本編 レギウス視点 ⑧
ロディはまた来た。
二度と来ることはないだろうと思っていた。死んだことになっている亡国の王子は邪魔な存在でしかない。親しくするなど、自らの立場を危うくするだけで、いいことなどない。
俺はロディの優しさと甘さを感じつつも、嬉しくてたまらなかった。
しかし、話をきき、込み上げる怒りを抑えきれなかった。
ロディはレティと結婚していた。しかも、このアークレインにいる。
俺は思いっきりロディを殴った。
「なぜ、言わなかった? 俺が生きていることを知り、急いで戻り、レティと結婚したのか?」
ロディは赤く腫れあがった頬に手を当てながら、全てを話した。
ロディはレティを守る口実を手に入れるために結婚した。白い結婚だ。なぜなら、レティは俺のことをまだ想っているからだ。
嬉しい。だが、苦しい。
前にロディが来た時、俺はレティは別の者と人生を歩むべきだと言った。あれは本心だ。
俺は解放されない。この村で朽ち果てるのを待つか、処刑されるかだ。認めたくはないが、それが事実だ。そんな相手を想い続けるべきではない。早く忘れ、新しい人生と幸せを手に入れるべきだ。
ロディは俺が解放される余地があると言った。甘い。甘すぎる。嘘に決まっている。だが、ロディは王太子にそう言われたらしい。
ロディが嘘をつくとは思えない。嘘をついたのは王太子だ。
王太子はロディのことを気に入ったのだろう。ロディはいいやつだ。そのことは俺がよく知っている。
王太子は優秀なロディが俺と親しいことを知り、自らの駒として服従させるべく、俺の解放をちらつかせたのだ。
俺は王太子を殴りたくなった。そして、ロディを思いっきり殴ったことを後悔した。せめて、手加減するべきだった。
俺は生きている、それだけでも十分ましだと思っていた。だが、俺は知らないうちに、ロディの重い足枷になっていたのだ。俺が生きている間、それはなくならない。だが、俺は死にたくない。自分勝手な人間だ。
「ロディ。俺は死んだと思え。レティにも何も話すな。その方がいい。俺は解放されない。わずかな望みにすがり、それが潰えた結果、レティを傷つけるようなことがあってはならない。お前なら任せられる。レティを守って欲しい。お前がレティを幸せにしてやれ」
ロディは今にも泣きそうな表情で俺を見つめた。
「レギ。神に誓う。僕はレティを守る。レギが迎えに来るまでは、何も話さない。でも、もし、解放され、迎えに来る時は、レギがレティを幸せにしてあげて。愛する人の望みを叶えることこそが、僕の愛の証明になる」
馬鹿か。ありえない。
俺は言葉を飲み込んだ。ロディの優しさを無下に扱いたくはなかった。
「無理をするな。どう見ても、レティを手放したくない表情をしている」
「当たり前だよ。レティを心から愛している。でも、レティが愛しているのはレギだ。どうしようもない。僕は告白する時に約束した。レティがどちらを選んでも恨まない、祝福すると。約束は守るよ」
「ロディ、俺は解放されない」
俺はもう一度そう言ったが、ロディには無意味だった。
「わからない。もしかしたら可能かもしれない。僕が……なんとかしてみるよ。だから、絶対に短慮なことはしないで。解放されるとしても、贅沢な暮らしができるようになるわけがない。ただの平民の生活になるかもしれない。平民の生活を学んでいると思って我慢して」
これ以上言っても無駄だ。ロディは俺の解放を心から信じている。希望を捨てていない。
俺は胸が熱くなった。涙が出そうだ。
ロディはポケットから小袋を取り出した。
「これをあげる。レティの手作りクッキー」
「よこせ」
俺はロディの手から奪い取ると、ロディに背を向けた。目元が潤んでいると知られたくなかった。
「ハートか」
「星もあるよ。レギの好きな希望の形」
俺がハートよりも星の形を好むのを知っているロディがそう言った。
「割れている。不吉だ」
「レギが僕を殴らなければ、きっと無事だった」
少しむかついた。俺は振り向き、ロディを睨んだ。
「お前が悪い。絶対に謝らない」
「うん。僕が悪い。本当にごめん。心から謝罪するしかない」
一気に不幸のどん底に落ちたような表情になるロディを見て、世話が焼けると俺は思った。
「お前がもう一度ここに来たことは評価する」
「また来るよ」
もう来るな。お前のためにならない。俺のことは忘れろ。お前の知っているレギウスは死んだ。ここにいるのは別人だ。捕虜番号R099-581N。それが俺の呼称だ。お前はレティシアと共に生きろ。幸せになれ。必ずだ。
そう言うべきだった。だが、言えなかった。
俺は弱い人間だ。愚かな人間でもある。ロディにまた会いたい。レティにもいつか。
俺はロディを見送った。
寂しくはない。悲しくもない。
俺の心の中には、まだ希望が残っていた。




