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永遠の愛を刻む  作者: 美雪


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本編 ロデウス視点 ③

 王太子付補佐部というのは、王太子付きの者達を補佐する。王太子付きの者というのは、王太子執務補佐官など、王太子という言葉が最初につくような者達、非常に簡潔に言えば、側近だ。


 所属はあくまでも宰相府になるため、王太子直属の部下ではない。普段は宰相府で仕事をしつつ、王太子の側近に呼ばれると、用件を伺い、対処する。宰相府から王太子や王太子の側近に届ける書類を持っていく、連絡事項を伝えるといった役目もする。


 王太子側と宰相府とをつなぐパイプ役であり、雑用も多い。出世したとはいえ、仕事はより忙しくなり、レティと過ごす時間が減った。でも、正念場だと思った。僕は企画会でこの国に尽くすと宣言している。それが本当だということを、証明しなければならない。でなければ、僕の評価も名誉も地に堕ちる。公爵家にも迷惑がかかる。何より、レティを守れなくなりそうで怖かった。


 僕は必死で働いた。どんな仕事でもする気だった。


 少し経った後、僕は上司に呼び出された。そして、褒められた。


 理由を聞くと、僕が宰相府の主催する企画会に出した提案を草案として、街道と鉄道の整備を国の新規事業について提案したところ、見事に国王の目に留まり、採用されることになったらしい。手柄は僕の上司のものとなったが、僕が草案者の一人に加えられているため、この新規事業の担当者にも加わることになった。また、新規事業のための視察に同行し、もう一度、詳しく検討しろということだった。


 僕は新しく作られる鉄道と街道をどこにするかを決めるため、現地の視察に行くことになった。一カ月ほど、王都を離れる予定になる。レティが心配だったため、僕が帰るまで、クライスター公爵家で過ごせるように手配した。


 レティは僕のために、日持ちするお菓子を焼いて、持たせてくれた。お守りとして、ハンカチに縁起のいい刺繍もしてくれた。嬉しかった。なんだか、戦争に行く兵士の気分になった。


 視察団には護衛が多く同行するものの、治安がよくない場所に行く。野盗や強盗にまた遭遇する可能性もあるため、レティは心配し、何か自分にできることはないかと考えてくれたのだ。僕はレティを抱きしめ、必ず無事に帰ってくるから大丈夫だといい、出発した。


 結婚式以来、唇に口づけするチャンスだったが、我慢して額にした。僕は自分の我慢強さを褒める一方、呪った。


 視察団は、途中、野盗の襲撃に会った。街道の治安が悪いのが慢性化しているところは、白昼堂々とやって来る。こうなる予感はしていたため、僕は周囲に気を配っていた。


 王都に来る時も経験したが、食事時が狙われる。街道を行く者は、どこかで休憩をする。小さな街道だと、途中に休憩する場所がない。道の端に馬車を止めるか、荷物を降ろし、火を焚いてお湯を沸かし、お茶や食事の支度をする。忙しくなるため、周囲への警戒が減る。休憩だとして、気が抜けているのもある。そこをまさに狙われてしまい、対応に遅れる、隙を突かれてしまうのだ。


 僕は襲撃者を倒した。正当防衛のため、罪には問われない。視察団の者達は、いち早く襲撃者に気付き、警告を発した僕を褒めてくれた。偉そうな者が襲撃者と対峙していたため、素早く援護に回って倒したことも、いい判断だったとされた。


 視察が終わり、ようやくレティに会えた僕は、生きて帰れたことを神に感謝した。僕にとっては、レティこそが全てだと感じた。


 これからもレティを守るために、僕は努力する。どんなことにも負けないよう強くなる。そして、いつか、僕の気持ちがレティに届き、受け入れられたらいいと願わずにはいられない。


 また慌ただしい日々に戻ると思った僕は、上司について来いと言われた。上司に連れて行かれたのは、非常に立派で豪華な部屋だ。黄金色の執務机がある。同じく黄金色の椅子に座っている人物がいた。視察団で襲撃者と対峙していた偉そうな者だ。また、あの時のことを褒められるのだろうかと思ったが、違った。


