本編 レギウス視点 ①
俺の名前はレギウス。セレスタイン王の息子として生まれた。
俺は王妃の子供ではない。愛人の子だ。
セレスタイン王国は一夫一妻制であるため、愛人の息子である俺は王子ではない。王位継承権もない。母親の身分に合わせ、ただの貴族として育てられた。
幼少時に母が死んだ。俺の人生は大きく変わった。
これまでは母に多額の金が支払われていた。愛人としての手当てと俺の養育費だ。しかし、その多くは窮乏する母親の実家の維持費に充てられ、母や俺に対してはほとんど使われていなかったことが判明した。
王は激怒した。王の与えたものを母から不当に搾取し、横領した罪で、男爵家を取り潰した。そして、父親として俺を手元に引き取ることにした。
王妃が産んだ子供は二人。いずれも男子で、俺より年上だ。俺は王と王妃の養子になり、王位継承権のない第三王子として扱われることになった。
王妃は愛人の子供である俺を養子にすることにいい顔をしなかったが、男爵家が取り潰しになったことで、俺の行き場所がないのも理解していた。仕方がないとして受け入れたが、好意的ではないのは明らかであり、兄王子達も俺には近寄らなかった。
王子にはなったものの、俺の立場は非常に弱いものだった。
俺が成人すると、いくつかの縁談が持ち上がった。
王位継承権のない王子は邪魔な存在だ。早い時期に婚姻を理由として臣籍降下するのが望ましいとされた。その際、新しい爵位を新設するよりも、爵位を継承しそうな女性と婚姻、つまり、婿養子になったほうがいいと考えられていた。
縁談の中には、ラーデス王国の第一王女との縁談もあった。
ラーデス王国は東の遠方にある国で、様々な品を取引している。ラーデス王には王子がいない。第一王女と婚姻するということは、ラーデスの王太子になるということであり、ゆくゆくは王になるということだった。
王はこの縁談に乗り気だったが、思わぬ事態が発生した。王太子である第一王子がこの縁談を自分のものにしたいと言い出したのだ。
セレスタインはいくつかの国と国境を接しているが、そのうちの一つ、アークレイン王国の言いなりだった。アークレインは軍事国家だ。戦争によっていくつもの小国を属国化、あるいは併合し、国土と勢力を広げている。
王はアークレインに対抗するのは難しいと考え、アークレインの要求を飲むことで戦争を回避し、和平を保とうとしていた。しかし、第一王子はアークレインの要求に腹を立てていた。
このままでは、いつかセレスタインはアークレインの完全な属国になるか、飲み込まれて併合される未来しかない。そうならないためにも、できるだけアークレインを牽制しつつ、国力を高め、軍事力を強化し、他の国との強力な同盟を結ぶべきだと第一王子は主張した。
王は第一王子の主張に断固反対した。もし、アークレインに対立するような姿勢を見せれば、それこそすぐに宣戦布告される。準備もないまま攻め込まれ、セレスタインは滅亡するしかないと主張した。
王と第一王子の確執は長きに渡って続いた。
ついに我慢の限界だとなった第一王子は他国の者と縁組をし、国を出ることを決意した。
どこかにいい相手はいないかと内密に探しており、ラーデスの縁談は丁度いいとなったのだ。
ラーデスは遠方の国であるため、アークレインのことで頭を悩ませることもない。ラーデス王は老齢だ。王太子としてすぐに実権を握れる可能性がある。すでにセレスタインの王太子としての経験があるため、全く問題ない。相手となる第一王女は異国風の美人だった。肖像画が正しく描かれていればだが。
王は第一王子との確執を修復することは不可能であり、第一王子がいずれ王になれば、セレスタインは危機的状況に陥ると考え、第一王子の要望を認めた。俺とラーデス王女では年齢差がかなりあるというのもあった。
王太子が他国の王女に婿入りするなど前代未聞に決まっている。大勢の者達が反対した。せめて第二王子にしてはどうかという提案もあったが、第二王子は年上である王女との婚姻を拒否した。
第一王子はすぐに王女との縁談をまとめ、王太子の座を第二王子に譲り、自分に従う者達を引き連れてラーデス王国に旅立ってしまった。
