六話 強さと人員と幸せの獲得
身辺が少し落ち着いたので、投稿を再開します。
本当に申し訳ありませんでした。
「さて、何をするにも自由だが。一つだけ聞いておきたい」
カオルコが合図を送ると、一人の魔女が広場に置かれた大きな箱へ近付いた。
箱とは言っても、それには大きな布が被されており、形が箱状であるとわかるぐらいだ。
魔女はその被さっていた布を取り払った。
その箱の正体を見て、女性達は小さく悲鳴を上げた。
箱の正体は、木を組み合わせて作った箱型の檻だった。
中には、ぎゅうぎゅうに詰め込まれた修道服姿の男達がいた。全員が猿轡を咬まされている。
男達は、昨夜襲った裁定場の裁定官達だった。
恐らく、見覚えのある顔があったのだろう、女性の何人かが怯えた顔で男達の入った檻を注視する。
ヘビに睨まれたカエルのように目をそらせずにいるようだった。
そんな彼女達に、カオルコは訊ねる。
「どちらにしろ後で全員処刑するが……。こいつらに手ずから復讐したい。そう思ってる奴はいるか?」
カオルコの問いに、女性達は沈黙して誰も答えなかった。
そんな中、一人。
十歳前後の幼い少女が立ち上がった。
「ほう、真っ先に名乗りを上げるのが、こんなお嬢ちゃんとは」
「私、かたっぽの耳、聞こえないの」
言って、少女は髪をのけて自らの左耳を見せた。
そこに耳はなく、焼きごてを当てられたような傷跡があった。
「すごく……痛かった……」
その時の痛みと恐怖を思い出し、彼女は耐えるように両拳を握りしめて語る。
そんな彼女にカオルコは近寄り、後ろに回って両肩へ手を置く。
「誰がやったか憶えてるか?」
カオルコが優しく訊ねると、少女は檻の中にいるちょび髭を生やした男に指を差した。
先ほどまで話を聞いていた男が、自分の未来を悟って「違う」と布越しに唸りながら首を振る。
「おい、そいつを出せ」
告げると、一人の魔女が頷いて男を外に出した。
広場に立てられた一本の杭の前に連れて行き、暴れる男を杭に縛り付けた。
「どうぞ、カオルコさん」
魔女隊長がカオルコにアサルトライフルを渡す。
彼女の持っていたアサルトライフルはAKだった。
「ありがとう」
礼を言うカオルコ。彼女は少女を連れて男の前に行くと、少女にAKを構えさせる。
「ほら、これを握ってここに指をかけて。そうだ」
さながら勉強を教える教師のような優しげな口調で囁き、少女の左手をハンドガードへ、右手をグリップへと導き、補助するように自らもそれぞれの空いた場所に手をやった。
反動を引き受けるようにストックを自らの肩口へ当て、星門を男の頭部付近へと合わせる。
「ゆっくり、引いてごらん」
言われるままに少女はトリガーを引く。
一発の発砲音が鳴り響いた。
女性達の合間より驚きの悲鳴が上がった。
「!」
放たれた銃弾は、誤る事無く狙い通りの場所を射抜く。
男の左耳が吹き飛んだ。
男は口内に悲鳴を響かせ、拘束された体をもがくように動かした。
「わぁ」
女性達が驚く中、少女もまた驚きに心を震わせた。
それは相手の耳を吹き飛ばしたこの不思議な棒のような物に対してであり、その耳を吹き飛ばしたのが自分の指の力であるという事実に対してでもあった。
トリガーは重い。
しかし、それでも必要なのは指の力だけだ。
体の先端にある小さな一部分の力だけでそんな事が成し得る。
その事実が彼女の心に奇妙な高揚感を植えつけた。
「どうする? これでやめるか?」
「私、もっと――」
カオルコの誘う言葉に、少女は何かに魅入られたような表情で言葉を発しようとする。
「待て、そこまでにしておけ」
少女が返事を口にする前に、いつの間にかこの場に来ていたクローフが咎める口調でカオルコを制止した。
「どうして?」
訊ねるカオルコ。
「お前は、幼い魂に人殺しの罪を科すつもりか?」
逆に、クローフは厳しく問い返す。
非難するクローフの視線とそれに反発するカオルコの瞳が交わされあう。
