本編 レギウス視点 ②
マレージュ王国は西。
第二王子の命令にただ従うのは危険だ。そこで、俺達は南西方面に進路を取ることにした。
しかし、西から南下して来たアークレイン軍に遭遇した。
俺達はマレージュを目指す一般人の避難民の集団に紛れ込んでいたため、避難民達も一斉に逃げ出した。
「レギ、レティを連れていって!」
ロディが叫んだ。
「ベリックは僕と来て! 食い止める!」
「ケネス、一緒に来い!」
「俺も行く!」
護衛騎士のマーネックが叫んだ。
「フィック、レギウス様を守れ! 死んでも守れ!」
「わかった!」
なんとか追手を振り切ろうとしたが、無理だった。
レティが一緒では、全力疾走できない。だが、絶対に見捨てるわけにはいかない。俺とロディの愛する者だ。
「止まれ!」
「止まらないと撃つ!」
叫び声がした。
「撃ちたくない! 頼むから止まってくれ!」
「投降すれば命は助ける!」
兵士達は口々に叫びつつ、銃で撃って来た。嘘つきめ。
後ろで倒れる音がした。フィックが撃たれたようだ。それでも、止まるわけにはいかない。
「男を撃て!」
「違う、女だ!」
その言葉に、俺の心と体が震えた。
「やめろ!」
俺は叫んだ。
「投降する! 撃つな!」
銃を向けられた俺は、咄嗟にレティシアを庇った。
銃声がとどろくと同時に、肩に痛みが走る。撃たれた。
俺とレティは倒れた。レティは受け身を取ることができず、頭を強打した。
「レティシア! 大丈夫か?」
呼びかけても応じない。まさか、打ち所が悪くて……。
最悪の事態を考えている間に、俺達をアークレインの兵士が取り囲んだ。
「大人しく投降すれば、命は奪わない!」
「武器を放棄しろ!」
「反抗すれば、殺す!」
「投降する! だから、彼女を助けてくれ!」
アークレインの兵は俺を拘束しながら尋ねた。
「彼女はお前の妻か?」
俺は嘘をつくことにした。
もし、素性が分かってしまった際、レティが俺の恋人だと知られれば、必ず巻き込まれる。ただの平民であるほうが、安全かもしれないと思った。
「彼女は親友の婚約者だ。逃げる際、必ず守って欲しいと託された。頼む、彼女だけは助けて欲しい!」
「その親友はどうした?」
「俺達を逃がすために、囮になった」
「そうか。貴族か?」
「平民だ。無力な一般市民だ。避難していただけだ。抵抗はしない」
レティの様子を見ていた兵士が言った。
「気を失っているようだ。出血はないが、内出血していると不味い」
「頭を打っていたからな」
「凄い美人だ」
「確かにな」
じろじろとレティを見つめる兵士達を、上官らしい者が一喝した。
「お前達、アークレインの名を辱めるようなことは断じてするな! 彼女は一般市民の負傷者だ。医療班の元に運べ! こいつもだ!」
「了解しました!」
俺とレティは医療班の元に運ばれた。
肩の負傷は応急処置だけで十分だと判断された。出血はしたものの、かすり傷だったようだ。
俺を撃った兵士は足を狙ったらしいが、肩をかするとは、へたくそとしか言いようがない。
銃にまだ慣れていない、風が強かったなどと誤魔化している会話に呆れつつ、頭を打ちぬかれなかったのは、不幸中の幸いだと思った。
もし、弾がレティに命中していれば、俺はレティを撃った兵士だけは、絶対に殺していた。
フィックは俺を庇うような位置を保ちつつ走っていたため、複数の銃弾を受けて死んだとわかった。
レティは意識が戻らないため、すぐに病院に搬送されることになった。
「彼女は一般市民だ。何の罪もない。戦争に巻き込まれたのは不可抗力だ。どうか、彼女の名誉と希望を踏みにじるようなことは決してしないで欲しい」
「医療関係者は人道的な者が多い。心配するなら、自分の方にしろ。お前は訊問を受けることになる。正直に答えるだけでいい。嘘つけば、覚悟しておくんだな」
俺はレティと離れ離れになった。大きな不安が広がる。だが、必ず助かる、生きてさえいれば、希望はなくならない、そう思った。
俺は国外逃亡用の偽造旅券を持っていた。そこで、旅券にある名前や身分を名乗った。アークレインが侵攻してきたため、戦火を逃れるために、マレージュに向かっていたと話した。
一通りの尋問が終わると、俺はテントに連れて行かれた。
そこには捕縛された者達がいた。数が多い。
俺は他にも誰か知っている者が捕縛されていないか探した。護衛騎士のベリックがいた。
重症ではないと判断されたというが、頬がかなり腫れあがり、湿布が充てられていた。殴られたに決まっている。
「すまない」
俺は小声でそう言った。
