本編 レギウス視点 ③
俺はアークレインの駐屯軍の拠点らしき場所に移送された。
馬車から降ろされると、一列に並ぶように指示された。
書類を持ったアークレインの兵士と共に、一人の男性が並んでいる者達を確認し始める。
「銀」
言われた者の左腕に銀の腕輪がはめられた。
恐らく、捕縛者の仕分けをしているのだろう。
その男性の姿がよく見えるようになった瞬間、俺は終わったと感じた。
その男性には見覚えがあった。外務省の……確か、ユーベントだ。
ユーベントは俺を見ると言った。
「黒と赤」
俺の左腕に黒、右腕に赤い腕輪がつけられ、すぐに別室に連行された。
俺は床に座るように言われた。
俺を連行した兵士達はすぐに部屋の外に出た。
俺は部屋を見渡した。普通の部屋だ。汚れている形跡はない。処刑室ではないかもしれない。
但し、訊問室というには、何もなさすぎる。通常、取り調べをするような部屋には、机と椅子がある。ここには何もない。ただ部屋があるだけだ。
やがて、アークレインの上官と思われる制服を着た者とユーベントが来た。
部屋に入るのは二人だけで、護衛と思われる兵士達が全員出た後、ドアが閉められ、鍵がかけられた。
俺が抵抗し、二人をうまく殺しても、逃げるのは難しい。ドアの外にいる兵士達を相手にするのは、銃を奪ったとしても、非常に難しく思えた。
「確認する。この者は誰だ?」
「第三王子のレギウス殿下です」
ユーベントが答えると、アークレインの上官はため息をついた。
「王太子がマレージュに向かったという情報は嘘だったか」
「レギウス殿下が囮になり、追手をこちらに誘導しようとしたのでしょう。王太子はマレージュではなく、南に向かった一行の方ではないかと思われます」
「残念だ」
上官は苦笑した。
「レギウス殿下にご挨拶申し上げる。私はアークレイン王国軍、第四師団の第二部隊長デメルート。現在、第四師団はセレスタインからマレージュに逃亡を図る者達を全て捕縛している。抵抗する者は容赦なく殺せと命じられている。レギウス殿下に関しても、捕縛を優先するものの、最悪の場合は死体でも構わないことになっている」
王子とはいえ、俺の命はさほど重くはない。わかってはいるが、希望がすり減るのを感じた。
「レギウス殿下には捕虜になっていただく。但し、断固として拒否するということであれば、銃殺する。それが最も楽に死ねる方法だ。レギウス殿下、捕虜になるか? それとも処刑を望むか? それ以外の選択肢はない。レギウス殿下の意志を尊重する」
俺は答えた。
「捕虜になる」
「王子としての名誉を守るため、死を望まないのか?」
「俺は王子ではない。王子としての名誉などない」
「養子なのは知っている。王の庶子として生まれたこともだ。それでも、王の息子としての義務があるはずだ。戦場に出ることもなく、国や民を捨てて逃げるとはな」
「俺がどのような立場だったのかを知っていれば、多少は違う言葉になっただろう」
俺の言葉に、デメルートは眉をひそめた。
「ユーベント、どういうことだ?」
「王子になったことで王妃に強く敵視され、腹違いの兄王子達に冷遇されていました。王は単に生活の面倒を見ていただけで、手厚く庇護していたわけではありません。王子とは名ばかりで何の権限もなく、非常に苦労されていました。王家や国のことには関心がないでしょう。むしろ、絶対に関わらないように厳命されていたのです」
ユーベントは俺を見て言った。
「このようなことになり、大変申し訳ございません。レギウス殿下が王か王太子であれば、結果は違っていたことでしょう」
「お前が謝って何になる? 無意味だ」
俺は質問した。
「それよりも、俺の同行者がどうなったか知っているか? 生存しているかどうかだけでも知りたい」
「わかりません。少なくとも、私はロデウス様を見ていません。この周辺で捕縛されれば、いずれここに連行されると思います。負傷している場合は医療拠点に移送されますが、死亡している場合はそのままになるかもしれません。高位の身分だとわかる場合は、死体が回収されます」
「俺は要望を出せる立場ではない。だが、言わずにはいられない。誰が見ても、力の差は明らかだ。無益なことはすべきではない。抵抗しない者達、特に一般市民、女性子供老人には、寛大な処置と慈悲を与えて欲しい」
「私はただ逃亡を図った者達の中に、重要人物がいないかどうかを調べる手伝いをしているだけです。何の権限もありません」
「ユーベント、そろそろ行くぞ」
デメルートが退出を促した。
俺はドアに向かうユーベントに叫んだ。
「もう一つ聞きたい。お前はアークレインに協力し、何を得る?」
俺の問いに、ユーベントは立ち止まった。ゆっくりと振り返る表情は歪んでいた。
