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彼岸の彼方  作者: 八智
捨子花
5/7

(1.4)

 照りつける太陽。アスファルトからの熱で体は火照り、汗が止まらない。

無人の住宅街には、日陰といえるものはなく、どこまでも暑苦しい日差しが私を追いかけてくる。


 どこかに休める場所はないかと探していたら、丁度目の前には緑の茂った公園があった。

木陰の下のベンチにもたれかかり、ひとまず、照りつける太陽から身を隠す。

少しはマシになったが、それでも熱せられた空気と、その生ぬるい風は私の体を熱し続けていた。

どこかに蛇口があれば、タオルを濡らせるし、水も飲めると思って探してみる。

けれど結局、見つけたと喜んだは良いものの、何故か捻っても捻っても水は出てこなかった。


 暑くて暑くて仕方ないと仰け反る。


 ぼんやりとした視界。


 みーん、みーん。セミの鳴き声がけたたましい。


 すると、騒々しい蝉達の合唱に混じり、随分と控えめなーーお淑やかな女性の声が背後から聴こえた。

「隣、座っても構いませんか?」

後ろから聞こえた声に、私は咄嗟に反応できなかった。

なんせぼんやりとしたままだったから、話しかけられることなど予想だにしなかった。

だが、断る理由はない。

座れる場所で日陰なのは、どうやらこのベンチしかないようだし、独り占めをするのはよくない。

何事も分け合うのが道徳。私はそう思い、どうぞと返事をした。

「ありがとうございます」

そう言って隣に座ったのは、とても綺麗な女性だった。

いや、綺麗という言葉では表現しきれない、可憐さというか、清廉さ、と言うか何と言うか・・・・・。

とにかく、美しいとはこういうことなのだと、誰もが納得する容姿をしている。


 腰辺りまで伸ばされた濡羽色の長髪は、真夏の光に照らされ輝いている。


 新雪の様に白い肌は華奢な体に相まって、彼女の異質さを際立てている。


 まるで周囲の風景からぽっかりと浮き出たような雰囲気に、私は魅せられてしまった。


 だが、それがどうかしたのか。

彼女はあくまでも面識のない他人。

話しかける義理も、話しかけられる理由もない。

このまま黙ってこの時間をやり過ごそうと決めた私は、

できうる限り彼女から意識を逸らそうと何処か遠くを見る。

しかし、その企みはあっけなく終わった。

「貴女はどうしてここに?」

突拍子もない質問についうっかり、へぇ、と声を漏らしてしまった。

しまった、そう後悔してももう遅い。

私の顔が可笑しかったのか、彼女はくすくすと笑う。

こうなってしまうと、私も白を切り続けることは出来ない。

「えっ、えっと。用事があって……人を待ってるんですよ。ここで」

取り繕った言い訳のように聞こえてしまっただろうか。

なにせ人と話すのは苦手なのだ。どうもいらない緊張をしてしまう。

きっと今の私の顔を見れば、相当真っ赤になっているだろう。素直にそれは恥ずかしい。

「そうなんですか。それは、いいですね」

私の顔を見て、微笑む。

何もかも自然に感じた。

違和感がなかった。初対面の人間に、まるで旧知の中であるような、いらぬ詮索もない素直な表情。

しかし、同時に何か言い様のない恐れを感じた。理論的ではない、動物的、勘の様なものか。

「私も、もう少し体が良ければ、恋の一つや二つ、してみたいな」

……言葉に詰まる。さっきまでの思索が呆気無く吹っ飛び、頭の中が真っ白になった。

口をぽっかりと開けたまま、私の意識は宙を舞っていた。


 ダメダメ、誤解を取り除かなければ。

「あぁっ、その、恋人、とか全然なくて……。単なる知人というか、その」

「あっ、ごめんなさい。私勘違いしていたみたい。そうよね、勝手に決めつけていた私が悪いわ」

俯く顔からは明らかに後悔の念が見られた。

どうやら責任感の強い人なのだろうか。

こんな些細なことで慌てた自分も反省しなければ。

「いや、全然気にしてませんから。ほんと全然」

明るく振る舞えば、わかってくれるだろう。

大袈裟過ぎる気もしない訳ではないが、私はとにかく大きく笑ってみせた。

向こうも分かってくれたのだろう。

不安げな顔が和らぎ、また元の穏やかな表情を取り戻してくれた。

「そう、なら良かった。人を困らせるのが、私、嫌なの」

もう一度、嫌なのと繰り返した彼女の顔は、妙に哀しんでいた様に見えた。

ほんの一瞬だけれど。

「それにしてもーーこんなことを言うのは失礼だと思うのだけどーー

貴女、分かりやすって言われない?」

うーん。控えめだが随分とキレのある言葉じゃないか。

そう、私はそう言う人間だ。

良く言えば正直者、悪く言えば愚直。誤魔化しが出来ない、世渡りの下手なばか者。

おかげで随分とーー自分で言うのも何だがーー辛い人生を過ごしてきた。

ただそれはもう過去の話。悪い面には目を瞑って前向きにいくと決めたのだ。

今だってそれがいい方向に働いたじゃないか。

普通、こんなすぐに見ず知らずの人と会話が生まれるなんて、めったに無いことだ。

ポジティブに捉えれば、人生どうということはない。

「ええ、まあ、分かりやすいとは言われないですけど、正直者って言うのなら合ってるかなって」

「正直者、ねぇ……羨ましいわ。自分の思ったことを言える人って。私、臆病者って言うか、

引っ込み思案って言うのかしら。自分の正直なキモチを、伝えるのが苦手なの。

だから、いまこんなことを貴女に話しているのも、自分では信じられないくらいで

「分かりますよ。

私も正直者って言ってるわりにいざ何かを伝えようとすると、その、言葉が詰まるっていうか、

上手く表現できないんですよね。

言いたいことはあるのに、相手に上手く伝えるってことが出来なくて。

それで、些細な事で喧嘩になったり、仲違いしちゃったりとか、色々あって」

彼女が自身の身内をさらけ出したことに、私もつい口元が緩くなってしまったのだろうか。

今までこんな事、自分から誰かに話すことなんて無かったのに。

「不思議ね。そんな私達がこうやってお話しているのって」

「馬が合う、っていう感じですね」

「そう、そうね。貴女とは何か親しいものを感じるの」

お互いの胸の内をさらけ出した今、私達の距離感は加速的に縮まっていった。

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