「私が誰かわかるか?」

「わかりません」


 僕が正直に答えると、相手は苦笑した。


「公爵家の者だというのに、私の顔を知らないとは、問題だ」


 不味いと思った。僕はすぐに謝罪した。


「まあいい。私は王太子だ」

「え?」


 思わず変な声が出たが、無視された。


「お前を私の部下にする。辞令を読め」

「ロデウス=クライスター。本日をもって、王太子付き執務補佐官に任命する」


 驚く僕に、理由が説明された。


 視察から帰った僕は、新規事業に関する書類を提出した。


 現在、鉄道は国内の主要都市を結ぶための整備が優先されている。それはおかしくない。


 主要都市との交通網は、すでに大きな街道がある場合がほとんどだ。より人や物の流通網が整備されることは間違いない。しかし、逆を言えば、小さな街道しかないところは、鉄道を整備する候補地から外れてしまい、開発が進んでいない。人と物の流れが悪い。


 この国が戦争をするのは、資源や物資をより多く確保し、繁栄したいからだ。しかし、属国や併合地は差別されるため、鉄道の候補地にならない。


 僕は本国と属国や併合地を結ぶ鉄道こそが重要ではないかと思った。本国内だけで富を活用するのではなく、属国や併合地を含めた大きな国として、統治し、鉄道を整備する。それにより、地域の格差が減り、差別も減る。犯罪も減る。人とモノの流れを活発にし、経済を発達させる。いざという時は、鉄道で兵士を国内中や国境に送る。街道は鉄道の駅が設置される場所を起点に整備すべきだとした。


 この案が採用された。ほとんどの者は、鉄道を本国内の主要都市、中継都市に増設する案だった。属国や併合地、国境の方に鉄道を敷く案はなかったのだ。斬新だったという。


 王太子はより大きな国としての視野に立ち、統治をすべきだと思っていた。本国と属国の格差は仕方がない。しかし、併合地は本国の一部として同じ法律や制度にしたにも関わらず、属国と同じく差別され、そのせいで開発されず、資源も人もうまく活用されていない。併合地にあえて鉄道を敷くことによって、大改革をする好機ではないかと感じたらしい。


 しかし、それは表向きの理由で、裏の理由もあった。王太子が僕のことを気に入ったようだった。王太子は銃を持っている。自分で自分を守れるとし、野盗に襲撃された際、護衛に放っておかれた。銃は一般的には普及していない。銃の管理は厳重にしているものの、密売されている銃があるため、絶対に相手が銃を持っていない保証はない。僕が素早く王太子を助け、庇うような位置にいたのが、嬉しかったらしい。




 王太子の執務補佐官。凄いことだ。しかし、単純には喜べなかった。あまりにも早く出世したことから、陰で悪く言われてしまっている。仕方がないとはいえ、いい気分ではない。


 逆に、僕に近づこうとする者達も増えた。僕は社交界に顔を出す気は全くなかったというのに、王太子の付き添いであちこち行くことになり、その中には昼食会やお茶会、夜会などの行事も含まれていた。書類を処理するだけの仕事ではなかった。


 更に大問題があった。それは、王太子がお忍びで外出する際にも、同行しなければならないことだった。


 王都の視察に行く。昼は。夜は視察とはいえない。遊びに行くだけだ。平民の行くような酒場に行くだけではない。娼館まで行く。そして、裕福な平民のふりをして、娼婦を買うのだ。驚くべき実態だった。


 勿論、秘密だ。誰にも言えない。他の同行者達も、最初は渋い顔をしたり、諫めたりしていたものの、今では諦め、素直に護衛、仕事と割り切っているか、一緒に楽しんでいる。でないとやっていられないということだった。


 僕はケチではない。だが、こういった視察の費用は自腹なのだ。給料が多くなったとはいえ、愛する妻がいるというのに、家に帰りもせず、酒場で酒を飲み、娼館に行くのにお金を使うのは、仕事とはいえ、罪悪感が募った。この仕事は無理だと訴えたことが、王太子の気に障った。


「お前も娼婦を買え」

「僕には愛する妻がいます」

「従えないというのか? 妻と忠誠と、どちらが優先だ?」


 酒を飲んでいるとはいえ、王太子の目は本気で聞いていた。答えるしかない。


「忠誠です」

「ならば買え」


 僕は娼婦を選んで買った。王太子は満足し、自分の選んだ娼婦と部屋に移動した。同行者達は僕を褒め、励ましてくれた。だが、それでよしとなるわけがない。僕は愛する妻がいながら、娼婦を買った夫になってしまった。裏切りだ。レティへの。忠誠を示すため、命令も同然だったとはいえ、従った自分を責めた。愛のために命を失う選択もできたが、レティを残して死ねるわけがない。この屈辱を受けいれるしかなかった。