やがて、カオルコは目をそらした。
名残惜しそうな少女の手からAKを取り上げ、構える。
「私は、物心ついた時からこれを握っていた。銃の重み、発砲時の反動の重み、人を殺す重みも幼い頃から知っていた」
言うと、カオルコはレバーをフルオートにして男に銃撃を浴びせた。
連発する発砲音が鳴り響き、銃弾は男の体を容赦なく穴だらけにした。
「そんなにおかしな事か?」
男が動かなくなってから、カオルコはクローフを見据えて訊ねた。
「……どうだろうな。少年兵の前例は腐るほどある事だからな。だが、それがおかしな現実だと思う気持ちは強い」
「少年兵を哀れに思う必要は無い。少年兵が不幸だとは限らないからな。人の価値観はそれぞれ違うんだから。少なくとも私は、幸せだった。……私だけ、なのかもしれないが」
次に目をそらしたのはクローフだった。
居たたまれないように、彼は表情を強張らせていた。
そんな中、集められた女性の一人が姿を消した事に誰も気付かなかった。
アジトの最も東に位置する場所に、一つの小さな小屋がある。
そこはカオルコが私室として使っている場所だった。
入り口から正面に机と椅子を配し、そこに座っていれば来訪者を一目で把握する事ができる。
そこから右手には裁定場から奪ったベッドが置かれている。
それ以外は何も無い、私室というには彩りの無い部屋であった。
カオルコは部屋に置かれた唯一の椅子に座り、クローフはベッドの近くに作られた窓の横に背をもたれさせて立っていた。
「強者が弱者を駆逐する。その構図は、どのような場所でも同じだ。そして、魔女とされる者は弱者だ」
「だから、強者にしようとしている、か?」
カオルコの言葉に、クローフは問い返した。カオルコは頷く。
「今まで、裁定官は全員処刑した。内、何人かは魔女自身に殺させた」
「裁定官を例外なく殺すのは、魔女を害するリスクを知らしめるためだな。魔女の裁定を行う者は、例外なく殺される。そう、印象付けるためだ。それはわかる。だが、どうして魔女にあえて自分で手を汚させるような真似をする? 俺にはわからんな」
カオルコは頷いて続ける。
「それは、ドクターが強いからだ。成長すれば、何の苦労もなく背が伸びて、筋肉も付きやすい。強さを約束されている。そんな性別、人種に恵まれたからだ。だから、わからないんだ。体のスペックからして、劣っている人間の心境なんて……」
「……お前だってイタリア人だろう。比較的、体格に恵まれた人種のはずだ」
一瞬だけ黙り込んでから、クローフは言い返す。
「そうだな。でも、あんたは女じゃない。生まれながらの武器を持っていない。それがどれだけ怖いかを知らない。弱者を強者に仕立てるには、武器が必要なんだ。強い武器が、決して抗えなかった強大な相手であっても簡単に殺してのけるほどの武器が」
カオルコの言葉に、クローフはその意図する所を理解した。
「恐怖を払うため、か」
「自分で植え付けられた恐怖の大本に決着をつけるんだ。恐怖を自分で殺せるのだと、心に教え込む。そうすれば、もう怯える事は無い。どんな恐怖も殺してのける事ができると、覚えさせる事ができる。恐怖に打ち勝つ術を覚えさせる事が」
魔女達が裁定場で味わった恐怖を自らの手で屈服させ、克服する事で払拭する。
それが、カオルコの考えた強さの獲得だった。
「なるほど……」
クローフは納得するとカオルコに近付き、おもむろに頭をゴシゴシと撫でた。
「な、何をするんだ?」
カオルコは思わぬ行動に驚き、頬を赤くしながらクローフの手を払った。
「褒められたやり方じゃないがな。お前なりの優しさは尊重してやる」
クローフは厳しい髭面を子供のような悪戯っぽい笑みに歪め、再びカオルコの頭をグシャグシャと強く撫でた。
「だから、やめろぉー……」
そんな時、入り口のドアがノックされた。
クローフはそれを聞きつけ、撫でる手を離す。
「入れ」と、カオルコは厳しい声で外の人物に促す。
