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永遠の愛を刻む  作者: 美雪


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本編 ロデウス視点 ⑤

「元々、公爵家の墓所は聖堂の地下にあったらしい。死者が増える度にどんどん拡張され、地下はまるで迷路のようになっていったそうだよ。でも、さすがにこれ以上掘ると、地盤沈下とかで危ないから、やめようってなった。現在は、聖堂に付属していた庭園や敷地が墓地として整備されている」


 迷路を歩きながら、レティに説明する。


「ロディ、ここは元墓地だったということだけど、棺などがないわ。どうして?」

「昔は棺にいれず、ここのくぼみに死者を横たえていたらしい。そして、その傍に様々な埋葬品を置いた。死者はこの地下室を寝室として、眠っているという解釈だった。このくぼみはベッドということかな。だから、死体がむき出しになっている状態だった。凄く臭かったみたい。でも、死体を放置すると、異臭だけでなく、病原菌の繁殖もするということから、国内中の墓地が整備され、死者は全部火葬して骨壺に入れることになった。ここには骨壺が納められるはずだったけど、公爵家の骨壺はそれ自体が美術品としての価値がある。こんなところに置いてはおけない、盗まれたら大変だとなり、納骨堂の方に移された。今はもう元墓所としての迷路が残っているだけで、死体や骨壺はない」


 公爵家の者として勉強した、というわけではなく、今回のことに合わせ、下調べをしただけだ。どうやってレティを不慮の事故で死んだことにするかが重要だった。


 僕はしっかりとレティの手を握っていた。レティを幸せにするためにも、後戻りはできない。

 

「ロディ、戻りましょう」

「大丈夫。迷うことはない」


 僕はそういって奥に進んでいく。迷路に、というだけではない。レティをレギの元に連れて行くことも。迷ってはいけないのだ。これが唯一の道だ。


ドアが見えた。レティにとっては天国、僕にとっては地獄につながる扉。僕はレティのためなら、地獄にだっていける。


 僕はドアを開けた。階段がある。上に続いていた。


「ここから外に出られる」


 レティが僕の手をしっかりと握った。不安がっている。大丈夫。すぐにわかる。レティにとっては天国につながる階段だ。無上の喜びがレティを待っている。


 僕は夢を見ていた。もしかしたら、レティが僕を受け入れてくれるのではないかと。レギは死んだ。過去にいつまでも囚われているわけにはいかない、新しい人生を僕と共に歩いてもいい、そう思ってくれないかと願った。


 子供ができればとも思った。それが僕達の絆を深める。子供を通して、家族としてつながることができないかと。だが、白い結婚で子供ができるわけがない。


 僕はレティに聞かれたことがある。このままでは子供が生まれない。それでもいいのかと。


 僕は構わないと答えた。そう、答えるしかなかった。その時は、もう、レギが生きていることを知ってしまっていた。子供を作れるわけがない。本当の夫婦にはなれない。


 僕はこのまま白い結婚を続け、二人で寄り添って生きていくと伝えた。


 互いを思いやり、慈しみ、愛し愛される夫婦、愛の溢れた家族になるのは、夢でしかなかった。現実は厳しい。レティはレギと、僕の元を去ってしまう。




 階段を登った先には、またドアがあった。


 ドアを抜けると、そこには青い景色があった。


 空と海が広がっている。


 僕とレティは海側にそびえたつ崖の途中にいた。


「どんどん地下を掘ったら、こんな場所に出てしまったというわけ」


 僕は微笑みながら、レティを崖の側まで連れて行った。


「そんなに高くはない。下は海だ。見た目は凄く危険そうだけど、泳げる者にとっては、ちょっとした飛び込み台だよ。度胸試しになるかもね」

「私は泳げないわ」

「大丈夫。落ちても、泳げる者が助ければいい」


 僕は振り返った。


「レティを助けるのは、僕じゃないけどね」


 レティは目を見張った。


「レティ、迎えに来た」


 そこにはレギがいた。待ち合わせの時間になったため、レギが姿をあらわしたのだ。


「どう、して……」


 レティは呆然としていた。信じられないと思うに決まっている。でも、これは事実だ。


「あの後、俺は捕虜になった。撃たれたが、肩の部分だけだ。王族であるため、厳重な監視体制の元に治療を受けた。その後はずっと、生きていることを隠されたまま、幽閉生活だ。併合が落ち着き、ようやく恩赦が出た。これからは出自を隠し、ただの平民として、静かに暮らしていくことを条件に、開放された。ようやく一緒になれる。二人で生きていける」