 あまりにも僕の様子が目に余ったのか、娼婦も気遣ってくれた。このように、無理やり買うことになる者もいるらしい。返金はできないものの、サービスすると言った。


「相手はしなくていい。でも、最近寝不足だから、寝てもいいかな? 君は別の部屋にいて」

「それはできないわ。ここが私の部屋だもの。寝ているのを見ているわよ」

「気になって眠れない」

「でも、私が他の部屋に行くことはできないわよ。他の部屋は、他の娼婦の部屋だもの。廊下やラウンジにいたら、仕事をさぼっていると思われるか、終わったなら、次の客をとれといわれてしまうわ。部屋が空いてないのに、無理でしょ?」


 僕は思いついた。


「もう一人買うよ。僕はここ、君はもう一人の娼婦と呼ばれるまで、向こうの部屋で待機する。それはできる?」

「それならいいわよ」


 僕は二人目の娼婦を買い、事情を説明した。娼婦達は何もしないのにお金を貰うのは微妙だとし、朝になったら起こし、朝食も用意してくれるという。僕はそのサービスを受けることにした。


 最近は仕事が忙しいこと、レティへの想いが募ってなかなか眠れず、睡眠時間が少ない。好きでたまらない相手と同じベッドで寝ているのに、何もできない。夫だというのに。そういう約束をしたのは自分とはいえ、辛い。苦しい。まさに試練だ。


 娼館に来ていることが分かってしまったら、僕は離婚されてしまいそうな気がした。恐ろしいことだ。なぜ、このようなことになってしまったのか。しかし、僕は久しぶりに睡眠をむさぼることができ、朝になるとすっきりした気分で目覚めることができた。皮肉だ。


 王太子はお忍びで外出する際、僕を必ず同行させるようになった。それだけではない。僕を重用していることを公にするため、王族の親衛隊ともいえる青騎士に任命した。


 周囲も僕も、この大出世に驚くしかなかった。


 


 王太子の側近となると、当然、よくないことが起きる。


 大貴族が縁談を持ちかけて来たのだ。レティの身分が低いことはすぐにわかる。離婚し、自分の娘や孫を妻にどうか、その方がより確固たる立場を築ける、権力を持てるとうるさかったが、僕は全て断った。レティ以外の女性を妻にすることなど、ありえなかった。レティと離婚しなくてもいい、妾を持てばいいとも言われたが、僕は耳を貸さなかった。


 はっきりいって、これほど出世することなど、考えてもみなかった。僕は権力が欲しいわけじゃない。この国で、レティと暮らしていきたい、レティに不自由をさせたくないだけだ。そして、幸せにしたい。僕にできる精一杯のことをするつもりだ。


 社交をする必要が増えたため、知り合いが増えた。女性の知り合いも増えたが、わずらわしいことをいう者達とは、うまく距離を置いた。




 僕は衝撃の事実を知った。それは王太子の側近になって、しばらくした頃だ。


 新しい鉄道を僕の祖国だった併合地に向けて通すことになった。どういった経路がいいか、話し合われた際、僕はできるだけ最短距離となる方がいいと主張した。資材の輸送を考えると、すでにある程度発達した都市を経由する方がいいが、距離がその分長くなる。工事日数もかかり、費用もかさむ。


 この鉄道は途中の都市を潤すためのものではない。併合地と本国の資源や人を円滑に移動し、互いに富を得て、繁栄するのが目的だ。鉄道建設の拠点は都市ではなく、少し離れたところにある小さな村を活用すればいいとしたのだが、王太子達は微妙な反応だった。


 なぜなら、その小さな村こそが、戦争捕虜が幽閉されている場所だったからだ。


 戦争捕虜の中には王子がいると聞き、僕は真っ青になった。レギは死亡者リストに載っていたはずだ。僕は王太子にレギの生存を確認して欲しいと言った。王太子は僕が王子の友人だったことに驚きつつ、レギが生きていることを教えてくれた。


 僕はあまりのショックに、呆然とした。喜びもあるが、ただショックだった。そして、すぐにレティの顔が浮かんだ。苦しくなった。レティがこの事実を知ったら、どう思うかを考えるだけで、死にそうな胸の痛みを感じた。


 僕は王太子に、戦争捕虜が今後どうなるのかを尋ねた。


 王太子の説明によると、ここにいる捕虜は併合の邪魔になる者ばかりだ。殺してしまうのが簡単だが、降伏しているため、反抗しなければ、いずれは解放される。但し、危険分子は一生幽閉か、監視がつくらしい。レギは王子だ。解放は難しいという。


