四話 反逆の魔女達
前の話から少し時間が飛びます。
銃火の音が留まる事無く響き続ける。
石造りの建物に音が反響し、断続的な強い光が薄暗さを消し去る。
その音と光のある場所には、死が存在した。
数十名からなる女性の集団が、施設内にいる男達を謎の武器で殺しまわっていた。
アルカ国のサディーにある裁定場。
そこは魔女を裁定するための場所である。
その場所へ襲撃をかけたのはかつて魔女として裁定場に収容された者達であった。
彼女達は皆、一様に緑のシャツと迷彩のズボン姿だ。
警備の衛士達が襲撃を食い止めようとするが、彼らが近づく前に彼女達の武器は容易く鎧を貫き、その命を終わらせる。
近付く事ができぬまま、交戦の意思を示した者達は殺されていった。
そこに容赦はなく、一切の慈悲は感じられなかった。
しかし、例外もある。
襲撃者の一人が、攻撃に躊躇いを見せた。
他に紛れて気付きにくいが、その女性だけは敵を前に攻撃できないでいた。
偶然、彼女の射線に入っていた衛士が死を免れ、彼女へ向けて突撃する。
「死ね! 魔女め!」
兵士が剣を振り上げ、女性へ向かってくる。
「うっ……く……」
彼女はそれでも攻撃できず、焦りの表情を顔に浮かべた。
剣が彼女へ迫る。
しかしその時、彼女の横合いから刃が伸びた。
刃は衛士の喉に突き刺さり、切り払われる。
衛士は喉の傷を押さえ、一歩、二歩、下がると仰向けに倒れて事切れた。
よくみるとその刃は、謎の武器の先端に着けられた小さな剣だった。
女性が振り向くと、そこには自分よりも歳若い、というよりも幼いと形容した方がしっくりとくる少女が立っていた。
しかしその立ち姿は誰よりも堂々としていて、そこに緊張や恐れなど見られなかった。
彼女はカオルコという少女であり、襲撃者達を率いる者でもあった。
「あ、ありがとうござ……」
「これが終わったら後方部隊に行け。前線は、お前に向いてない」
女性の礼を遮って、カオルコは言い放つ。
「で、でも、私は……」
カオルコは女性に自分の顔を近づけた。
まっすぐに視線を合わせ、言葉を投げる。
「いいか? 一人のために戦線が崩れれば、他の仲間の命も危険に晒される。お前が背負っているのは、お前の命だけじゃない。仲間の命も背負っているんだ」
怒鳴るでもなく、しかし強い口調で告げるカオルコ。
その言葉からは、彼女が如何に仲間を想っているかがうかがい知れた。
それに気付いたから、女性は何も言えなくなる。
力なくうな垂れた。
「……はい」
そう答える事しかできなかった。
その時、カオルコのもとへ一人の女性が駆け寄った。
「カオルコ様。捕らえられた魔女を発見しました。敵性体も降伏した者ばかりです」
「わかった。制圧完了だな。撤収するぞ」
「はっ!」
カオルコは襲撃者を率いて外へ出た。
丁度、降伏した裁定官達が馬車へ放り込まれていく所だった。
捕虜専用の荷馬車に、両手を後ろ手に拘束された裁定官達が連行されていく。
そんな中、一人の裁定官が拘束を解いて走り出した。
その裁定官は、手に刃物を隠し持っていた。
裁定に使うためのものである。
「あっ」
連行していた魔女が声を上げる。
慌てて捕らえようとするが、裁定官は彼女の手が届かない範囲まで離れていた。
銃撃しようにも周囲には仲間がいる。
誤射してしまう可能性がある以上、撃つ事はできなかった。
しかし、裁定官にとっては運の悪い事に、彼の向かった先はカオルコのいる方向だった。
カオルコは裁定官の前に躍り出ると、後ろ回し蹴りでその顔を蹴り飛ばした。
きりもみ回転し、裁定官は地面を転がる。
すぐに立とうとしたが、その目前には謎の武器、AK‐47の銃口が突き付けられていた。
男はそれが裁定場の人間を虐殺した物と同じ種類の武器だと理解する。
抵抗できなくなった男は、それでもキッとカオルコを睨み上げた。
「貴様らは何者だ!? こんな行いは許されない! 神罰が下るだろう!」
裁定官は罵倒の声を上げる。
周囲の襲撃者達がざわついた。