王と王太子との確執は終わりを告げたと思われた。しかし、そうではなかった。
王太子になった第二王子は、最初こそ父に従っていたものの、段々と自己主張が強くなり、ついには第一王子と同じく、国力を高め、軍事力を強化すべきだと主張した。
アークレインの要求を断固拒否するとまではいかないものの、このままではセレスタインの行く末は明るくないと危機感を募らせた。自分が王になった時に侵略され、処刑されるのはまっぴらだと主張した。
王と王太子との関係がまたもや険悪なものになり、権力争いが勃発した。
俺は王と第二王子の仲をなんとか取り持って欲しいと王妃に頼まれた。俺は王位継承権がない王子だ、何の権限もない、国政に関わるようなことに口を出せるわけがないとして断った。
すると、何もしないのは王子としての役目を放棄している、相応しくないと王妃やその取り巻きに糾弾された。王妃は王と第二王子の対立にかこつけて、俺を陥れ、排除しようとしたのだ。
俺の周囲には人が寄り付かなくなった。微妙な立場の王子の側にいても、益はない。自分の立場が悪くなるだけだ。しかし、親友であるロディは違った。ずっと変わらず、側にいてくれた。
そんな時、アークレインが俺を一年間ほど、アークレインの王都に留学させてはどうかと提案してきた。
留学とはしているものの、人質をよこせという要求と同じなのは明らかだった。
王と王太子は留学の提案を断った。俺には王位継承権がない。国政に関わらせるような予定は一切ない。留学させて学ばせてもさほど意味がないため、もっと国政に関わりそうなエリートを留学させた方がいいと返事をした。
その後、国政に関わりそうなエリートをアークレインに留学させる話し合いをすることになった。
常識的に考えれば、大貴族の子息が対象だ。しかし、自分の家族を人質に差し出したくないと考える者達が続出した。貴族達は言い訳した。前途多望な平民に機会を与えるべきだ、自分の身内では力不足、過大評価のため遠慮する、などとして、ことごとく留学を辞退してきた。
結局、留学予定者は全て平民になった。アークレインはそのことに激怒した。
王族どころか、貴族さえも一人もいないというのは、アークレインで学ぶべきことはないと宣言したようなものだ。両国間の友好と交流をより深める気がまったくない。あまりにも無礼な内容だ。ここまで侮辱されて黙っているわけにはいかないとし、宣戦布告をしてきた。
単に宣戦布告するような理由が欲しかっただけではないのかと思われるほど、アークレインの進軍は早かった。
すぐにアークレインの大軍が国境を越えて押し寄せて来たことから考えても、事前に念入りな準備をしていたのは明らかだった。
セレスタインの王都はアークレインとの国境に比較的近い位置にあるというのもあり、あっという間に王都は包囲されてしまった。
俺は恋人であるレティ、親友であるロディと共に王都から脱出し、国外に出ることにした。
一番無難なのは、婿養子にいった第一王子を頼り、身を寄せることだ。
ラーデス王国は遠い。無事たどり着ける保証はないが、このまま王都に残っても、やはり無事である保証はない。ラーデスに辿り着きさえすれば、相応に扱われる。
王太子である第二王子がラーデスに向けて脱出することになり、俺もそれに同行することになった。
ところが、秘密の抜け道を使って王都を脱出した後、俺は全く別の方向にある隣国マレージュに向かえと第二王子に命令された。
セレスタインとマレージュは互いに不可侵条約を結んでいる。アークレインと共に攻めて来ることはない。中立を保つことになる。
ラーデスに逃亡する可能性は、アークレインも推測している。王族全員が共に行動し、捕縛されれば、一網打尽だ。
そこで、俺はマレージュに向かう多くの戦争難民の中に紛れ込み、国外脱出を図る。万が一、第二王子が捕まっても、俺は脱出できるという説明だった。
第二王子が俺のことを考えるはずがない。囮にするつもりだろうと思ったが、同行を拒否された以上、別のルートに逃げるしかない。
俺は同行を志願した者達、レティ、ロディ、護衛騎士達と共に、マレージュ王国を目指すことにした。




