(1.3)
妊娠期間の長い、離巣性の動物と考えることの出来るヒトは、
しかし本来の出産時期よりも早く産まれてくる。
A.ポルトマンはこれを『生理的早産』と定義し、
生理的早産によって産まれた新生児を『子宮外の胎児』と呼んだ。
お腹が痛い。すごく、すごく痛い。
生きていることすら苦痛になるその激痛に、私は悶絶する。
汗がダラダラと滲み出てくる。
体の中を捻り出されるような感覚と今までにない痛みに顔を歪め、唇を噛む。
下唇に食いこむ歯の痛みは、少しだけだがつらい痛みを緩和してくれる。
独特な血の味は味覚を錯乱させ脳を混乱させ、嘔吐を誘う。
それでも、痛みは意識から退くことを拒み、尚も私を苦しめる。
ーーだが痛みはじき消え失せるだろう。
物質である肉体の痛みは時間が解決してくれるのだから。
少なくとも私は、そう信じている。
いや、そう教えられてきたんだ。
傷が時とともに塞がっていくように、
風邪が安静の時とともに引いていくように、
きっとこの痛みも消え失せ、感じなくなるんだ。
でもこの苦しみは失せることなく、私の心を締め付ける。
ふと耳を澄ませば、膨れ上がったお腹から声が聞こえる。
赤ちゃんの泣き声。虚構を塗りつぶす現実感を纏ったその声に怯え、私は耳を塞ぐ。
苦しみと恐怖。二重の重りが私の心を引き摺る。
暗闇に閉じ込められた幼児の心が、今なら理解できるだろう。
助けて、助けて。必死に叫ぶが誰も来ない。
助けてよ、助けてください。
もう耐えられない、苦しい、やめて、泣かないで。
ーーお願い。
ああ、ああ、ああああああああああああーー
気づけば、私の腹は割れていた。
真白になった私の頭では、いま何が起こっているのかを把握することはできなかった。
それでも、恐怖は虚ろな私の頬を叩き、再び悪夢の続きを見せつける。
ミシミシと軋む床に、血で刻まれた小さな足跡。
紛れも無い赤子の足取り。
けれど、姿はどこにも無い。
泣き声だけが残留するかのように、この鳥籠に交響する。
空虚な世界に響く私の叫び声は、赤子の意識には届かず、静寂の闇に飲まれる。
何度も、何度も、何度も。
声が枯れるぐらい必死に。
いつの間にか私は引き裂かれた腹の痛みよりも、離れていく子供を引き止めるのに必死になっていた。
ーーどれくらいの時間が経ったのだろうか。
慢性化した痛みに特異性は無く、もはや日常の一部と化していた。
腹をさすればまだそれなりの痛みは感じるが涙をながす程ではなかった。
だけど一睡もできず、蓄積されていった疲れは、私の意識に重くのしかかる。
なんの意味もなくただ外を眺めていると、眠れぬ夜を終わらせようと曙の光が地平線より顔を覗かせる。
やけに白い、ひらひらとした閃光。
薄っすらと透けて見える景色は、まるでレース越しに見ている様。
……その時、私は気付いた。
目の前にあるのは、私の小さかった頃のワンピースだ。
でも、どうして。
ゆっくりと目線を上げていく。
そこには、『私』がいた。
儚げに、笑みを浮かべて。