 僕はレギに会いに行くことにした。


 新しい鉄道を敷く現地の視察に行く必要がある。その視察に同行することにしたのだ。


 僕はレギがどんな境遇なのかが気になった。レギは普通の村人のような生活をしていた。戦争捕虜といっても、監獄に入れられているわけではなかった。村を出ても、近くの町まで歩きで行くのは困難だ。ひたすら平原を行くことになるため、発見されてしまう。生き延びるためには、大人しく村で生活し、強制労働をするしかない。レギは他の戦争捕虜達と共に、農作業をしていた。


「レギ!」

「ロディか?」


 僕達は再会を果たした。


 僕は泣いた。大泣きだ。嬉しかった。やっぱり、親友だ。生きていてくれたことに感謝した。


 僕とレギは二人だけで話をした。


 レギは王子の身分を隠すように言われ、ここにいるらしい。他の戦争捕虜はレギが王子であることを知らない。


 レギは死を選ばなかった。いつかレティや僕と再会したい、そう願って。とはいえ、自分は死んだと思われている。レティは別の者と人生を歩いているだろう、それでも仕方がないと語った。


 僕は泣いた。そして、打ち明けたかった。レティは僕といる。僕の妻として。そして、今もレギを愛しているのだ。伝えるべきだったというのに、僕は言えなかった。レティを失いたくなかった。レギは一生ここを出られない。何も言わなければいい。レギはレティがどこかで幸せになっていることを願い、レティはレギが生きていることを知らないまま過ごす。それでいいと。


 僕は村を去った。何もなかったかのように、できるだけ平静を装ったものの、無理だった。僕はレティを裏切っている。そして、親友のこともまた裏切ったのだ。小さな村で朽ち果てればいいと思ったのだ。最低の人間だ。レティの隣にいる資格などなかった。




 僕はもう一度視察に同行し、レギに会いに行った。そして、レティがこの国にいること、そして、僕と結婚していることを告げた。


 レギは僕を殴った。そして、叫んだ。


「なぜ、言わなかった? 私が生きていることを知り、急いで戻り、レティと結婚したのか?」


 僕は全てを打ち明けた。レギは相当な怒りようだったが、僕とレティが白い結婚であること、レティが今もレギを想っているということを聞き、苦しそうな顔をした。


 僕は王太子から聞いたことを伝えた。大人しくしていれば、解放される余地はある。レギは王子のため、難しくはあるものの、幽閉とは限らない。監視付きではあるものの、どこかで静かに暮らすという条件で、解放に近い状況となることもありえると。


 レギは無言だったが、よくよく考えたであろう言葉を口にした。


「ロディ。私は死んだと思え。レティにも何も話すな。その方がいい。私は解放されない。わずかな望みにすがり、それが潰えた結果、レティを傷つけるようなことがあってはならない。お前なら任せられる。レティを守って欲しい。お前がレティを幸せにしてやれ」


 僕は自分を呪った。これほど素晴らしい友人を、捨てようとしたのだ。同じ過ちは繰り返さない。


「レギ。神に誓う。僕はレティを守る。君が迎えに来るまでは、何も話さない。でも、もし、解放され、迎えに来る時は、レティを……レギが幸せにしてあげて欲しい。愛する人の望みを叶えることこそが、僕の愛の証明になる」

「無理をするな。どう見ても、レティを手放したくない表情をしている」

「当たり前だよ。レティを心から愛している。でも、レティが愛しているのはレギだ。どうしようもない。僕は告白する時に約束した。レティがどちらを選んでも恨まない、祝福すると。約束は守るよ」

「ロディ、私は解放されない」

「わからない。もしかしたら可能かもしれない。僕が……なんとかしてみるよ。だから、絶対に短慮なことはしないで。解放されるとしても、贅沢な暮らしができるようになるわけがない。ただの平民の生活になるかもしれない。平民の生活を学んでいると思って、我慢して」


 僕はレティが作ってくれたクッキーの包みをポケットから取り出した。割れてしまっている。さっき殴られて、床に倒れたせいかもしれない。


「これをあげる。レティの手作りクッキー」

「よこせ」


 レギは僕の手から奪い取ると、クッキーをじっと見つめた。


「ハート形か」

「星形もあるよ。レギの好きな希望の形」

「割れている。不吉だ」

「レギが僕を殴らなければ、きっと無事だった」

「お前が悪い。絶対に謝らない」

「うん。僕が悪い。本当にごめん。心から謝罪するしかない」

「お前がもう一度ここに来たことは評価する」

「また来るよ」


 僕とレギはまた会う約束をして別れた。


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