「失礼します」と一人の魔女が入室する。
彼女が来訪した目的を察し、カオルコは彼女の報告を省いて直接的に問いを返す。
「復讐を果たした奴は何人いた?」
「六人です」
「何人残った?」
「全員です」
何度か同じ事はあったが、今までは数人が帰る事を選択した。
全員残ったのはこれが初めての事だ。
「ほう」
思いもしなかった結果に、カオルコは思わず声を漏らす。
「わかった。面接の用意をしろ。それからエルネストを呼んできてくれ」
「はい。わかりました」
魔女は頭を下げ、退室した。
机越しにカオルコから視線をやられ、少女は緊張した面持ちで椅子に鎮座していた。
しかもカオルコだけでなく、他にも二対の視線が遠慮なく彼女に注目している。
一人は少女と同じ歳程度の少女であるが、もう一人は髭面の大男であった。
エルネストとクローフの事だ。
エルネストの方はそれほど気にならないが、クローフは大柄の男性である事もあって、少女に妙な威圧感を覚えさせていた。
少女が緊張するのも仕方がなかった。
「で、お前は何ができるんだ?」
「ひゃ、はい」
カオルコに問われて彼女は緊張で喉が強張ってしまったのか、声を上ずらせた。
「家事ができます」
「医療の経験は?」
クローフに質問され、少女は恐縮しながら答える。
「ごめんなさい。ありません」
「わかった。もういい。さがってくれ」
カオルコに言われて、少女は退室する。
「エルネスト。どうだった?」
「呼気に含まれる魔力が多かったので、体内に貯蓄される魔力も多いでしょう。魔法使いとしての素質は高そうです」
問われて、エルネストはカオルコに答える。
「腕も細かった。戦闘には向かないな。エルネストに任せようか」
「はい」
エルネストは、素質のある人間に魔法を教える役を担っている。
裁定場は例によって魔素の入らない構造になっているため、襲撃の際に魔法使いを投入する事はできない。
が、それでも魔法は応用力の高い技能である。
治癒魔法などに関しては応急処置以上の効果があるため、救出時の治療に最適だ。
そのため、現時点で魔法使いは主にクローフと共に医療班と併用して運用されていた。
が、場合によってはさらに活用の方法が見出せるかもしれなかった。
ちなみに、アジトの建築物もエルネストの魔法によって造られたものだ。
部屋に再びノックの音が響く。
恐らく、次の面接対象だろう。
「入れ」
カオルコに促されて入室した女性は、肩まで伸びた美しい黒髪が印象的だった。
整った輪郭に配されるのは、憂いを帯びる切れ長の目、流麗に流れる鼻筋、つぶらな唇は桜の花びらのように淡い色合いであった。
女性は長すぎるロングスカートを地に引き摺りながら部屋の中央、カオルコの前まで歩いていく。
その際、歩くたびにスカートの中が不自然に暴れ、まるで何かを中に隠しているようだった。
その様を見て取り、カオルコはAKの銃口を女性に向けた。
銃の力を処刑の時に目の当たりとしていた女性は、眉目秀麗な顔を怯えに歪め、身を竦ませた。
「スカートの中に何を隠している?」
カオルコがこうも過敏に反応したのは、自らに対する暗殺の可能性を視野に入れていたからだ。
今銃口を向けたのも、スカートの中に凶器を仕込み、隙を衝いて暗殺しようとする人間がいてもおかしくないと思ったからだった。
「ゆっくりと、スカートをたくし上げろ」
「そんな……わたくしは……」
人前で肌をさらす事を強要された羞恥からか、女性は表情を強張らせて言葉を詰まらせる。
「死にたいか?」
しかしそんな様子の彼女に容赦なく、カオルコは銃口をチラつかせる。
短くも殺気を含んだその言葉から彼女が本気であると悟り、女性は観念してスカートの裾に手をやった。
時折躊躇うように手を止めながらも、赤面した女性はゆっくりとスカートをたくし上げた。
そこにあった物にカオルコとクローフは驚き、エルネストは不憫な物を見るように顔を顰めた。
