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永遠の愛を刻む  作者: 美雪


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19/20

本編 レギウス視点 ⑨

 セレスタインが敗戦し、併合されてから約一年。


 奇跡が起きた。俺は解放されることになった。


 但し、条件がある。


 俺は過去の身分、素性を全て捨て、ただの平民になる。アークレインに従い、反抗するようなことは一切しないと誓う。

 何も問題がなければ、平民として生活するために必要な年金が支給される。生活に困窮することはないが、一般市民に紛れ込むため、簡単な職に就く。

 勿論、一生、アークレインの監視下で人生を送る。


 この条件はロディも知っている。だが、ロディの知らない別の条件もあった。


 それは、レティをロディに譲るということだ。


 王太子はロディを憐れんだ。そこで、役に立たない存在でしかない俺を役立てることにした。


 一生解放されない予定の俺に制限付きの自由を与える。その代償として、ロディとレティが本当の夫婦になれるよう協力しろと要求してきた。ロディが幸せになれるように手助けするものの、その対価として一生こき使う気だ。

 

 俺はその条件を飲んだ。


 断れば、村に一生幽閉だ。レティもロディも過去に囚われ続ける。その運命を断ち切るには、このチャンスしかないと思った。


 レティと共に歩く未来を夢見たのは事実だが、俺が願うのは、レティが幸せになることだ。俺と共にいることでレティが不幸になるのであれば、俺はレティを手放す。

 ロディにレティを託す。二人が幸せになるためであれば、迷うことなどない。




 レティと再会する場所は、クライスター公爵家の領地にある聖堂だった。


 王都で計画を実行すると、行方をくらますのが難しくなる。王太子の側近で公爵家の者の妻となれば、警備隊が死に物狂いで捜索をする。万が一にも失敗し、発見されれば、レティは夫がいるにも関わらず、別の男と逃げたということになってしまう。重い罪に問われる。

 そうならないためにも、確実に計画を実行できるように、別の場所にした。


 地下は迷路のようになっているが、その先に海を見渡す崖がある。


 ロディの手引きでレティと再会し、一旦はその場で別れる。

 ロディはレティが海に落ちたことにし、助けを呼びに行く。その間に俺とレティは聖堂の地下の奥にある別の出入口から脱出し、監視役と共に領地を去る。


 レティは行方不明の扱いになる。一年以上、行方不明である場合は、死亡とみなされる。ロディはレティの死亡届を出し、葬儀を執り行う。


 この先はロディの知らないシナリオがある。


 ロディが死亡届を出す前に、俺とレティは喧嘩して決別し、レティはロディの元に戻る。

 レティは波に乗って流されたところを、偶然、通りがかった船に助けられた。溺れかけたショックで記憶喪失になったが、記憶が戻り、ロディの元に帰って来たということにする。

 ロディとレティは本当に夫婦になり、二人で生きて行く。


 これが計画されている筋書きの全てだ。


「レティ、迎えに来た」

「どう、して……」


 俺の姿を見たレティシアは茫然とした。当然だ。死んだと思っていた人間が生きていたのだ。


「あの後、俺は捕虜になった。撃たれたが、肩の部分だけだ。王族であるため、厳重な監視体制の元に治療を受けた。その後はずっと、生きていることを隠されたまま、幽閉生活だ。併合が落ち着き、ようやく恩赦が出た。これからは出自を隠し、ただの平民として、静かに暮らしていくことを条件に、開放された。ようやく一緒になれる。二人で生きていける」


 俺はロディを見つめた。


「ロディには感謝している。白い結婚をしてまで、レティを守ってくれた。俺が迎えに行くまで、守るという約束を果たしてくれた」

「約束は守ったよ。これでレティはようやく幸せになれる。本当にね」


 ロディは微笑んだが、その表情はひきつっていた。無理をしているのは明らかだ。芝居が下手過ぎる。

 レティにもわかってしまうと思ったが、レティは青ざめ、同じく表情をひきつらせていた。


「ロディは……どうするの?」

「君を探すふりをする。迷路ではぐれたと。結局、見つからない。後日、浜辺に君の靴が発見される。ここに出た際、強風で足を滑らし、海に落ちた。泳げなくて死んだ。死体は海の中、波にさらわれてしまい、発見は不可能だとなる。僕は君が死んだという手続きをする」

