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パンデミックは秋風に  作者: 千弘
19/50

insight

 長谷川は和やかな雰囲気を出そうとわざと大袈裟に言ったようだった。

「これほどの美女二人と買い物なんかもう一生出来ないかもしれないな」

「あはは。長谷川ちゃん、よく言うわ」

「ほんとですよ」

 雪乃と凛子に窘められる。

「しかし、今は両手に華だという事は事実」

「うまいわねぇ。お世辞だわ、ぜーったい」

「煽てても何も出ませんよ」

 三人ともそれぞれが恐怖で押しつぶされそうになるこの現状を和やかさで包む事を意識している。女性二人に関しては泣き叫んでしまいたいぐらいの恐怖感だろう。

 長谷川は極力二人に不安を与えない様に務めている。けれど彼の細く優しいその目の奥は鋭く、周りへの警戒を怠ってはいない。


 二階へ来ると先ほどの様な騒がしさはなく、避難待機している買い物客が各自寄り添って所々で小集団を形成して固まっていた。その人々の顔は皆、不安や恐怖で困惑している。いきなり現実離れした世界を突き付けられたら事態を飲み込めないのは当然だ。


「ここは……西側エリア二階になるのか」

「はい。東西南北で別れているんです。あたしここ良く来るから少しならわかります」

 凛子と長谷川はエリア案内表示板を見て現在位置を確認している。

 雪乃は何かを思いついたように口を開いた。

「あたしちょっと下行って来るわね」

「え、どうしたの?」

「何かあるのならばご一緒しますよ」

 突然の雪乃の発言に二人は少し驚いた表情だった。

「うん。ありがとう。ちょっと野暮用だから一人で平気よ」

 雪乃は女神の様な美しい笑顔で続けて言う。

「そうだ、凛ちゃん。ついでに何か買ってきてあげようか?」

「え、あ、でも悪いですよ」

「いいって、いいって。飲み物とか煙草は?」

「では、すみませんけど、お願いします。1ミリのメンソールがいいです」

「おっけーい。長谷川ちゃんも何か欲しい物のある?」

「では私も何か飲み物をお願いしてもよろしいかな」

「……じゃあ、長谷川ちゃん。お金ちょうだい」

 笑いながら雪乃が言うと長谷川も笑いながら渡した。凛子も思わず笑ってしまう。

「女は怖いですな」

 長谷川のぼやきで三人はまた笑い合った。

 凛子は真顔で雪乃に言う。

「気をつけてね」


 雪乃が階段を下りて行くのを見届けると長谷川が言った。

「二人でデートになってしまいましたね」

「もう。あたしだけだからってそんなに残念そうな顔しないで下さいよ」

 凛子は悪戯っぽい顔でウィットに富んだ返しをする。

 この一角にはブーツやシャツ。スカートや下着に至るまで全て売っている。拘らなければ全身コーディネイトが可能だった。拘るも何も、今の凛子の格好よりは格段にマシである。

「ここらで着替えでも探しますか?凛子さん」

「はい。そうします」

 各店舗はもぬけの殻だった。店員もどこかへ避難しているのだろう。

「会計はどうしたらいいんだろう?」

 凛子の疑問に長谷川が答える。

「この際、値札と連絡先書いて置いとけば良いのではないかな」

「なるほど。長谷川さん天才だ!」

 笑いながら歩き出し長谷川は言う。

「それでは、自分も何か着替えを探して来ます。作業着だから着替えたい。この先にいますよ」

 そう言って男性服売り場に向かった。

『よし!今のうちに』

 凛子は女性用下着売り場に走った。

 とてもではないが長谷川に、上も下も下着をつけていないとは言えない。今の凛子の最優先項目が下着であった。


 一方、雨宮は一階の様子を見て廻っていた。目を細め注意深く慎重に歩いている。シルバーのチェーンは静かに鳴る。

 このフロアだけで店内にいる人数は100人ぐらいだろう。その内、負傷者の数はわかるだけでも20いや30人。

 壁と商品棚で囲った一角には縛られた暴徒が40人はいるようだった。袋を被せられ縛られながらも蠢きながら唸り声をあげている。今まで見たことのない異常で異様な世界だった。

 気になるのは警備員の数。総勢30人以上がこの場にいた。店舗内を巡回している警備員がいるとしたならそれ以上になる。こんなにも警備員の多い商業施設はまずありえない。そして何より全員眼光が鋭い。

「こいつら何だ……」

 雨宮はそう呟くと停まったままのエスカレーターをゆっくり昇り二階へ向かった。二階エスカレーター前の男性服売り場でカーゴパンツを物色している長谷川を見つけた。

「よっ!達人さん」

「おお。緋色さん」

 長谷川は疑り深いと自分で思っている。しかしながらこの目の前にいる男には『疑う』という事が必要ない気がしてならない。彼の持つ独特の雰囲気なのか話術なのかわからないが屈託がないという印象しか湧かない。

