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パンデミックは秋風に  作者: 千弘
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赤い雨

「嘘だろ、これ」雨宮 緋色は思わず声を上げた。

 海外グロテスク動画サイトからの転載だと思うがいつものネット巡回コースに奇妙な動画があった。


 林道のような場所で車の中から外を撮影している。道は狭く一本道のようだ。

 前方に人影が見えたのと同時に車は停まった。カメラマンが何か言いながらレンズを振った。運転手の他に後部座席にも一人いる事が映像でわかる。


 ガサガザと擦れる音がしてドアが開いた。カメラマンは外に出てその人影を撮り続けている。

 その映像はかなり手振れが激しく観ていて酔いそうになる。

 カメラが近づき人影はハッキリと男性だとわかった。しかし何かがおかしい。

 鮮明な映像ではない為、はっきりとはわからないが男性は顔に怪我をしているように見える。顔色も悪い。そして何より違和感を覚えるのはそのぎごちない歩き方だった。

 身体のあちこちが酷く汚れていてシャツやズボンは破れている。その汚れは泥にも見えるが乾いた血にも見えた。


 動画を観ていた雨宮は直感的にホラー映画の一部かもしれない思った。

 またはネットを利用した宣伝か。それにしても、ずいぶん凝った作りだなと感心した。


 どうやら特殊メイクらしい男性はカメラに向かってゆっくりと近寄って来る。

 常に撮影者の声は入っているのだが興奮している為、何語で何を言っているのか聞き取れない。日本語、英語ではない事はわかった。

微かに聞き取れる感じではポルトガル語のような気がした。


 後部席にいた人物も外へ出て来ていた。彼も興奮し騒いでいる。だからだろうかカメラは時頼激しく揺れる。

 常に映像が荒く見にくいのだが、それが余計に妙なリアル感を醸し出していた。

 微かに唸り声をあげながら被写体がゆっくり近づいて来ている。


 歩みは非常に遅いが、一歩一歩確実にカメラに向かって寄ってくる。足を引き摺りながら壊れた玩具を連想させる動きでじわじわ近づいて来る。

 カメラマン達は高揚しているような声で騒いでいた。言葉は理解出来なくても興奮している事がわかる。

「ガァ……グゴゥ……」

 被写体からの唸り声をマイクは完全に拾っていた。あと数メートルの距離なのだろう上半身しか写らない。一瞬だったがその悍ましい顔が完全に映った時ゾッとした。


 これは近すぎるなと思った矢先、騒いでいた声が悲鳴と罵声に変わる。

 その瞬間。

 カメラは空を向き大きな雑音と共に小刻みに揺れ次に大きく振れる。

 落下音とノイズ。画面には足元の映像しか映っていない。

 この後、叫び声のような呻き声のようなものが入り逃げ出す足音で終わる。


「カメラ落として誰がこれアップしたんだよ」

 心の中で突っ込みを入れた。実際は三人の内誰かがカメラを回収に戻ったんだろう。

 しかしよく出来た映像だ。

 素人のメイクではない気がする。映画、それもハリウッド級のメイクだった。

 やはりこれは映画の宣伝か何かだろう。


 もう一度観てみた。何度観ても良く出来ているとしか言いようがない。

 一時停止をしてみても粗がまったく見つからなかった。どうやら最近この手の動画が数本アップされているらしい。


 夢中で関連動画を探しているうちに遠くで独特の電車の音が聞こえてきた。

 恐る恐る時計を見る。江ノ電の始発が走る時間になってしまっていた。

「やっべ。寝よう」

 あと二時間弱でアラーム音が鳴り響く事はわかっていた。



 ――ピピピピッ!ピピピピッ!

 絶対にアラーム時間設定を間違えていると思いながらスマートフォンに手を伸ばす。

 間違いなく数分しか寝ていないと思う。今、目を閉じただけだ。


 重い瞼に負けないように全力で目を開けて時計を見た。残念ながら間違いではないようだ。

「ふわぁ……」

 薄目のまま顔を洗いに洗面台へ向かう。歯を磨きながらメールやSNSのチェックをする。


 この睡眠不足の原因である昨夜の動画を思い出しマウスを握る。朝の貴重な時間を犠牲にしてでも少しwebを巡回したかった。

 案の定、更に数本の動画がアップされている。その中でも一番リアリティーのあるサムネイルを見つけた。

 もちろん再生回数も群を抜いている。コメントも膨大な数だった。

「ん……なんだこれ」

 雨宮は思わず声を出してしまった。

 時間が無いのはわかっているが、どうしても再生ボタンをクリックしてせずにいられなかった。


 おぞましい姿の男性が何度も殴り倒されその都度立ち上がっている。見るも無残な姿だった。

 それはこの動画を観覧する者多数が憤りを覚えるだろうと思うほどの集団暴力だった。


 暴力を加えている者は数人のようでそれを取り巻いている観衆はかなり多い。その背景に映る街並みから察するに場所はアフリカあたりだろうか。

 酷い音割れと風の音のせいで音声はうまく聞き取れない。

 棒で殴る者。石を投げつける者。煉瓦や石で殴る者。その行為は次第にエスカレートしているのがわかった。


 暫くするとある者が古タイヤを男の頭に被せた。暴力を受けている男はその不安定な重さからかよろける。タイヤの内側には何か液体が入っているらしく揺れるたびにその液体が零れていた。


 恐らくその液体はガソリンだろうと思いながら雨宮は眉間に皺を寄せる。

 そしてついには更にガソリンを頭から浴びせられ想像通り火を放たれてしまう。

 観衆の興奮は最高潮に達しているようだった。撮影者も奇声をあげている。


「むぅ……」

 雨宮はまたも無意識に声を出してしまっている。それほど目を覆いたくなる異常な惨劇だった。


 だが、その者は驚いたことに一向に熱がる気配もなければ倒れる気配が無かった。彼の服は黒く焼け落ちている。皮膚も焼けてしまっているはずだ。

 しかし、赤黒い炎を上げながら彼は何故か平然と歩いている。対照的に周りの人間は興奮した様子で騒然としていた。

 首のタイヤは炎の襟巻となり顔を焦がしている。まさに地獄の光景だった。

 燃えながら歩くその者は視界を失ったようで彷徨っている。炎の熱で眼球が弾けてしまってもおかしくはない。

 男はフラフラとしてはいるがこれと言って熱さは感じていない様子だった。群衆の中のひとりが何かを叫びながら長い棒で思い切り足を払った。男の足はあり得ない方向に折れ曲がりそのまま倒れ込んだ。

 その拍子にタイヤは首から外れ、炎を纏ったそれは転がり群衆は皆蜘蛛の子を散らす様にそれ避ける。


 尚も地面を這うように彼は全身を燻らせて蠢いている。酷く興奮した独りの若者が斧を手に群衆から飛び出して何かを喚き散らしそれを振るった。

 三撃目の手斧で頭を割られ焼かれた男はやっと動かなくなり動画はここで終わる。


 現実味を演出した宣伝だと思うが最近の特殊効果には感服する。

 まったく違和感がなくリアルだ。だが、それにしても悪趣味過ぎる。


 しかしそれを朝から観てしまうとは……。


 朝の貴重な時間を使って自ら気分を害するとは思わなかった。

 「観るんじゃなかった……」


 ふと思った。これがもしも作り物でなく現実だったら……。


 ――もしも死者が歩いているとしたら。


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