「ご心配には及びません。興奮した兵士に殴られただけです」
「ロディは?」
「あの後、途中で別れました。より分散した方が、追いにくいと思ったのです。ケネスが一緒です。それ以上はわかりません。私と一緒だったマーネックは死にました。胸を撃たれたのです。アークレインの兵士は銃の扱いに慣れていないようです。足を狙う命令だったようですが、胸に当たっていたため、上官に叱責されていました」
「そうか……」
「負傷されたのですか?」
「かすり傷だ。足を狙ったらしいが、肩をかすった。アークレインは銃を持つ兵士が多いと聞いているが、へたくそが多そうだ」
「あまり訓練を受けていない者にも、銃を支給しているのでしょう」
「どこかに当たればいいとでも思っているのか? 味方を撃ったらどうするつもりだ」
「今は戦争中です。誤射であっても、戦死扱いになるだけです」
「それもそうか」
「他の者はどうなったのでしょうか?」
「フィックは俺を庇って死んだ。レティは倒れた際に頭を打ち、病院に搬送された」
「フィックは喜んでいるでしょう。お役に立てました」
ベリックの瞳が潤む。フィックはベリックのいとこだ。兄弟のように仲が良かった。ベリックが騎士になったことから、フィックも騎士を目指し、優秀な二人は護衛騎士に抜擢された。
「少しでも今のうちに休んだ方がいいでしょう」
「そうだな」
俺が頷くとベリックは背を向けた。体が震えている。声を殺して泣いているのは明らかだった。
戦争は奪う。命を。大切な者を。そのことを俺は改めて実感した。
テントには捕縛された者達が次々に連れて来られたが、知らない者達ばかりだった。
結局、ロディと再会できないまま、移動するように促された。
テントにいた全員は、用意された護送馬車に押し込められた。
ベリックとは別の馬車になった。応急処置をされたとはいえ、一見すると、ベリックの負傷度は高そうに見える。顔に怪我をしているからだ。そのため、負傷度が高い者達が乗る馬車に行けと指示された。
馬車に揺られながら、俺は考えた。レティは大丈夫だ。一般市民として、病院に搬送された。取り調べを受けても平民だ。巻き込まれただけだと見なすだろう。
ベリックも負傷していることから、手荒な真似はされにくい。
心配なのは、ロディのことだった。
捕縛者は複数のテントに分散されて収容されていた。同じテントにいなかっただけかもしれないが、馬車に乗る時も見かけなかった。
見つけられなかっただけで、すでに出発した馬車に乗っていたか、別の待機している馬車に乗り込んでいたのかもしれない。
負傷し、病院に搬送された可能性もある。もし、そうなれば、レティとロディは会えるかもしれない。
負傷者用の馬車に乗っていれば、ベリックと一緒になるはずだ。
ベリックの話では、ケネスと共に逃げた。うまく逃げ延びのかもしれない。それが一番いい。
最悪の可能性を考え、俺は首を横に振った。考えたくない。考えるな。今は余計なことを考える時ではない。不安と絶望は足手まといにしかならない。希望と可能性を信じるべきだ。
わかってはいるものの、俺の心はどんどん重くなり、苦しさが広がった。
ロディは容姿が整っているが、男らしいというわけではない。身長が低く童顔で、温厚な雰囲気であることから、形容詞であらわすとすれば、可愛い。まるで女みたいだとからかう者達が多かった。
俺はからかう者達を怒鳴りつけ、ロディを庇っていた。友として、一生ロディを守るつもりだった。
しかし、最も重要な時に、俺はロディを守るどころか、置いてきた。
客観的に見れば、王子である俺を臣下であるロディが守ろうとするのは正しい。
だが、俺にとってロディは臣下ではない。親友だ。弟のようにも思っている。
俺は剣術や体術が得意だ。武術は一通りできる。乗馬も優れている。銃の腕も悪くない。俺よりも弱いロディを犠牲にするのはおかしい。俺がロディを守るべきだった。
もし、それが叶わないのであれば、俺はロディが心から愛し、命をかけて守ろうとしたレティを守り通すべきだった。だというのに、それもまたできなかった。
単に気を失っただけであればいいが、重症の場合もありえる。意識が戻らずに、死を迎えるかもしれない。
俺は自分の無力さを感じた。王子の身分を捨て、国を捨て、逃亡し、親友を見捨て、恋人さえも守れず、敵に掴まった愚か者でしかない。
馬車は走り続けた。
自分がどこに向かうのか、この先どうなるのか、全くわからない。
俺はレティとロディが無事であるよう、神に祈り続けた。




