本編 ロデウス視点 ④
僕は一層がむしゃらに働いた。
功績をあげ、それと引き換えに、レギの解放を望むつもりだった。
王太子の夜遊びにも喜んで同行した。レティへの愛と、レティを失いたくない気持ちで、気が狂いそうだったからだ。むしろ、一人で眠るためにも、高級娼館に行こうと王太子や同僚を誘い、驚かれた。
結局、僕は王太子に、レティと僕が白い結婚であること、レティはレギの恋人で、今もレギを想っていること、僕はいずれレギが解放されたら、レティをレギの元に返す約束をしたことを話した。
「そんなに魅力的な女性なのか?」
王太子は呆れたようにそう言った。
「僕にとっては女神です」
「見てみたい」
「見せません」
「夜会に連れてくればいいだけだろう? 妻を同行させるのはおかしくない」
「絶対に嫌です。注目されてしまいます。良くも悪くも視線が集まるでしょう。誰かが嫌がらせをするかもしれません。化粧室に行く際、何かあったらどうするつもりですか? さすがに化粧室まで同行して守るわけにはいきません」
「そんなことまで心配しているのか」
「妻を守るためには、当然の配慮です」
「面倒だ。もういい」
王太子は諦めたかに見えた。僕は油断していた。
王太子は翌日、僕が仕事中の間に、青騎士団の宿舎に行き、素性を隠してレティに会ったらしい。友人のサイモンが教えてくれた。ディックが案内役だった。最悪だ。
僕は王太子に呼び出された。
「レティに会った」
「重要な会議をサボって外出するとは思いませんでした」
「いつものことだ」
王太子は気にせずに言葉を続けた。
「正直に言おう。凄い美人だ。お前やレギが惚れるのもわかる」
王太子はレギウスとは言わず、レギというようになった。その方が王子としての名前を出さなくていいからだ。誰かにうっかり話を聞かれても、誤魔化しやすい。
「僕の妻です。レギ以外には譲りません。王太子にも」
「生意気だ。今の言葉、いつか後悔させてやる」
「すみません、心から謝罪します。レティは僕の女神です。どうか、勘弁してください!」
僕は土下座した。
「さすが愛妻家で通っているだけはある。すぐに土下座するとは思わなかった」
王太子は苦笑した。
「お前に同情する。あれだけの美人と一緒に寝ているのに、手出しできないのは拷問だろう。心から愛しているなら尚更。しかも、相手は別の男を愛している。最悪だな」
「僕の心を銃で撃ち抜くようなことはしないで下さい。事実確認はしなくても、十分わかっています」
「銃で撃っていれば、お前は死んでいる。剣で切り裂いているだけだ」
「同じでは……」
「死なないように切り裂くのがポイントだ」
王太子は残酷だった。
「仕方がない。いずれ、お前が相応の功績を上げたら、条件付きで解放することも検討する。お前は望みを叶えるわけだ。私に永遠の忠誠を誓え」
僕は嬉しかった。でも、苦しかった。それは、レティを失うことと一緒だからだ。
それでも僕は言うべき言葉を口にした。
「僕は王太子殿下に永遠の忠誠を誓います。死ぬ気で働きます。だから、お願いします。レティが愛する者と幸せになれるよう、力をお貸しください」
「わかった」
僕は王太子のために働くだけでなく、もう一つの計画も立てた。それは、レティが僕に同情しないためのものだった。僕はわざと他の女性と浮気しているように見せかけた。レティは僕を軽蔑する。レギが生きていると知った時、迷いなく僕の元を去るだろう。僕はただ、レティが幸せになってくれればいい。それ以外には何も望まないことにした。
併合されて一年が過ぎた。あっという間だった。
終戦から一年になる今日は、戦争で失われた命全ての冥福を祈る日となった。僕とレティはクライスター家の墓参りに同行することになった。一族の中に、この戦争で命を落とした者がいたのだ。
クライスター公爵家の墓地は領地にある。列車に乗り、馬車で向かうことになる。日帰りするのは辛い距離となるため、ちょっとした小旅行になる。
僕がレティと過ごす最後の日々になる。向こうでレギが待っている。条件付きでの解放を認められたのだ。レティにレギが生きていることを告げ、二人を見送るのが僕の役目だ。
列車が停車した。駅についたのだ。そこからは馬車に乗り換え、墓地に向かう。
「レティ、もう少しだから」
僕はレティを優しく引き寄せ、抱きしめた。
愛しさが溢れた。手放したくない。無情な別れの時間が刻々と迫ってくるのを感じた。
馬車が墓地についた。
墓地につくと、もう一度、死者の冥福を祈り、花を捧げる儀式が始まった。
その後は、少しだけ墓地や聖堂、その周囲を散策して過ごす。
墓地に眠る先祖と語らい、いずれはここに自分も眠るということを自然に受け入れるための風習がある。
僕はレティの手を引き、クライスター家の聖堂を案内した。クライスター家は公爵家だけに、非常に大きな領地を持っている。元々は王族が臣籍降下して設立された家であるため、その血筋は王家につながってもいる。紋章などにも、それが表されていた。