カオルコはその男の髪を掴み、顔を上げさせた。
「私達が誰か? それはお前達がよく知っているはずだ」
カオルコは獰猛な笑みを裁定官へ向けた。
そして、囁くような声で告げる。
「魔女だよ」
カオルコは髪から手を離す。
裁定官は彼女の迫力に気圧され、抵抗する力を失った。
「連れて行け。さっさと撤収するぞ」
カオルコは周囲の魔女達を急かした。
サディーは三十分と経たずに制圧され、襲撃者達は手馴れた様子で瞬く間に撤収した。
そこには生きる者が残されず、ただ死体と真鍮の薬莢だけが残されていた。
ヒーリトンの都市より街道を行き、二つの大都市を越えた先にアルカ国王都ボマスはあった。
アルカは肥沃な大地に恵まれて作物が育ちやすく、鉱物の採掘できる山々、海産物が豊富に獲れ、交易の拠点となる広い湾岸を持っていた。
さながら神に愛されるが如く、様々な面で土地の恩恵を受けた国である。
故に、この国には恵みを思し召す神への信仰が強く根付いていた。
それらを万事取り仕切る教団の名はビルリィ教と言い、国王に次ぐ、いや、国王よりも強い権力を有していた。
ボマス王城の隣にはビルリィの最も大きな神殿が建ち、それは王城に迫るものである。
さながら、いつでも王に取って代われると言うかのような威圧感を誇り、不遜と取られても仕方がないものだった。
しかし、王はその事に口を出さない。
不遜だと思ったとしても、それを言葉にはしなかった。
その事実が、この国の真の権力者が何者であるかを物語っていた。
神殿の一室、質素でありながら広い部屋に、一人の男がいた。
そこは特定の地位の者しか立ち入れない専用の礼拝堂であり、男はその部屋を使う資格を持つ者だった。
男は教皇の証たる純白のローブを着て、その上から力ある司祭数名によって清められた聖なる布を何重にも重ねて身に纏っていた。
彼こそがビルリィの最高権力者、ティラー・リスリングその人であった。
ティラーが長い長い神への祈りを中断して振り返る。
閉じていた目を開くと、彼の双眸は左右の色合いを異ならせていた。
右目はこの国の人間特有の青い瞳、左目の眼窩には眼球ではなく赤い宝石がはめ込まれている。
そんな彼の青と赤の眼差しの先に、大柄な男が立っていた。
大柄の男は、身に纏う修道服がはち切れんばかりのたくましい身体つきをしていた。
彼の名はオルクルス・フェイト。
この教団の保有する武装兵員、主に異教徒や魔女の討伐に威を発揮する部隊、殲滅兵団の長を務める者であった。
ティラーにとって神との対話は神聖な行為である。
彼はどれだけ多忙な中であろうと、神との対話を毎日決して欠かさない。
故に、誰であろうと煩わす事ははばかられた。
しかしオルクルスは、それを承知で彼の前に参じたのである。
それは彼の擁する事態の大きさを物語っているようであった。
「報告を」
ティラーはすぐさまにそれを察し、咎める事もなく促す。
オルクルスは黙礼し、謹んで報告する。
「サディーの裁定場が、何者かによって壊滅させられました。現場には当裁定場の審議官、裁定官の死体と、前回襲撃されたカルヤ村の裁定場で行方不明となっていた審議官、裁定官の死体が残されていました。今回も、数名が拉致された模様です」
報告を聞くと、ティラーは心底から痛ましげな表情になった。
それは報告の重大さもさる事ながら、命を絶たれた教徒に対しての哀れみによるものでもある。
裁定場が襲われる。
それは前代未聞の事柄であり、重大な事件である。
しかしそれ単独の報告に対してなら、すでに驚きに値しなくなっていた。
今重大なのは、その前代未聞の所業がここ三ヶ月あまりに多発している事だ。
三ヶ月前、ヒーリトンの裁定場襲撃を皮切りに、それから変則的に各地の裁定場が襲われるようになったのだ。
「正体については?」
ティラーの問いに、オルクルスは首を横に振る。
「ただ、ここしばらく続く裁定場の襲撃は、全て同じ下手人ではないか、と」
そして自らの考えを述べた。
ティラーは「何故?」とその考えの根拠を問う。