「あ。あの娘から聞いたね?」

「実に良い名前ですね。緋色とは」

 長谷川は手を差し出して言った。

「俺は雨宮緋色。よろしく。剣道の達人さんは?」

「申し遅れました。自分は長谷川宣雄と申します」

 雨宮も手を差し出して二人は握手をした。長谷川の大きく厚い手とピアニストの様な雨宮の綺麗な手がガッチリと強く握られた。

「宜しく願います」

「よろしく。たぶん年齢も近いだろうし」

「もう四十路も見えてますがまだまだ若いつもりですよ」

 二人はそう言って微笑んだ。長谷川の周りにはカーキとベージュのズボンが広げられている。この状況から察するにどちらにするか迷っていると容易に判断できる。

「長谷川さんなら……そうだなぁ。こっちだな」

 雨宮はベージュを指した。

「やはり。ではこれにしますかな」

「……長谷川さん、少し話したい事がいくつかある」

「ズボンを選んでもらったお礼に何なりと」

 二人とも奇妙な感覚だった。初対面でも難なく話せる。不思議な感じがしていた。

 無意識に信用してしまっている自分に長谷川は少し戸惑う。


「単刀直入に聞くよ。あの暴徒達はいったい何だと思う?」

「おそらく死人が生き返ったりはしていないと思う」


「だとするとドラッグ、病気、その辺りだよね」

「ですな。伝染(うつ)るというのが事実ならドラッグではない。あるならウィルス、寄生生物…寄生菌」


「この短期間で爆発的な拡大性からするとかなり感染力の強いウィルスとかだろうなぁ」

「それが唾液や血液等から感染すると……」


「俺も最初まったく同意見だった」

「……というと、今は違った考えを?」


「うん。あいつら死んでないか?なんか辻褄が合わないんだよ」

「死んだ者が蘇る。生物学的にはあり得ないが……」


「そう。それはわかってるんだけど脳が死んでて体は生きてるみたいな感じかな」

「脳を何かに寄生されてしまったらありえない話じゃない」


「自然界にもそういうのいるじゃん」

「菌やウィルスで……うぅむ」


「感染源は血液とか体液なんだろうけどさ、寄生虫でそんな感染力強いやついない」

「うむ……」


「まさか発症直後とその媒体の死後で変わる……?」

「憶測ではあるが、だとしたら危険な話です。二段階目だと気絶しない事になる」


「まあ、でも憶測だよ。後さ、警備員。あれただ者じゃないぜ」

「動きや身のこなし、統制に至るまでどれをとっても素人ではないと私も感じていた」


「そうだとしたらなんの為に警備員に偽装してるんだろう…」

「……ふむ」


「偽装する意味がわからない……そもそも彼らが何者か」

「ま、そのうちわかるかも知れないし」


「正体を現すやも知れないですしな」

「ありがと。少し参考になったよ」


「緋色さん、貴方は優れた洞察力をお持ちだ」


「ありがとう。でもこれは所詮、素人考えだ。あ、凛子は今どこにいる?」


「彼女なら着替えを探してるはず」

「じゃあ、覗いてくるよ」


「男子たるもの仕方あるまい」


 歩き出した途端、雨宮は立ち止まり振り返って長谷川に言う。


「良かったら、互いに協力して今回の騒ぎを乗り越えないか?」



 ――ファッションショー真っ最中の凛子。


 茶のロングカーティガンにパンプス。黒く胸元の開いたシャツにジーンズと茶のブーツ。ふわふわした紫のシフォンチュニックも捨てがたい。ブーツも履きたい。となるとスカートは…。

「どれでもいいんだけど決まらないなぁ」

 袖が長く指まで隠れる白いシンプルなカットソー、下半身は下着のみ姿で凛子は悩む。

 離れた所で話し声が聞こえた気がした。雨宮の声だ。凛子は試着室から顔だけ出して覗いて見る。

 こちらに歩いて来る雨宮が見えたので声を掛ける。

「緋色さーん」

「おー!ノーブラちゃん」

「やめてよ」

 試着室のカーテン前まで雨宮は来ていた。

「長谷川さんから着替え選んでるって聞いたんでさ」

「うん、決まらなくて」

「じゃあ、俺が決めてやろっか」

 笑いながら雨宮が言う。

「持ってきてやるよ、待ってて」

 ありがとうといいながら凛子はジーンズを履いた。

「動きやすい方がいいのかな。やっぱり」


 ものの5分もしないうちにシャリンシャリンとチェーンを鳴らし彼は戻って来た。

「ほら。これがいい」

 ビニールのパッケージを二つ、カーテンの隙間から差し出してくる。

 パッケージにはメイド服3点セットと書いてあった。もう一方はセクシーポリスと書いてある。

「あはは。どこで見つけたのよ、これ」

 凛子は笑いながらカーテンを開けた。

「どっかで一服しようぜ」

「ごめん、もうちょっと服を探したいし」

 残念そうに凛子は言う。

「雪乃ちゃんに煙草頼んだからもう少しここにいるわ」

「さっきの人は雪乃さんって言うんだ?」

「そう、早乙女雪乃さん。先に行ってて。どこで一服するの?」

「いや、また来るよ。雪乃さんって人をナンパしてくる」

「あ、そうだ。ちょっと待って」

 凛子は白いコートを雨宮に返しながら礼を言う。

「これ。ありがとうございました」

「結構似合ってたぜ、これ」

 コートを受け取り、肩に羽織りながら雨宮は言った。

「メイドさんも似合うぞ、きっと」

 凛子は天使が復活したようで嬉しくて仕方ない。


 今の雨宮の言葉はまったく届いていなかった。



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