 レギは僕を見つめた。


「ロディには感謝している。白い結婚をしてまで、レティを守ってくれた。俺が迎えに行くまで、守るという約束を果たしてくれた」

「約束は守ったよ。これでレティはようやく幸せになれる。本当にね」


 僕は精一杯の良心を振り絞って微笑んだ、


「レティはこの崖から落ちて死んだことになる。レギと行けばいい」


 僕はレティの手をすぐに離した。大事な場面だ。未練があるのを感じさせてはいけない。一世一代の大芝居だ。


「ロディは……どうするの?」

「君を探すふりをする。迷路ではぐれたと。結局、見つからない。後日、浜辺に君の靴が発見される。ここに出た際、強風で足を滑らし、海に落ちた。泳げなくて死んだ。死体は海の中、波にさらわれてしまい、発見は不可能だとなる。僕は君が死んだという手続きをする」

「ロディは一人で生きていくの?」

「しばらくはね。葬儀をして、喪が明けたら再婚する。周囲が放って置かない。有力貴族の娘を後妻にするよ。僕の立場は安泰だ。相応の妻を娶ったことで、周囲も納得して落ち着く」

「レティ、こっちに。本当に落ちる必要はない。靴だけ落とせばいい」


 レギがそう言って、手を差し伸べた。


 レティが僕に質問した。


「ロディ、私を愛しているというのは、嘘だったの?」

「そうだよ」


 僕はすぐに答えた。何の迷いもないというように。


「レギとの約束を守るため、そうした方がいいと思った。ただの知り合いじゃ守れない。妻にした方がいい。レギが怒るのはわかっていたけど、レティを守るためだといえば、許してくれると思った」

「レティ、来い」

「嫌よ」


 僕は耳を疑った。レギも驚いている。


「嫌だと言ったのか?」

「私はロディの妻よ。レギとは行かない」

「お前が恋人に選んだのは俺だ。ロディではない」

「夫として選んだのはロディよ」


レティは僕を見つめた。


「悲しい時も、辛い時も、ロディが側にいてくれた。ずっと励ましてくれた。だから、絶望しないで生き続けられた。私、ロディを愛しているの。離れたくない」


 信じられない。僕は夢を見ているのだろうか。


「お前は俺のものだ!」


 レギが叫んだ。


「ロディの愛は偽物だ。俺との約束を守るため、愛しているふりをし、結婚しただけだ。だというのに、ロディを愛しているというのか?」

「そうよ。私はロディの愛が偽物だとは思わなかった。レギと約束したためとはいったけれど、それだけじゃないとも言ったわ。私は信じたのよ。だから結婚した。沢山のことを乗り越えられたのは、ロディだったからよ。だから、この旅行から帰ったら、伝えるつもりだった。本当の夫婦になりたいって。子供を作って、幸せな家庭を築きたいって。なのに、こんなことになるなんて……」


 レティは苦しそうな顔をした。


「レギ、貴方はもう過去になってしまったの。愛していた記憶があるだけ。今、私が愛しているのは、ロディなの」


 レティは僕にすがった。


「ロディ、ごめんなさい。私、ずっとこのままじゃいけないって思っていた。だから、ちゃんと言おうって思っていたのよ。最初は離婚しようっていうつもりだった。でも、貴方が私にとって、かけがいのない存在になっていたことに気付いたの。だから、言えなくなってしまった。狡いと思われても、今更だといわれても、仕方がないけれど、私はずっと貴方の妻でいたいの。本当の夫婦になりたいの。受け入れて、お願い!」


 駄目だ。レティは僕に同情している。優しいレティ。レギがあらわれたからといって、すぐに一緒に行くとするのは、良心が咎めるのだ。夫婦になった以上、妻の務めを果たすべきだと思っているに違いない。その必要はない。レティは心のままに、レギと共に行けばいい。僕はそれを覚悟して、ここまで来た。


「離婚したいと思っていたのは知っていたよ。こっそり、お金を貯めて、出て行こうと計画していたよね」


 レティは身の回りの物をなくしたふりをして質に入れ、密かにお金を貯めていた。僕に貴族から縁談が来ていることを知り、自分は邪魔になると思っていたようだった。


「せっかく貯めたお金を、聖堂に寄付してしまったけど」

「なぜ、知っているの?」

「レティが質屋に出した品の中に、大事な品があってね。祖母の形見の一つだった。さすがに無くしたからと言われて、そのままにはできなかった。平気なふりをしたけどね。外出した際にポケットに入れて落としたといっていたから、誰かが拾っていないか、それとも金目のものだと思い、質屋に流していないか調べた。それで、レティが質屋に宝飾品を流したことを知った。勿論、全部、買い戻したよ」


