(1.5)
それからというもの、丁度お昼時ということもあって私達二人は、
彼女の知っているという近くのカフェに移ることにした。
数分もしない内に着いたカフェは、最近できたばかりなのだろう、綺麗でおしゃれな店だった。
平日昼間という事もあって、人気は少なかった。
店内は思った通りエアコンがガンガンに効いていた。
この暑さなら当たり前だ。でも、人によっては寒いと感じるかもしれない。
案の定、彼女は少し寒いと言った。なら仕方がない。私達は日の当たる窓際の席に座った。
ここなら陽の光で多少、寒さも和らぐだろう。
メニュー表を見ながら、どれがいいかと悩み始める。
いつも行っている店ならさっさと決められるのだが、初めてだとなかなかに決めかねてしまう。
結局5、6分ほど考えてアイスコーヒと、ハムとチーズと野菜のサンドイッチ。
どうやら彼女は早々に決まっていたようで、随分と待たせてしまったようだ。
「すいません。注文、いいですか」
「はい。かしこまりました」
……注文を終えた私たちは、特に話すこともなくずっと外を眺めていた。
何か話題はないかと模索するが、これといったものもない。
それに、自分自身、会話というものの極意を知らないし、どの様に話題を振ればいいのかも分からない。
無言のまま、ただ時間だけが過ぎていく。
しばらくして、注文したサンドイッチとコーヒーが運ばれてきた。
来た。これはチャンス。食べ物の話で盛り上がるのは万国共通。絶対にハズレ無し。
丁度、私が頼んだサンドイッチは野菜の色も新鮮みがあってパンもふっくら、どう見ても美味しいはず。
「それ、美味しそうですよね」
以外にも、先に話を振ってきたのは彼女の方からだった。
「あ、ええ。もう、見るからに美味!って感じで。……良かったら分けましょうか?」
「良いんですか!。
いや、私、頼もうかなって思ってたんですけど、どうせ食べきれないと思って……。
もったいないでしょ。せっかく作ってもらったものを残すなんて」
彼女が頼んでいたのはアイスコーヒーだけだった。
確かに、物足りないだろう。
私はサンドイッチの一つを彼女に渡した。
「じゃあ、いただきますね」
「いただきます」
サンドイッチは素直に美味しかった。お腹も空いていたからすぐに食べきることができた。
彼女は自分でも言っていたように、少食らしく、ゆっくりと食べていた。
アイスコーヒーの氷が溶けて水に還る。
サンドイッチを食べ終え、コーヒーも飲み干した私たちは、店を出ることにした。
結局、食べることに夢中であまり喋ることは無かった。
けれどなんとなく良い時間を過ごした気がする。
そろそろ私も待ち合わせの時間が近づいてきた。
彼女にそのことを告げると、途中まで道が一緒だから案内すると言ってくれた。
「良いんですか?暑いですし、わざわざそんなことしなくても」
「いいの。こんな私なんかに付き合ってくれたから、これぐらいしないと」
「そんな、こちらこそですよ」
二人とも謙遜し合っていたが、
なんだかんだで、私は彼女のお世話になる事にした。
日傘を指して歩きだす彼女の後ろを私は黙ってついていく。
ゆったりとしたリズムで歩く彼女の後ろ姿は、何気ない毎日の象徴のように思える。
ただ一緒にいるだけでほんわかする、という事もあるのだと実感する。
そんな考え事をしながら、ふと思った。
私たちは未だに互いの名前を知らない。
今更に自己紹介をするのは遅すぎるかもしれないけれど、このまま赤の他人で別れるのが嫌だった。
話しかけようとした瞬間。
……急に彼女は立ち止まり、振り向く。
微笑みとともに、透き通ったその眼で私を見つめる。
「楽しい時間をありがとう。さようなら。ーー九条玲華さん」
名乗らなかったはずの名前を言って、彼女は陽炎のように消えていった。
ただ揺らめく影を残して。