「言い訳でしかないのはわかっています。ですが、正直にお答えします。私には臨月の妻がいます。戦争中であっても、無事出産できるよう、アークレインが占領した病院に保護されています。私はどんなことをしてでも、妻と生まれて来る子を守りたいのです」
ユーベントが得るのは、愛する家族の命と安全だった。国を裏切ることは許されない。だが、家族を守りたい気持ちを理解できないわけではない。
いや。非常に理解できた。
俺がユーベントであれば、同じ選択をした。国や自分のことはどうでもいい。愛する者を守る方が優先だ。
「レギウス殿下、どうか、アークレインに従ってください。養子であることが、きっと有利に働くはずです」
「ユーベント、余計なことを言うな」
「はい」
ユーベントはデメルートと共に部屋を退出した。
その後、部屋に訪れたのは医者とその護衛だった。
俺は軽症と判断されたものの、本当に軽症なのかを確認するために来たらしい。
医者は傷口が化膿しないように消毒をして薬を塗り直し、更には飲み薬もくれた。
本当にただの薬だと示すため、医者も同じ薬を飲み、安全であることを証明した。
「アークレインは歯向かう者には容赦しませんが、従う者には寛容です。だからこそ、腕輪はしても拘束用の鎖はしません。但し、一度でも抵抗すれば、即死刑です。どうか、お命を大切になさって下さい」
医者はそういうと、護衛の兵士と共に部屋を出て行った。
更に時間が過ぎると、ドアが開いた。顔だけをのぞかせた兵士が尋ねて来た。
「しばらくはこの部屋に監禁されます。この部屋にはトイレがありません。ご利用されたい場合は、ドアをノックしてください。トイレまでご案内します。食事はここに運ばれます。寝るのもこの部屋です。毛布は一枚しか支給されません。一人一枚というのが規則なので、どんなに寒くても、それ以上は用意できません。何か質問などはありますでしょうか? お答えできる範囲であれば、お答えします」
俺は驚いた。兵士の態度が親切だったからだ。王子だからだろうか。
「配慮に感謝する。質問がある。この腕輪は捕虜の印なのか?」
「そうです。平民の捕虜は銀、貴族の捕虜は黒、重要人物や危険人物は赤の腕輪もつけられます。その腕輪を見れば、すぐに捕虜だとわかります。逃亡しても、すぐに脱走者だとわかってしまいます」
王族の腕輪はないようだった。
「腕輪には記号と番号がある。捕虜番号だと思うが、俺は二つの腕輪をしている。どちらが俺の番号になる?」
「黒の番号です」
「いつまでここにいることになる? 明日にでも処刑されるのか?」
「……私にはわかりません。ですが、重要な決定は師団長がします。師団長の判断次第ではないかと思います」
「ここにいるのは第四師団の第二部隊だと聞いた。マレージュに向かう者達を捕縛していると。戦火を逃れるために、マレージュに向かう一般市民も多くいるだろう。全員、捕縛対象なのか? 正直にいって、捕縛しきれないのではないか?」
「私にはお答えできません。ですが、わかることもあります。アークレインに従わない者には容赦しません。即時、処刑の許可が出ています。お命を大切にされたいのであれば、絶対に大人しくしていて下さい。反抗や逃亡を疑われるような行動もしないで下さい」
「抵抗する気はない。だが、鎖などをしなくていいのか? 腕輪をつけられたが、手も足も自由だ」
「それがアークレインのやり方です。人権を尊重しています。ですが、反抗しやすくもあります。だからこそ、いざという時には容赦しません。逆らった者は、すぐに処刑します。それに、捕虜全員に鎖をつけるのは大変です。鎖を用意しなければなりません。輸送物資が増え、経費もかかります。できるだけ無駄を省いているのです」
「賢いな」
「軍事大国なので、軍も色々と工夫をしています。あくまでも個人的見解ですが」
兵士はそういって笑った。
俺は思った。こいつはかなりの下っ端だ。でなければ、このようにベラベラと話すわけがない。
「俺と話しているのは不味いだろう。特に用はない。もういい」
「出血されたと聞きました。気分はいかがですか?」
「医者が診たばかりだ。問題ない」
「水でもお持ちしましょうか?」
「いらない」
「飴はどうですか? ミント味の飴ならあります。眠気や空腹を紛らわせるためのものですが」
俺は眉をひそめた。
「空腹? 食料が不足しているのか?」
「食事は三食支給されます。ただ、普通の量です。大盛やお替りは原則できません。どうしても、小腹が空きます」
補給物資は十分にあるようだった。兵士の言葉を信じればだが。
「悪いが、少し寝たい」
「そうですか。では、何かあればノックして下さい。私が交代して、別の者になっても大丈夫です。丁寧に接するよう指示されています」
兵士はにっこりと笑うとドアを閉めた。
嘘くさい笑顔だと思いつつ、少しでも体力と精神力を温存するため、俺は仮眠することにした。




