本編 レギウス視点 ④
俺は王子の身分を隠すように言われ、従わなければ殺すと脅された。
脅しに屈しない方が王族らしいのかもしれない。だが、俺はすでに王族の身分を捨てている。
今の俺が守るべきものは、王族としての誇りや名誉ではない。自らの命だ。
俺は素直に従うことにした。
生きていれば、いつかレティやロディに再会できる。そう信じたかった。
俺はかなりの日数をかけて移動させられた。同じように捕縛された者達と一緒だ。
経由地で連行者の入れ替えが何度もあり、最初に捕縛された時に一緒だった者達は、一人もいなくなってしまった。
ようやくたどり着いたのは、小さな村だった。
「ここは戦争捕虜の収容所だ。収容所の建物があるというよりは、この村全てが収容所であるため、村の敷地内ではかなり自由に行動できる。但し、村の敷地から許可なく出た場合は脱走となり、見つけ次第処刑する。処刑以外の懲罰で済むことはない。なぜなら、一度脱走を企てた者は、捕縛後、何度も脱走を試みる可能性がある。付き合うだけ無駄だ。すぐに処刑した方が、手間が省ける。村の敷地を示すのは、三段ほどの低い石壁だ。この内側が村の敷地となる。各自、後で確認しておいて欲しい。大体ではあるが、村の敷地は楕円状になっている」
捕虜の監視役の上官が淡々と説明を続ける。
「最も重要なことを伝える。食料についてだ。基本的には自給自足になるが、この村には何もない。通常の作物を育てるとすれば、一か月から三か月程度はかかる。そこで、一か月間は食料の配給がある。但し、それ以降の保証はない。できるだけ早く多くの食料を自給自足できるように、農作業に従事して貰う。他にも様々な作業がある。ここで生きて行くために必要なことばかりになる。例えばだが、家屋の修繕などだ。こちらの命令に従わない者には食事を与えない。アークレインへの反抗を示すような場合も同じだ。改善が見られない場合は、処刑する。ここは廃村だ。元々の村人はいない。脱走するのは簡単に思えるだろう。脱走したければ、してもいい。逃げても無駄だということがわかる。なぜなら、この村の周辺は平原が広がっているだけで、他には何もない。湧き水も川もない。草だけで何日生き続けることができるのかわからないが、いずれは餓死することになるだろう。井戸はこの村にしかない。最も近いのは町や村ではなく、軍事拠点だ。そこには水も食料もあるが、脱走者がそこに行けばどうなるかは明らかだ。発見次第、殺される。軍事拠点から水と食料を奪えるなどと、甘い考えは持たない方がいい。まず、忍び込めない。高い塀に囲まれているからだ。唯一の出入り口となる門の警備は厳重だ。後悔して投降しても意味がない。脱走者は即時処刑される」
上官は捕虜達を見渡しながら言った。
「はっきりいって、この戦争はすぐに終わる。アークレインは反抗する者に対しては容赦しないが、従順な者には寛容だ。ここで農作業に従事し、とにかく生き続けろ。戦後、戦争捕虜は解放される。すぐにではないが、許可が出た者から順次解放されることになっている。平民の解放の方が早い。貴族の場合は、身代金などの支払いが必要になるかもしれない。細かい条件に関しては、戦争捕虜を管理する者達に聞かなければわからない。我々はただ、戦争捕虜が決められた場所で大人しく生活し、解放を待つように促すのが任務だ。奇妙に思うかもしれないが、我々も諸君も、戦争が終わり、戦後処理が落ち着くまで、この村で共同生活するだけだ。セレスタインは友好国だった。アークレインはセレスタインを憎んでいるわけでも、セレスタイン人を殺したいわけでもない。ただ、セレスタイン王がアークレインを侮辱したため、報復をしただけだ。全ての責任は、セレスタイン王にある。諸君にはない。しかし、だからといって厚遇する気もない。ここはセレスタイン国内にある村ではない。アークレイン国内にある村だ。諸君の故郷は遠い」
この村はアークレイン国内にあるということを知り、多くの者達がざわめいた。通りで移動日数がかかるはずだ。俺はいつの間にか、セレスタインからアークレインに連行されていたのだ。
「ここで大人しく生活するか、脱走するか、死ぬかを選択して欲しい。脱走する場合は、勝手に出ていけ。軍事拠点に忍び込むつもりであれば、村から続く一本道をひらすら行けばいい。他に道などない。死にたい場合は、食事の前に申し出て欲しい。死ぬ者に食事を与えても無駄だ。基本的には銃殺になるため、楽に死ねる。今日の説明はこれで終わりだ。特にすることはない。今後どうするかを考えたり、村の中がどうなっているのかを見て回るといい。便所もある。その場所以外ではするな。衛生上よくない。ここには医者がいない。病気や怪我には注意しろ。とにかく、村の敷地内にいれば、何も問題はない。また、今日の食事はない。我々もここについたばかりのため、管理用の建物を掃除したり、物資の確認作業などをしなければならない。全員の夕食を作る暇などない。明日の朝、ここに集合だ。朝食は用意しておく。何か質問などがある場合は、管理用の建物まで来て欲しい。村の敷地内にある白い建物だ。村の敷地外にも白い建物がある。そこは違う建物だ。間違えないで欲しい。管理用の建物に行こうとして間違え、処刑されるのは馬鹿馬鹿しい。以上だ」
俺は脱走する気はなかった。
セレスタインとアークレインの国力、軍事力の差は明らかだ。王都が落ち、王族が捕縛されれば、投降する者達が続出する。戦争の終結は早く、すぐに戦後処理に移る。
多くの戦争捕虜を長期間抱えるのは、アークレインにとって負担でしかない。早めに決着をつけるだろう。だからこそ、許可が出た者から解放されるという話は、嘘とは思えなかった。
王子である俺が解放されることに関しては、期待していない。
この村から出るのは簡単そうに思えた。だが、村を出た後、生き延びやすいかどうかは別だ。
嘘をつき、生き延びるのは難しいと思わせ、心理的に脱走を抑え込む作戦なのかもしれない。
監視役の説明がどこまで本当なのかはわからないが、短慮は禁物だと感じた。
俺はこの村に残り、様子を見ることにした。