約束の時間まで、まだある。少しでも長く、レティと二人だけで過ごしたかった。
「レティ、ここの聖堂や墓地はどう? 嫌じゃない?」
人気がないところに来ると、僕はレティに尋ねた。
「養子だけど、公爵の息子だからね。何もなければ、ここの墓地に葬られることになる。夫婦共にね。でも、レティが嫌だったら、別の場所に墓地を購入して、そこに埋葬するよう遺書を書いておくよ。そうすれば、公爵家の墓地に埋葬されることはない。レギと同じ場所は無理だけど」
嘘だ。レティはレギと共に生き、最後は同じ墓地に眠る。
しかし、ここにもレティの墓地がつくられることになる。レギと駆け落ちしたことにはできない。僕達を受け入れ、支援してくれた公爵家に迷惑をかけるわけにはいかないからだ。醜聞にならないよう、レティは不慮の事故で死んだことにする必要があった。
「ここでいいわ。とても立派な聖堂と墓地ね。手入れがきちんとされていて、木や花が沢山あるわ。とても雰囲気がよくて、あまり墓地らしくないわね。庭園や公園みたい」
「墓地に来るのは今日のように祈りを捧げるか、死者が出た時だけだ。あまり多くはない。生きているのに死んだ時の話をするのは微妙だけど、聞いておきたかった」
「そう。大丈夫よ」
「どんな墓地がいい?」
僕は更に質問した。
レティの望むような墓地にしようと思った。偽の墓地ではある。でも、僕の愛する妻の墓地だ。
いつか僕もここに葬られる。愛する妻の墓の隣に。僕は独りぼっちだ。それでもいい。レティが僕の妻だった証、墓地があるだけで満足するべきだ。
「理想をいえば、イリス様のような墓地がいいわ」
イリス様というのは、前クライスター公爵夫人だ。非常に有名な人物だったようだ。死んでも尚、多くの人に慕われ、供えられる花が絶えない。ただの生花では枯れやすいため、墓地の周囲に季節に応じて種を撒いている。その種が芽吹くため、墓地の周囲は花畑になっている。
「花に囲まれた墓地ってこと?」
「クライスター公爵家の者の墓は、必ず花のレリーフが刻まれるのでしょう? 永遠に枯れない花として」
「そうだよ」
「イリス様の墓標には、愛の言葉も刻まれていたわ。永遠の愛を捧げる妻、ここに眠るって。女性はああいうのに憧れるのよ。ちょっと恥ずかしいけど、素敵だなって思ったわ」
僕は一瞬、固まった。勇気を振り絞った。
「永遠の愛を捧げる妻、ここに眠るって刻んで欲しいの?」
「そうよ。駄目?」
僕は信じられなかった。なぜ、レティがそんなことをいうのか。まるで、レティが僕を。そんなことはない。僕が勝手に都合よく考えているだけだ。でも、嬉しい。僕とレティが本当に愛し合っている夫婦として、ここに葬られるような気がした。
僕はもごもごとしながら答えた。
「……わかった。必ず愛の言葉を刻むよ。僕が先に死んでいた場合は、遺言で刻ませる」
「ロディが死ぬなんて、嫌だわ」
「人はいつか死ぬよ」
だからこそ、死ぬ前に伝えておかなければならないことがある。後悔はしたくない。心から愛していることは伝えた。今日伝えるのは、レギが生きていること。そして、僕はレティを愛していないという大嘘だ。
「永遠の命はない。でも、永遠の愛はあると思う。石に刻んだ愛の言葉は、時を超えて存在する。永遠の愛の言葉といってもいいと思うよ」
「ロディはどんなお墓がいいの?」
「普通の墓でいいよ」
僕は苦笑した。
「クライスター公爵家の者が、相応なのを見繕ってくれる。葬儀もね。レティは任せておけばいいよ」
「未亡人になるようなことを言わないで欲しいわ」
「女性の平均寿命の方が長い。この国は戦争が多いから、男性は従軍で死ぬことが多い」
「ロディは軍人じゃないわ。王太子の部下なのでしょう? それでも戦争に行く可能性はあるの?」
「あるよ。王太子の部下だからこそ、わからない。王太子に命じられれば、行くしかない」
「行かないで欲しいわ」
「僕だって、できれば行きたくはない。レティといたいよ。でも、そうだな……もし僕が先に死んだら、愛する夫、ここに眠るって、レティも刻んでくれる?」
なんとなく、そういってみた。レティは優しい。頷いてくれる。少しでもレティの優しさを感じたかった。
「わかったわ。永遠もつけてあげる」
永遠。美しい言葉だ。
「愛する夫、永遠に眠るってこと?」
「死んだら、永遠に眠るしかないわ。当たり前過ぎるでしょう? つけるのは最初のところよ」
「……永遠に愛する夫ってこと?」
「そうよ」
僕は何も言えなくなった。
そのまま時が過ぎる。
僕はようやく言葉を口にした。
「……嬉しいよ。じゃあ、約束だよ。本当にいい?」
「勿論よ。約束するわ」
僕はレティを抱きしめると、髪に口づけた。
「特別な場所に案内するよ」
僕はレティの手をぎゅっと握ると、聖堂の地下に連れて行った。




