聞いて即座に踵を返し走り出す。

「雪乃さん!」

 しかし、不意に棚の陰から足を掛けられ長谷川は見事に転倒してしまう。

「うわっ!」

 起き上がろうとしたその時、頭を目掛けて鉈が振り下ろされてきた。

「ぐっ!!」

 寸前の所で一撃を避けてそのまま相手の腕を捻りあげた。

「そんな物を使ったら死ぬぞ!!」

「痛てて!離せおっさん!!」

「馬鹿もんがっ!!!」

 起き上がった長谷川は渾身の力を込めて男に張り手を喰らわせた。物凄い音がしてピアスの青年、阿部は吹き飛ぶ。持っていた鉈が床をクルクル滑り転がって行く。

「顔は覚えたぞ、小僧」

 そう言うと長谷川は雪乃の下へ急いだ。相手をしている暇はない。今は一刻も早く雪乃の傍に行かなければならない。

 ――その悲鳴は雨宮と凛子の耳にも届いていた。

「聞こえたか?」

「うん、雪乃ちゃんの悲鳴!」

「早く行ってあげてっ!!!」凛子が雨宮に叫ぶ。


 凛子に頷くと同時に韋駄天の如く雨宮は駆け出していた。




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