「ロディは一人で生きていくの?」

「しばらくはね。葬儀をして、喪が明けたら再婚する。周囲が放って置かない。有力貴族の娘を後妻にするよ。僕の立場は安泰だ。相応の妻を娶ったことで、周囲も納得して落ち着く」

「レティ、こっちに。本当に落ちる必要はない。靴だけ落とせばいい」


 俺はそう言って、手を差し伸べた。


 レティがロディに質問した。


「ロディ、私を愛しているというのは、嘘だったの?」

「そうだよ」


 ロディはすぐに答えた。


「レギとの約束を守るため、そうした方がいいと思った。ただの知り合いじゃ守れない。妻にした方がいい。レギが怒るのはわかっていたけど、レティを守るためだといえば、許してくれると思った」

「レティ、来い」


 俺は早くレティを連れて行こうと思った。ここから去るのに利用する列車の時刻がある。間に合わないと面倒なことになる。

 そして、ロディの芝居が下手過ぎる。冷静に見れば、嘘だとすぐわかる。ロディが愛しているのは、レティだ。それ以外は考えられない。しかし、レティも突然の状況に冷静になれていない。チャンスだった。


「嫌よ」


 俺は驚いた。ロディも。


「私はロディの妻よ。レギとは行かない」


 俺の心の中に、激しい嫉妬が渦巻くのを感じた。


 レティが選んだのは俺だ。ずっと俺を想い続けていたはずだ。そう信じていた。


「お前が恋人に選んだのは俺だ。ロディではない」

「夫として選んだのはロディよ」


 レティはロディを見つめた。


「悲しい時も、辛い時も、ロディが側にいてくれた。ずっと励ましてくれた。だから、絶望しないで生き続けられた。私、ロディを愛しているの。離れたくない」


 レティの言葉は都合が良かった。元々喧嘩別れする予定だったからだ。

 だが、俺は想定外の状況に対応できなかった。大きなショックを受け、激しい嫉妬に冷静さを失った。


「お前は俺のものだ!」


 俺は叫んだ。事実を否定したくて。


「ロディの愛は偽物だ。俺との約束を守るため、愛しているふりをし、結婚しただけだ。だというのに、ロディを愛しているというのか?」

「そうよ。私はロディの愛が偽物だとは思わなかった。レギと約束したためとはいったけれど、それだけじゃないとも言ったわ。私は信じたのよ。だから結婚した。沢山のことを乗り越えられたのは、ロディだったからよ。だから、この旅行から帰ったら、伝えるつもりだった。本当の夫婦になりたいって。子供を作って、幸せな家庭を築きたいって。なのに、こんなことになるなんて……」


 レティは苦しそうな顔をした。


「レギ、貴方はもう過去になってしまったの。愛していた記憶があるだけ。今、私が愛しているのは、ロディなの」


 レティはロディにすがった。


「ロディ、ごめんなさい。私、ずっとこのままじゃいけないって思っていた。だから、ちゃんと言おうって思っていたのよ。最初は離婚しようっていうつもりだった。でも、貴方が私にとって、かけがいのない存在になっていたことに気付いたの。だから、言えなくなってしまった。狡いと思われても、今更だといわれても、仕方がないけれど、私はずっと貴方の妻でいたいの。本当の夫婦になりたいの。受け入れて、お願い!」

「離婚したいと思っていたのは知っていたよ。こっそり、お金を貯めて、出て行こうと計画していたよね」


 ロディは静かにそう言った。


「せっかく貯めたお金を、聖堂に寄付してしまったけど」

「なぜ、知っているの?」

「レティが質屋に出した品の中に、大事な品があってね。祖母の形見の一つだった。さすがに無くしたからと言われて、そのままにはできなかった。平気なふりをしたけどね。外出した際にポケットに入れて落としたといっていたから、誰かが拾っていないか、それとも金目のものだと思い、質屋に流していないか調べた。それで、レティが質屋に宝飾品を流したことを知った。勿論、全部、買い戻したよ」


