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パンデミックは秋風に  作者: 千弘
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鉄のパイプが空気を切り裂く音を立てるとすぐに鈍い打撃音が続く。そして次に何かが倒れる音。

 筋骨逞しい男は相手が倒れてもまだ臨戦態勢を解かない。相手が動けばまたすぐにでも一太刀入れる構えだ。

「まだか……」

 長谷川は暴徒渦巻く一階エントランス近くで店舗を周り必要な物を揃えていた。

「むぅ、足りぬか……」その手に持つ鉄パイプは血で少し汚れている。

「ががぁぁ……おぁ」暴漢は尚も起き上がろうとする。

 スーツ姿のサラリーマンだったであろうその者は狂気の目で長谷川を睨んでいた。

 上段の構えから首筋に一太刀放つと暴漢はそのまま前のめりに倒れ込んだ。

 長谷川の後ろから服装に気を使う年配の女性だった者と買い物に来た中年男性だった者が迫る。手を伸ばし呻き声を上げながらゆっくりと少しづつ獲物との距離を詰めていた。

 長谷川はまったく動じた様子もなく振り返りそのまま女の首を突き、そして男の首筋を薙ぎ払った。

 男女だった者達は同時に床に倒れるが動きは止まっていない。歯を剥きだして蠢いている。

『四肢を折るしかないか……気絶させる事が出来ればいいのだが』

 長谷川はもう既に十人以上は倒している。その暴徒数名は確実に重症のはずだ。ほとんどかもしれない。

 起き上がって来る女性の右腕に渾身の太刀を入れる。そして続けざまに左膝を狙った。

「すまん」小さくそう言うと今度は蠢く男性の首をさっきとは逆の方向から打った。

『しまった。……少し強すぎたか』そう思ったが男性はまだ蠢いていた。ほっとすると同時に静かな恐怖が湧きあがって来る。倒しても倒しても起き上がって来る恐怖。


 その時。棚の陰から聞き覚えのある声がした。


「すっごいわね、さっきから」

 先ほど数分前に出会った勇敢な美しい女性が笑顔で語りかける。

「おお!ご無事でしたか」女神の微笑みに長谷川は救われた気がした。

「本当に強いわね」雪乃は手をパチパチと鳴らしている。

 にやりとして長谷川は言った。

「あなたの勇気のほうが素晴らしい」

 まるで刀のように鉄パイプに付いた血を払い落としながら長谷川は続ける。

「あなたは強い心を持っている、それが真に強いという事」

「私は雪乃。早乙女雪乃よ。あなたは?」美しい笑顔で女神が自己紹介をした。

「雪乃とは……。素敵な名ですな。私は長谷川と申します」

 長谷川の動きは話しながらも止まってはいない。視界に入る暴徒を次々と倒しながら話していた。

「ところで、必要な物は揃いましたか?雪乃さん」

 その問いかけに彼女は片目を瞑り、紫のタッチアップペイントを指で挟み振って見せる。ラメのマニキュアをキラキラと光らせながらそれをカチカチ鳴らした。

「それは良かった」暴徒の喉笛に走り込みながら横に打つ。

「じゃあ…私は帰るわね。長谷川ちゃん」鉄パイプを振るう男に微笑みを投げた。

「名残惜しいですがお気をつけて」暴徒を相手にしながら長谷川は一瞬、雪乃に顔を向ける。

「またどこかでお会いしたらお茶でもしてね。長谷川ちゃん」雪乃は手を振りながらそう言った。

「じゃ。まったねーバイバ……」


 ――その時。


『ザー…ガー…ガッ…あー、あー、これは緊急放送です。

 現在当店は不審者集団による暴動が発生しております』


『ご来店中のお客様の安全を第一に考え、この事態を終息させるべく、

 当店規定第四条三項に基き、一時的に全ての出入り口を封鎖させて頂きます』


『これは外部からの更なる侵入を防ぐ為の処置であり、お客様を監禁、軟禁する目的ではありません。

 何卒、ご理解ご協力をお願い申し上げます』


『繰り返します。これは緊急放送です……』


 今まで誰一人として聞いた事のない店内放送と共にシャッターが降りていく。


 雪乃は瞬間的に駆け出したが暴徒が邪魔ですぐに走るのを諦めた。シャッターが閉まっていくのをただ見つめるしかなかった。

「うっわ!やっば!閉まったわよ」

「困りましたな……」

「でもさ、きっと後で出れるわよね」

 下段の構えから不審者の足を払う長谷川。

「どうでしょう。しかし、雪乃さん。あなたも動じませんねぇ」

「いやーん、雪乃こわーい」雪乃は微笑んで、これでいい?という表情で長谷川におどけて見せた。

「閉鎖は良い処置かもしれないな」長谷川は暴徒を倒し続けながら言う。

「なんでよ?」

「……これ以上だと数で押し負ける」

 雪乃は少し考えてからこう言った。

「長谷川ちゃんいれば大丈夫じゃないの?」

「ふふ。なにも出ませんよ、おだてても」長谷川は微笑んでいる。

 しかし、中の連中はどうする。殺すわけにはいかない。奴等を動けなくしてから何かで拘束するしかないだろう。今、自分に出来ることは何だ。自問自答。


 ――奴等を一人でも多く動けなくさせる事。


 だが、この者達は果たしてどうすれば気絶するのだろうか。

 あるときは突き、あるときは打つ。まるで鬼神の如く敵をなぎ倒しながら長谷川は考える。

 さて、どうしたものか……


「首の後ろ。後頭部の下を思いっきり殴ってみ」突然の声に長谷川は辺りを見回し声の主の姿を探す。

「ほら、猪木が延髄切りで蹴るとこさ」……いた。頭上だった。

 黒尽くめの男と白いコートにハーフパンツの女が商品棚の上に立っていた。

 長谷川の目にはどう見ても悪魔と天使に映っていた。

「ねえ‥‥悪魔と天使が棚の上にいるわ……」

 雪乃にもそう見えていたようなので幻覚を見てしまったのではないと長谷川は少し安心する。

「分かりづらい例えねぇ」

 白い天使の女が微笑みながら黒い悪魔の男にそう言ったように聞こえた。




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