女性の下半身は人の形をしていなかった。
本来、二本の足があるべき腰部より下には、甲殻に覆われた甲虫を思わせる胴体があり、その胴体からは六本の足が生えていた。
堅固な甲殻に覆われた黒いその足は、根元が太く先端へ向かうにつれて細り、接地面は鋭利なほどであった。
まるで、蜘蛛の胴体と女性の体が融合したような姿だった。
「キメラ、だったんですね……」
ばつが悪そうにエルネストが言うと、女性は小さく頷いた。
それを肯定する事に憂いがあったのか、彼女はそのまま顔を俯ける。
「キメラ?」
そんな女性の様子を気にしたふうもなく、聞きなれない単語にカオルコは問い返す。
「禁じられた魔導研究の一種です。異なる二種以上の生命を掛け合わせ、全く新たなる生命を作り出す。彼女は、その実験の過程で生まれた被害者なのでしょう」
エルネストは不愉快そうな様子で説明する。
その声音には、それを成した魔法使いに対しての侮蔑を滲ませていた。
「なるほどな……」
言いながら、クローフが女性に近付く。
そして、おもむろに訊ねた。
「触っていいか?」
「え?」
女性が驚く声と共に顔を上げると、クローフは答えが返ってくる前に抑えられない好奇心から前列の右足を撫でた。
その瞬間「あひゃいっ……」と女性は悲鳴じみた声を上げる。
「あ、あの、何を……?」
「質感は甲虫のそれに似ている。少しばかり、こちらの方が滑らかだな。手触りは固いが、触覚は? 触られている感覚はあるのか?」
女性の問いは、夢中になって彼女の下半身を調べるクローフの耳に入らず、逆に訊ね返される。
女性はその勢いに押され――
「あります……」
と頬を染めながら答えた。
「しかし、どういう構造になっているんだ?」
「人間の上半身と虫の下半身がくっついてるだけだろう」
カオルコが何気なく答える。
が、クローフは「いや」と否定する。
「甲虫は外骨格だ。表皮の甲殻を骨代わりにして体を支えている。だから体重が増えるにつれて、体を支えられるように甲殻も分厚くなる。そうなると、内部に納められるべき器官が圧迫される事になるんだ」
「意味がわからん」
「つまり、虫はでかくなると歩く事すらできなくなるという事だ。
だが、彼女は現に歩いている。
この世界の重力が俺達の体に何の違和感も与えない以上、重力は地球と変わらない事になる。なら、彼女はどうして活動できる?
もしかしたら、外骨格と内骨格を併せ持っているのかもしれない」
カオルコの問いに答えつつ、途中から自分の考えに耽り始めるクローフ。
医者としての学術的好奇心か、はたまた大きな虫に憧れを懐く男児としての本能か、とかくクローフは常よりもイキイキとした様子で、女性の下半身を撫でさする。
手つきにいやらしさはなく丹念に撫でる手は純粋な探究心からなのだろうが、神経の伝える感触が女性にはよほど堪えるらしい。
クローフの手が触れるその都度に「あ……」「うぅ……」と噛み殺せぬ吐息交じりの声を漏らさざるを得なかった。
ついには折り曲げた人差し指の第二関節を軽く噛み、声の漏れるのを必死に抑えた。
その様がはたからみていかがわしく思えたのか、エルネストは頬を赤くしつつじっとそれを見ていた。
それらの様子を見やり、カオルコは一人呆れるように溜息を吐いた。
「君、名前は?」
クローフから唐突に問われ、女性は少し戸惑いながら答える。
「……アレニアです」
「アレニア……。いい名前だ」
クローフが本心から褒める。
アレニアは思わぬ言葉にはにかみ、慣れぬ事をするようにぎこちなく、躊躇いがちな笑みを作った。
「じゃあアレニア。ちょっと乗っていいか?」
「え、乗るんですか? ……いいですけど」
アレニアが答えると、クローフはアレニアの下半身の胴体へ乗り、彼女と背中合わせになる形で体育座りをした。
若い女性と背中合わせになって座るおっさんの図には、奇妙なユーモアが存在していた。