「それは、僕がご説明いたしましょう」
すると、ティラーの疑問に答えたのはオルクルスの野太い声でなく、極めつけに甲高い少女の声だった。
どこか楽しげな口調で言葉を紡ぐ声の主は、礼拝堂の入り口より姿を現した。
その歳若い小柄な少女は一応修道服に身を包んでいたが、オルクルスの病的なまでに几帳面な着こなしと違い、何日も洗濯していないかのようによれよれの修道服姿であった。
その上から、彼女はこれまたよれよれの白衣を羽織っていた。
彼女の名は、フォリオ・ペギーニ。
神学者である。
とはいえ、一般的な神学と彼女の専門とする神学は意味合いが違った。
この教団の解釈では、神のためになる研究であれば全てが神学と称される。
彼女は今まで、神のためにあらゆる武器や鎧を作り出し、神のために効率よい戦略を考案し、神のために魔女を裁定する方法を探究してきた。
彼女はその若さで、神学局総括者という立場にある才女であった。
フォリオはティラーに手を差し出し、手の平を開いてその上に乗る物を見せた。
それは、真鍮の小さな器のような物だった。
「襲撃された場所には、決まってこのようなものが落ちておりました。これが何であるか、それは僕にもわかりませんが、襲撃者が同一である証拠にはなるか、と」
「なるほど」
ティラーが納得の相槌を打つと、フォリオは心底楽しそうに微笑んだ。
「ふふふ、他にも面白い物がございましてね。これ」
言って再び差し出したのは、きのこのような形の金属片だった。
「死んだ信徒の体から見つかった物なのですがね。どうやら、それが死因になったようなのです。この鉛の玉は、外から形が変わるほどの強さで捻じ込まれたように思えるのです」
彼女は補足し、自分の考えを述べた。
「なんだそれは? どうして、そのような面倒な殺し方をする?」
疑問を挟んだのは、オルクルスだった。
「さぁ? 槍の穂先に着けて差し込んだか、もしかしたら魔女の儀式によるものなのかもね。裁定場を襲うのは、連中くらいしかいないだろうから」
オルクルスに対して、フォリオは砕けた口調で返す。
「魔女……」
その単語を聞いて、ティラーは心痛な面持ちになった。
青の色彩を放つ瞳には、本心からの嘆きを孕ませていた。
「ああ、なんと嘆かわしい。事もあろうに、魔女などという邪悪な者達が未だにこの国に蔓延っている。彼の者達は、その口より呪いを吐き出し、踏みしめた大地を汚し、触れた人間には滅びを与える」
ティラーの右の目から涙が流れ、左目からは宝石の赤が溶け出したかのような血の涙が流れ出していた。
「なんと罪深い者達であろうか。それらを滅しきれない私の力の無さが、私は悲しくてたまらない」
耐えられんばかりの痛みを受けたかのように、ティラーは身を震わせて語る。
「いいえ、違います。むしろ、力及ばぬのは我ら殲滅兵団の方にございます」
ティラーの言葉に、オルクルスは慰めるでもなく、心底から恥じ入るように答えた。
自らの力不足が原因であると、そう心底から思っての言葉だった。
「まァ、僕はしっかりやってるけど、ね」
一人、フォリオは興味なさげに、手の中の鉛玉を転がす様を眺めて言った。
「しかし、嘆くばかりではいけない。私達は神の名の下に、敬虔なる教徒を守るべく魔女を狩らなければならないのですから。この国より、いいえ、この世より魔女を駆逐する事。そのためにも、我々は力のかぎりを尽くさねばなりません。モルドー」
おもむろにティラーが名を呼ぶと、礼拝堂の柱の影より男が姿を現した。
修道服を着た、刃物のように鋭く厳しい相貌の老人だった。
彼はモルドー。
教団の敵を秘密裏に葬る、非公式に属する影の暗殺集団の長である。
「はい。ここに」
「私の言いたい事はわかるな?」
言葉少ななティラーの言に、「既に、手は打っております」とモルドーは返した。
一切の甘さを排したような厳しい声だ。
「ほう。では……」
感心するように言うティラーへ向けて、モルドーは「御心のままに」と恭しく頷いた。