 ロディは顔を歪めた。


「レギと約束したのに、勝手に出ていかれたら不味いと思って、冷や冷やしたよ」

「……ごめんなさい」

「でも、気づかなかった。レティが僕のことを想ってくれているなんてね。意外だよ。レギから贈られた指輪をずっとしていたから」

「これが結婚指輪代わりだったからよ。外したら、ロディと不仲だと思われてしまうわ」


 ロディは大きく息を吸って吐いた。


「困ったな。レギ、どうする?」

「俺は困っていない。レティは連れて行く」

「きっと、うまくいかないよ。レティは僕を愛していると言った。相手はともかく、心変わりをしてしまったということだ。それに、たぶんだけど、それだけが理由じゃない。レティは今の生活に慣れてしまった。裕福な貴族の生活にね。ただの平民として暮らしたくないってことじゃないかな?」


 俺はさっきからロディの言葉に困惑していた。おかしい。計画と違う。


 ロディがレティのことを悪く言う訳がない。これは嘘だ。

 そして、計画では、最終的に俺を想うレティを諦めさせるというものだった。だが、ロディの言葉は、レティを想う俺を諦めさせるようなものだ。

 もしかすると、俺の知らないところで、ロディもまた何か王太子に指示を受けているのかもしれないと思った。


 俺はロディのおかしな言動によって、徐々に冷静さを取り戻りした。


 取りあえず、俺は最初の計画に従うことにした。レティを連れて行くという筋書きだ。


「王族の身分を捨てる代わりに、年金が出る。働かなくても暮らしてはいけるが、普通の平民が働かないのはおかしいとなる。だからこそ、何かしら仕事をしているふりをするため、簡単な仕事にはつく。生活が苦しいから働くわけではない。レティは不自由することなく暮らせる」

「レギは今、レティがどんな生活をしているか知らない。青騎士団の宿舎で暮らしているとは知っている。多分だけど、普通の騎士団の宿舎のような場所を連想している気がする。でも、青騎士団は普通の騎士団じゃない。宿舎は離宮だ。元は王族が愛人を住まわせるために建てたものだから、凄く贅沢で立派な建物だよ。騎士団の家族の者達は、仕事をしなければならないことになっているけど、掃除、洗濯、食事の支度なんかは全部召使がやってくれる。召使を雇う費用は、そこに住む青騎士達が折半している。住む者が多い方が、負担が少ない。だからこそ、新規の者もすぐ受け入れられる。長居してもらうため、親切だ。出ていかれると、その分、負担が増えてしまうからね」


 ロディはさらに言った。


「レギに支給されるのは、あくまでも普通の平民として暮らしていくためのものだ。多くはない。贅沢はできないよ。レティが今来ているドレスだって、装飾がないけど、上質な生地でできている。かなり高いけど、凄く肌触りがよくて、着心地がいい。でも、レギと暮らすと、そういったものは一切買えない。召使も雇えない。全部自分でするしかない。レギの出自を隠すためにも、狭くて、あまり清潔ではない家で暮らすことになる。食事だって質素だ。ちょっと考えれば、すぐにわかることだ。誰と一緒に暮らした方がいいかってね」


 俺はますます違和感を覚えた。ロディらしくない。嘘なのは明らかだ。


 そして、不味いとも感じた。こんなことを言えば、ロディの印象が悪くなる。


 俺とレティがこの場を去り、その後で喧嘩別れしても、レティがロディの元に戻りにくくなる。それでは王太子の思惑通りにいかない。


 もしかすると、ロディは王太子の計画を知っているのかもしれない。

 レティが俺と共に行くように、その後、俺がレティと別れても無駄だとするために、わざと言っている可能性もある。


「どうするかはレギとレティの問題だよ。僕は二人が決めた結果を受けて、動くことになる。レギとレティが行ってしまうなら、妻が死んだ手続きが必要になる。レティが残るというなら……どうするかな。取りあえず、再婚するなら、その前に正式に離婚しないといけない。レティが子供を産んでくれるなら、子供の母親として面倒を見てもいい」

「レティ。ロディの言葉でわかっただろう? ロディはお前を愛していない。子供を産むだけの、飾りの妻にするつもりだ。それでもいいのか? 贅沢な暮らしができればいいというのか?」


 俺はレティを連れて行く。取りあえずはそれでいいはずだ。その後の状況は、もう一度連絡を取り、確認すればいい。


「私はロディを愛しているのよ。お金のためじゃない!」

「だが、ロディはお前を愛していない。愛人が大勢いる。それでもいいのか?」


 レティは左手の指輪を抜き取ると、海の中に投げ捨てた。そして、その後、崖から飛び降りた。


 俺はすぐに崖から身を投げ、海に飛び込んだ。レティを助けるために。




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