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大きなメイン通路の両隅に設置されているベンチに四人は座っている。
「……今晩もう帰れないよな」
「外があれでは致し方ない……」
「帰ってタッチアップしないと……」
「ここに泊まるの……?」
「ああ。そうしよう」雨宮は続ける。
「あまりここは安全とは言えないけど今晩は泊まろう。夜に出歩くのはもっと危険だし」
雪乃が不思議そうに雨宮に尋ねる。
「え?ここシャッター降りてるし何でもあるし、かなり安全じゃないの?」
「騒ぎが収まるまでここにいる事は出来ないの?」凛子も素朴な疑問を雨宮に投げかける。
「あぁ。何でもあるな。シャッターも閉まったし安全だ。……だからだよ。お宝満載で安全な場所は人気あるだろう」雨宮は答える。
「人気があると人が集まるじゃん、そうすると色んな問題が起きるもんさ。最悪は外から狙われる」
雪乃は小さく呟いた。「なるほど。略奪か……」
「そこで提案があるんだ。さっき長谷川さんには話したんだけどさ」
「この四人で行動を共にしないか?」
「うむ。願ったり叶ったりの申し出。こちらこそお願いしたい」
「お嬢さん方、どうです?皆でチーム組みましょう」
雨宮の提案を長谷川は快く受け入れたようだ。
「もっちろんっ!断る理由なんかないわ」
雪乃はその話に飛びつく。頼もしい男性陣がいたほうが心強い。
「凛ちゃんも一緒ねっ!」
「はいっ!宜しくお願いします」
凛子も嬉しそうに返事をする。丁度照明が当っているせいか瞳が輝いて見える。
「よっし!決まったな。皆が無事に帰れるまで俺らはチームだ」
雨宮は晴々とした表情で立ち上がるとそう言った。
「じゃあ、自己紹介しとくか。……俺は雨宮緋色。えっと何言えばいい?」
「特技とか趣味とか苦手な物とか好きな物とか」雪乃が助け船を出す。
「そうか、趣味かぁ、趣味はなぁ……浅く広くなんだよなぁ。あっそうだ。俺、泳げない」
子供の様な表情で笑いながら雨宮は告白をした。
「結構これってコンプレックスなんだぜ」
三人とも顔が綻んで「意外だ」と言っている。
「じゃあ次はあたしねーっ」雪乃が手を挙げて立ち上がる。
「早乙女雪乃です。こう見えて養護教諭だったりします」
養護する教諭……?養護する先生?……学校の先生?三人ともそんな顔をしている。
「あまりピンとこないみたいね……保健室の先生よ」
「おおぉ」一同から驚きの声が上がる。
「趣味は男。……なんちゃってね、嘘。ほんと嘘よ。車が好きなの男遊びより車優先!」
「車は何乗ってるの?」凛子が問う。
「R34とWRX S4とAE86と……」雪乃は指折り数えながら答えた。
凛子は多少なら車の話が出来ると思っていたがそれは間違いだったと気付く。
雪乃が言っているのが車種なのか略称なのか全くわからない。
「すっげえな。名車ばっかりか!」
「パーツで困ったらいつでも言って下さい」
「えー!ほんと!?長谷川ちゃん!」嬉しそうに雪乃が言う。
「そういう廃版になった部品を拵えるのが仕事なんですよ」
そう言いながら長谷川が立ち上がり自己紹介を始める。
「私は長谷川亘雄。304を少し入った所で鉄工所をやってます。バイクが好きでアウトドア好きもです。むぅ…なんか緊張するなぁ…」
「硬い!硬いよ長谷川ちゃん」
皆の笑いが起こる。雪乃が抜群のタイミングでまたも助け船を出した。
「はい。じゃあ、最後のトリ!待ってましたっ!凛ちゃん」
雪乃は男性陣に拍手を促す。凛子は少し顔を赤らめ立ち上がった。
