(1.4)
照りつける太陽。アスファルトからの熱で体は火照り、汗が止まらない。
無人の住宅街には、日陰といえるものはなく、どこまでも暑苦しい日差しが私を追いかけてくる。
どこかに休める場所はないかと探していたら、丁度目の前には緑の茂った公園があった。
木陰の下のベンチにもたれかかり、ひとまず、照りつける太陽から身を隠す。
少しはマシになったが、それでも熱せられた空気と、その生ぬるい風は私の体を熱し続けていた。
どこかに蛇口があれば、タオルを濡らせるし、水も飲めると思って探してみる。
けれど結局、見つけたと喜んだは良いものの、何故か捻っても捻っても水は出てこなかった。
暑くて暑くて仕方ないと仰け反る。
ぼんやりとした視界。
みーん、みーん。セミの鳴き声がけたたましい。
すると、騒々しい蝉達の合唱に混じり、随分と控えめなーーお淑やかな女性の声が背後から聴こえた。
「隣、座っても構いませんか?」
後ろから聞こえた声に、私は咄嗟に反応できなかった。
なんせぼんやりとしたままだったから、話しかけられることなど予想だにしなかった。
だが、断る理由はない。
座れる場所で日陰なのは、どうやらこのベンチしかないようだし、独り占めをするのはよくない。
何事も分け合うのが道徳。私はそう思い、どうぞと返事をした。
「ありがとうございます」
そう言って隣に座ったのは、とても綺麗な女性だった。
いや、綺麗という言葉では表現しきれない、可憐さというか、清廉さ、と言うか何と言うか・・・・・。
とにかく、美しいとはこういうことなのだと、誰もが納得する容姿をしている。
腰辺りまで伸ばされた濡羽色の長髪は、真夏の光に照らされ輝いている。
新雪の様に白い肌は華奢な体に相まって、彼女の異質さを際立てている。
まるで周囲の風景からぽっかりと浮き出たような雰囲気に、私は魅せられてしまった。
だが、それがどうかしたのか。
彼女はあくまでも面識のない他人。
話しかける義理も、話しかけられる理由もない。
このまま黙ってこの時間をやり過ごそうと決めた私は、
できうる限り彼女から意識を逸らそうと何処か遠くを見る。
しかし、その企みはあっけなく終わった。
「貴女はどうしてここに?」
突拍子もない質問についうっかり、へぇ、と声を漏らしてしまった。
しまった、そう後悔してももう遅い。
私の顔が可笑しかったのか、彼女はくすくすと笑う。
こうなってしまうと、私も白を切り続けることは出来ない。
「えっ、えっと。用事があって……人を待ってるんですよ。ここで」
取り繕った言い訳のように聞こえてしまっただろうか。
なにせ人と話すのは苦手なのだ。どうもいらない緊張をしてしまう。
きっと今の私の顔を見れば、相当真っ赤になっているだろう。素直にそれは恥ずかしい。
「そうなんですか。それは、いいですね」
私の顔を見て、微笑む。
何もかも自然に感じた。
違和感がなかった。初対面の人間に、まるで旧知の中であるような、いらぬ詮索もない素直な表情。
しかし、同時に何か言い様のない恐れを感じた。理論的ではない、動物的、勘の様なものか。
「私も、もう少し体が良ければ、恋の一つや二つ、してみたいな」
……言葉に詰まる。さっきまでの思索が呆気無く吹っ飛び、頭の中が真っ白になった。
口をぽっかりと開けたまま、私の意識は宙を舞っていた。
ダメダメ、誤解を取り除かなければ。
「あぁっ、その、恋人、とか全然なくて……。単なる知人というか、その」
「あっ、ごめんなさい。私勘違いしていたみたい。そうよね、勝手に決めつけていた私が悪いわ」
俯く顔からは明らかに後悔の念が見られた。
どうやら責任感の強い人なのだろうか。
こんな些細なことで慌てた自分も反省しなければ。
「いや、全然気にしてませんから。ほんと全然」
明るく振る舞えば、わかってくれるだろう。
大袈裟過ぎる気もしない訳ではないが、私はとにかく大きく笑ってみせた。
向こうも分かってくれたのだろう。
不安げな顔が和らぎ、また元の穏やかな表情を取り戻してくれた。
「そう、なら良かった。人を困らせるのが、私、嫌なの」
もう一度、嫌なのと繰り返した彼女の顔は、妙に哀しんでいた様に見えた。
ほんの一瞬だけれど。
「それにしてもーーこんなことを言うのは失礼だと思うのだけどーー
貴女、分かりやすって言われない?」
うーん。控えめだが随分とキレのある言葉じゃないか。
そう、私はそう言う人間だ。
良く言えば正直者、悪く言えば愚直。誤魔化しが出来ない、世渡りの下手なばか者。
おかげで随分とーー自分で言うのも何だがーー辛い人生を過ごしてきた。
ただそれはもう過去の話。悪い面には目を瞑って前向きにいくと決めたのだ。
今だってそれがいい方向に働いたじゃないか。
普通、こんなすぐに見ず知らずの人と会話が生まれるなんて、めったに無いことだ。
ポジティブに捉えれば、人生どうということはない。
「ええ、まあ、分かりやすいとは言われないですけど、正直者って言うのなら合ってるかなって」
「正直者、ねぇ……羨ましいわ。自分の思ったことを言える人って。私、臆病者って言うか、
引っ込み思案って言うのかしら。自分の正直なキモチを、伝えるのが苦手なの。
だから、いまこんなことを貴女に話しているのも、自分では信じられないくらいで
「分かりますよ。
私も正直者って言ってるわりにいざ何かを伝えようとすると、その、言葉が詰まるっていうか、
上手く表現できないんですよね。
言いたいことはあるのに、相手に上手く伝えるってことが出来なくて。
それで、些細な事で喧嘩になったり、仲違いしちゃったりとか、色々あって」
彼女が自身の身内をさらけ出したことに、私もつい口元が緩くなってしまったのだろうか。
今までこんな事、自分から誰かに話すことなんて無かったのに。
「不思議ね。そんな私達がこうやってお話しているのって」
「馬が合う、っていう感じですね」
「そう、そうね。貴女とは何か親しいものを感じるの」
お互いの胸の内をさらけ出した今、私達の距離感は加速的に縮まっていった。