カオルコは、思わず漏れそうになる笑いを噛み殺す。
「歩いてみてくれ」
「はい」
彼の意図する事がわからず、それでも言葉に従ってアレニアは部屋の中を難なく歩く。
その様子を見て、カオルコはユーモア以上の魅力を感じて目を輝かせた。
「安定していて振動が少ない。悪くない乗り心地だ。重くないか?」
「はい。足の方は力持ちなので、軽いくらいです」
クローフは医者に不必要なほどの筋肉を身に収めているため、体重は百キロを超えている。
それを軽いというアレニアの足は、健脚と評するにも生ぬるいものだろう。
「じゃあお前、足は速いか?」
今度はカオルコが身を乗り出さんばかりに訊ねる。
「ええと、馬には勝てませんけど、普通の人よりかは速いです」
それを聞いて、ますますカオルコの目は輝いた。
「おい、お前は戦闘班に――」
「いや、彼女は救護班に貰う」
アレニアの背から下りると、カオルコの言葉を遮ってクローフは告げた。
クローフとカオルコがにらみ合う。
「こいつは自分で銃を持てる上に、背中に一人二人余裕で乗せて動けるんだ。こいつがいるだけで、どれだけの戦略効果があると思ってる?」
「どうかな? 見た所、上半身はそれほど強靭ではないようだ。反動の大きなライフルを持たせれば体の構造上、腰部に多大な負荷がかかる。医者として、みすみす体を壊させるような真似はさせられない」
「だからって、何で医療班なんだ?」
「彼女がいれば、迅速に要救護者を運ぶ事ができる」
「じゃあ、ドクターはこいつを担架にするつもりなのか? 戦闘車両として戦ってもらった方が有意義だろう!」
本気で自分を取り合う二人。
そんな二人を、アレニアは不思議そうな目で見ていた。
「あの……」
おずおずと、アレニアは二人に声をかけた。
「「なんだ?」」と二人揃ってアレニアに向く。
「お二人は、恐ろしくないのですか? こんな化け物みたいな体の私を……。気味が悪いと、思わないのですか?」
「「どうして?」」
二人同時に、心底不思議そうな声音で聞き返されてしまった。
「魔法がそもそも不可思議なものなのに、今更キメラなどと言われても驚きはしない。それにお前よりも、意思が通じない分ウマバエの方が恐ろしい」
カオルコは事も無げに答える。
ちなみにウマバエとは、動物の体に幼虫を寄生させるハエの一種である。
心臓や脳に寄生する場合もあるので怖い。
「まぁ、そうだな」
クローフも共感するように相槌を打つ。
そして、アレニアの頬にそっと手をやった。
「それに、こんな美しいお嬢さんに化け物などという形容は当てはまらない」
「えっ……?」
クローフの大空のような青い瞳に見据えられ、囁かれたその言葉にアレニアの胸は高鳴った。
「ドサクサに紛れて口説くな。おっさん。それよりアレニア、どっちに来るんだ? いっその事、お前が選べ。どちらを選んでも、歓迎するぞ」
カオルコが言う。
アレニアは、今まで疎まれる事はあっても、こうまで人に必要とされた事はなかった。
彼女の体を見た者は、化け物だと言って彼女を追い立てた。
彼女は逃げた。人から、その視線から。
いつも長いスカートを引き摺って、体を隠しながら生きてきた。
それでも見つかって、魔女として裁定場に送られた。
しかし彼女の体は明らかに人間ではなく、異端そのものである。
裁定を受けるまでも無く、火あぶりは決定されていた。
それが今や、助けられただけでなく必要とまでされている。
誰かに必要とされる事。それはきっと、幸福というものだろう。
今まで得られなかった幸せの全てが、この瞬間のために取っておかれたのだと、そう言われても今の彼女は信じるだろう。
それほどに嬉しくて、喜ばしくて、彼女は思わず零れそうになった涙をこらえ、感謝の言葉を告げた。
「はい。ありがとうございます」
著者は少年兵を肯定しているわけではありません。フィクションだからこそ、カオルコは幸せな少年兵という事にしました。