That's pure conjecture.
まだこの先、500メートル以上続く渋滞を雨宮は煙草を吹かし待っていた。
「……ったく」
5本目のAMERICAN SPIRITを吸いながら苛つき始める。
「だめだ、戻って回り込むか……」どうやら彼の限界は近いようだった。
車載モニターでは相変わらず、報道番組の特集が組まれていて、今日午後起きた一連の事件について放送している。
『これは麻薬患者が暴徒化したのではないかと言われてますがどうなんでしょう?』
『それも十分に考えられる事態だと思います。しかし現地との連絡が取れない以上は想像の域を超えませんね』
司会者とコメンテーターとのやり取りが続く。
『一部のネットでは、えー……動画サイトなどでは人が襲われるショッキングなシーンも流されていますね』
『そうですね、しかしあれは作り物だと言う声が多いですし、信憑性には欠けますね』
昨日、成田空港で起きた傷害事件で、重症を負った被害者が搬送先の病院で暴れ、医師らが十数人が噛まれ重軽傷を負った。その重症の医師と看護士も、翌々日に他の医師を襲ったというものだった。
似たケースの事件報告が今日午後から5件あるらしい。
不審者を取り押さえた警官が重傷を負い、救急車で病院へ向かう途中、車内の隊員へ暴行を加えた。
映画館で喧嘩が起き、仲裁に入った青年が翌日になって人が変わった様に家族を襲った。
自動車が民家に突っ込み、更にその住人を襲い軽症を負わせる。
救急隊員が…‥
このような事件が数時間で立て続けに起きているのだ。これは一刻も早く生活物資を確保したほうがいい。
帰ったら事件が終息するまで立て篭もっているのが得策だろう。
兎に角、もう外は既に危険だと思っていた。急いだほうがいい。いや、急がなければならない。時間が経つに連れ危険度は加速して増していくだろう。
「仕方ない、やるか…」
ギリギリまで後退しながらステアリングを切り前進しながら逆に切った。
渋滞で車両同士の間隔は前後1メートルもない。
そんなスペースでも、雨宮は躊躇なく器用に黄色いマスタングを切り返し始める。
6回目で完全に反対車線に車を出せた。
「ふう、でかいと大変だ」反対車線を少し戻ると左折して細い路地に入る。
おそらく事件の加害者は同じ病気か何かなのだろう。
細菌だかウィルスだか薬だかわからないがどこかに共通点があるはずだ。
そしてそれはヒトからヒトへ噛み付く事で感染する。
――体液。
それは血液や唾液で感染しているのであろうと容易に予測できた。そういった物が付着した爪で引っかかれても危ないかもしれない。
先ほどからのニュースで報告されている様々なケース。感染から発症するまでの時間がまちまちだ。
これは混乱からの正確な情報ではないと想定しても数時間から翌々日までの時間の開きがある。
その傷の深さや噛まれた部位、手当の仕方、その対象者の抵抗力。理由はそんな所か。
しかし、そうなるとドラッグ類ではないのだろう。こんな全世界的に一斉に流通する薬なんて不可能なはずだ。
いずれにしてもこれは素人の憶測でしかない。
「こっちの道は空いてるんだな……っ!」闇の中を照らすライトに一瞬人影が映った。
恐怖感からの思い込みなのかもしれないが今すれ違った人物は血まみれだった気がする。
「急いだほうが良さそう……だな」ミラーでの後方確認はしなかった。どうせ暗くてあの人影は見えない。
細い裏道を抜けると店舗の裏手に出る形になった。これは好都合だ。正面入り口へ続く道の渋滞は一体なんだったのだろう。こちらからだと全く混んでいない。
「なんだよ、がらがらじゃん」少し不満気味に雨宮は言った。
もしかしたらモール正面入り口で何か起きているかもしれないとも思える。
雨宮は駐車場入ると車を停める場所を慎重に考えた。万一に備えすぐに出れる位置で、尚且つ目立たない所がいい。この際、車体が黄色で目立ってしまうのは目を瞑ろう。絶好と思われる場所には大型のキャンピングカーが停まっていた。
「ちっ。なんだよ先客かよ」
その邪魔なキャンピングカーを見て雨宮は驚きの声をあげてしまう。
「これはすごいな」
これはまさに動く要塞だと思いながら現実的な事を呟いた。
「これいくら掛かったんだろ……」