「なんか恥ずかしいな……では。えーと、如月凛子です」
「よっ!可愛いーっ!」雪乃が茶化す。
「ヨガのインストラクターしてます。あと空手をやっていました。お酒も煙草もやります。あとは……」
「彼氏はー?」雪乃は上手くこの場を回している。
「……今いない」凛子はそう答えると少し寂し気な顔をした様に見えた。
「あたしも今いなーい」雪乃が言った。
「ねえねえ凛ちゃん。この二人どっちもいい男よ?どっちにする?」
雪乃は笑顔で雨宮と長谷川を指していた。
値踏みをされている片方の男が言う。
「こんな美人さん達に彼氏がいないとは……世の男共は何をしているんだ」
「そうでしょ!?もっと言って!」
暫し、和やかな楽しい雰囲気を四人は楽しんだ。団結出来た事が嬉しかった。
「ところでリーダーは誰にしますかな。雨宮さんが適任だと思うのだが……」
「いっ!俺!?」雨宮は長谷川の発言に驚きの声をあげてしまう。
「異議なーしっ!」と雪乃が言い
「緋色さんがいいと思う」と凛子も続く。
「決定です。雨宮さん」長谷川が満面の笑みでそう言った。
「わかった。言い出しっぺだしなぁ、引き受けるよ」
「ただ、何か決定する事があった場合、独断ではなく相談させてもらうぜ」
三人はこの時、リーダーはこの人で間違いなかったと確信した。
「ではこのチームの初仕事するか!」辺りを見渡しながら雨宮は言う。
「各自、分担して必要な物を集めよう。そうだなぁ、欲張らない程度でいい」
「了解っ!」
「身動きが取れなくなるほどの荷物はいらないよ」
「その通りですな。良い采配だと感心しましたよ」
長谷川が頷きながら言う。
雨宮は得意げな顔で凛子に向かってⅤサインをしている。
それを見て凛子はつい微笑んでしまう。『俺、褒められたぞ』と言う所なのだろうか。
「あたしは多少なら薬品の事がわかる」店舗案内を見ていた雪乃が言った。
「だから必要になりそうな薬を集めて来るね」
「よし。雪乃ちゃんはそれ頼むよ」
「まっかせなさい!」
雨宮の言葉に自信満々に雪乃が答えた。
「長谷川さんはサバイバルグッズを頼む。きっと必要になるはず」
「おお。キャンプが趣味だからそれは得意分野だ」
長谷川は嬉しそうにリーダーからの依頼を引き受ける。
「凛子は食料を。非常食的なものが多いといいかもな」
「うん。任せて」凛子も張り切っているように見える。
「そんで緋色ちゃんは何を持ってくるの?」
「俺は……ここでベッドを確保しておくよ」
雨宮は敷地内の店舗見取り図を見ながら家具売り場を指差した。
「はぁ?まさか寝てるの?」
「……寝ないよ」
「絶対寝ちゃうよね?寝る気だよね?」
「……寝ないように頑張るよ」
雪乃が笑いながら怒っている。
「いやほんと寝ないよ。では、一時間後、ここで」
雨宮は家具売り場を指差した。
「では。我々は一階ですな」
長谷川は雪乃に話し掛ける。
「何かあったら叫んで下さい。すぐ駆け付けますぞ」
「あらやだ。頼もしい」
雨宮は凛子に言う。
「よっし。凛子、俺らも行くか」
「え……?一緒に行ってくれるの?」
「ああ。一緒に行く」
「うん……ありがとう」
凛子は嬉しそうな顔をしてしまっている自分に気づいた。
そして四人は二手に分かれ、止まったエスカレーターを駆け下りて行った。
――その姿を見ている三人組がいる。
その中の一人は憎しみの目で。残りの二人は猥雑の目で。
「いたぞ。あいつらだ。また調子こきやがって…」
「犯っちまうんだろ?」
「あぁ、でも犯す前に俺に殴らせろよ」
あの時、子供を盾にし老人に暴力を振るう卑劣な青年がニヤつきながら言った。
 