 僕は同じ品を見つけたといって、質屋から買い戻した宝飾品をもう一度レティに贈った。


「レギと約束したのに、勝手に出ていかれたら不味いと思って、冷や冷やしたよ」

「……ごめんなさい」

「でも、気づかなかった。レティが僕のことを想ってくれているなんてね。意外だよ。レギから贈られた指輪をずっとしていたから」

「これが結婚指輪代わりだったからよ。外したら、ロディと不仲だと思われてしまうわ」


 僕は大きく息を吸って吐いた。気持ちを落ち着けようと思った。


 こんなはずじゃなかった。でも、レティは僕のそばにいたいと言ってくれている。


「困ったな。レギ、どうする?」

「俺は困っていない。レティは連れて行く」

「きっと、うまくいかないよ。レティは僕を愛していると言った。相手はともかく、心変わりをしてしまったということだ。それに、たぶんだけど、それだけが理由じゃない。レティは今の生活に慣れてしまった。裕福な貴族の生活にね。ただの平民として暮らしたくないってことじゃないかな?」


 僕は狡い。レティが欲しい。その気持ちが膨らんでいく。でも、僕は軽蔑されるべきだった。レティがお金目当てだと言えば、レティもレギも怒るはずだ。


 案の定、レギが反論した。


「王族の身分を捨てる代わりに、年金が出る。働かなくても暮らしてはいけるが、普通の平民が働かないのはおかしいとなる。だからこそ、何かしら仕事をしているふりをするため、簡単な仕事にはつく。生活が苦しいから働くわけではない。レティは不自由することなく暮らせる」

「レギは今、レティがどんな生活をしているか知らない。青騎士団の宿舎で暮らしているとは知っている。多分だけど、普通の騎士団の宿舎のような場所を連想している気がする。でも、青騎士団は普通の騎士団じゃない。宿舎は離宮だ。元は王族が愛人を住まわせるために建てたものだから、凄く贅沢で立派な建物だよ。騎士団の家族の者達は、仕事をしなければならないことになっているけど、掃除、洗濯、食事の支度なんかは全部召使がやってくれる。召使を雇う費用は、そこに住む青騎士達が折半している。住む者が多い方が、負担が少ない。だからこそ、新規の者もすぐ受け入れられる。長居してもらうため、親切だ。出ていかれると、その分、負担が増えてしまうからね」


 僕はさらに言った。


「レギに支給されるのは、あくまでも普通の平民として暮らしていくためのものだ。多くはない。贅沢はできないよ。レティが今来ているドレスだって、装飾がないけど、上質な生地でできている。かなり高いけど、凄く肌触りがよくて、着心地がいい。でも、レギと暮らすと、そういったものは一切買えない。召使も雇えない。全部自分でするしかない。レギの出自を隠すためにも、狭くて、あまり清潔ではない家で暮らすことになる。食事だって質素だ。ちょっと考えれば、すぐにわかることだ。誰と一緒に暮らした方がいいかってね」


 僕は嘘ばかりついている。レティに軽蔑されるような言葉をいいつつも、レギが諦めてくれないかとも思った。


 レティがお金や贅沢な暮らしに目がくらむような女性ではないことは、互いにわかっている。それでも、レティが昔とは変わってしまったと思ってくれればいいと。本当に僕は最低で愚かな人間だ。


「どうするかはレギとレティの問題だよ。僕は二人が決めた結果を受けて、動くことになる。レギとレティが行ってしまうなら、妻が死んだ手続きが必要になる。レティが残るというなら……どうするかな。取りあえず、再婚するなら、その前に正式に離婚しないといけない。レティが子供を産んでくれるなら、子供の母親として面倒を見てもいい」

「レティ。ロディの言葉でわかっただろう? ロディはお前を愛していない。子供を産むだけの、飾りの妻にするつもりだ。それでもいいのか? 贅沢な暮らしができればいいというのか?」

「私はロディを愛しているのよ。お金のためじゃない!」

「だが、ロディはお前を愛していない。それでもいいのか」


 レティはレギから贈られた指輪を抜き取ると、海の中に投げ捨てた。そして、その後、崖から飛び降りた。


 僕は何が起こったのか、一瞬、理解できなかった。すぐにレギが走り寄って来る。


 僕は崖から飛び降りた。


 レティ! レティ! レティ!


 僕はレティのことで、頭がいっぱいになった。


 レティは泳げない。すぐに上に引き上げないといけない。思うように体が動かない。服が水を吸って重い。顔を水面に上げないといけない。


 すぐに強い力が加わった。レギだ。僕の後、すぐにレギも海に飛び込んだのだ。


 なんとかレティを支える。とにかく、必死だった。


 二人で泳ぎ、レティを近くの岩場に上げた。


「レティ! レティ!」


 レティは目を開けない。気を失っているのかもしれないと思ったが、そうでなかった。


「どけ!」


 レギが人工呼吸を始める。


「ロディ、助けを呼んで来い! 俺の監視に、医術の心得があるやつもいる!」


 その通りだ。レギは完全に解放されたわけではない。監視付きだ。僕は重い上着を脱ぎ棄てながら、全力で走り、助けを呼びに行った。



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