十五話 ハイネ撤退戦 中編
ハイネの入り組んだ町を四十余名のアルカ国軍兵士が歩んでいた。
手にはボウガンを持ち、皮製の鎧で身を固めた軽装の兵士達だった。
その内、三名が持つ武器はボウガンではなく魔女から鹵獲したサブマシンガンであった。
これらの銃器はアルカ国軍には物が少ないため、兵士達の中でも優秀な者に与えられていた。
鹵獲された魔女の武器はアルカ国でも製造が試みられていたが、その仕組みを解する事のできる者はおらず難航している。
かつてビルリィにいたフォリオという神学者がいれば、容易く仕組みを理解する事はできたかもしれないが、今そのフォリオは行方がわからなくなっていた。
そんなアルカ国軍の兵士達は、先ほど町に響いた銃声を聞きつけ、その現場へと向かっている。
彼らは当初、五人単位の少数部隊での行動を行なっていたが、敵の探索を行なう内に自然と集まり今のような集団になっていた。
集団にならないよう上官には命じられていたが、群集となる事は生物としての本能と言えた。
このような本能が生物に備わっているのは、自然界において集まった方が有利であるからだ。
群れは力であり、個々の生存率も高くなる。
戦闘という緊張状態にあり、上官から丸投げ同然に戦地投入された不安から、兵士達が安堵を求めて群れを作る事は当然の事である。
しかしながら、その本能は自然界のみで有効なものだ。
時に人が作り出した猛威は、その本能を逆手に取る。
「反撃が予想される。各員、警戒を怠るな」
銃声の聞こえた現場に近付くと、暫定的に部隊を率いていた隊長がそう兵士達に促した。
その時である。
部隊後方の兵士三名が唐突に倒れた。
「ぐあーっ!」
倒れた一人が声を張り上げる。
「なんだ!」
「撃たれました!」
隊長の声に、倒れた兵士の一人が答える。
倒れた兵士三人の内、二人は既に事切れていた。
死亡したその二人は頭部に弾痕が残っている。
その弾痕は一発の銃弾によるものであった。
その銃弾を発したのは、エルキオである。
ここより約三百メートル離れた教会の鐘つき塔。
そこから発射されたライフル弾は二人の兵士の頭部を貫通し、三人目の兵士の肩口へと突き刺さったのだ。
「襲撃か! 警戒しろ!」
隊長が叫び、後方へ向けてサブマシンガンの銃口を向ける。
それに習って、他の兵士達もそちらへボウガンを向けた。
戦闘の予感を覚え、兵士達は緊張に身を固める。
敵の襲撃を待ち受ける彼らであったが、襲撃は思わぬ所からあった。
突撃銃の銃声が彼らの背後、先ほどまで向かっていた進行方向から聞こえた。
それに兵士達が気付いた時には、もう遅かった。
複数の魔女による統率された一斉射撃。
アサルトライフルからフルオートで発射される銃弾。
無防備な背中が数多の銃弾に貫かれ、四十余名の兵士達はその場で倒れ伏した。
「な、ぜ……」
まだ息のあった兵士が、銃撃のあった方を見る。
すると、そこには魔女の一団が銃を構える姿があった。
これは簡単な話である。
ミカの率いる部隊は、始めからアルカ国軍兵士の進行方向で待ち伏せしていた。
そこにエルキオからの援護射撃があり、後方の兵士が倒れた事で敵は背後からの奇襲があると勘違いしたのだ。
その勘違いを利用し、ミカは背を向けた敵を掃討したのである。
アルカ国軍は反撃する事すらできず、ミカの部隊が被った人的損害は皆無だった。
戦いにおいて機先を制する事は最も重要な要素であろうが、射撃戦においてはさらにその比重は大きいと言えるだろう。
近接戦では相手を先に発見したとしても近付くまで攻撃を加える事ができないが、射撃戦であれば見つけてすぐに狙い撃つ事も可能である。
つまり、相手の不意を衝く事が生死を分けるのだ。
ミカの率いる欠落部隊はその不意を衝く技術に秀でていた。
彼女達はミリークの森の中で、魔女の巣への襲撃を試みるアルカ国軍をゲリラ戦法によって撃破してきたのである。
その経験が、彼女らに不意を衝く技術を磨かせた。
恐らく、奇襲不意打ちの巧さではこの欠落部隊に並ぶものはないだろう。
息のあった最後の兵士。
彼の前に、ミカが歩み寄る。
「これは返してもらう」
そう言うと、ミカは兵士の持つサブマシンガンを取り上げた。
ベレッタの銃口を兵士の額に当てると、何の躊躇いも無く銃爪を引く。
ミカは笑みを作った。
その頬は若干紅潮していた。
表情には、興奮があった。
また別の地点にて。
そこでも大所帯となったアルカ国軍の一団が、銃声を聞きつけて緊張と共に歩んでいた。
石造りの道とレンガの壁が作る狭い道。
そこを通ろうとした時だった。
唐突にレンガの壁が崩れ落ちた。
崩れた壁は、道を通るために長く伸びたアルカ国軍隊列の丁度真ん中の辺りである。
「なんだ!」
兵士達が崩れた壁に注目し、ボウガンを向けた。
壁の崩落で舞った土埃が晴れると、視線と矢先の向かうその場には一人の人間が立っていた。
いや、本当に人間なのだろうか?
兵士達はその異常な姿に恐れを抱く。
その人物はあまりにも常人よりも大きく、兵士達が見上げねばその顔を見る事ができなかった。
そしてその向けた眼差しの先にあるのは、鉄の甲冑で全身を包んだ異様。
「撃て!」
隊長が命じると、兵士達は一斉にボウガンの引き金を引き絞った。
殺到する無数の矢。
しかしその全ては、甲冑を貫く事ができなかった。
元々、その鎧は魔女の銃弾を防ぐために作られた鋭角鎧である。
バトルライフルクラスの突撃銃の銃弾を防ぐ事こそできないが、何の変哲も無い矢の掃射などでは中の人間を貫く事など不可能だった。
矢に撃たれながら、甲冑の魔女ウィリア・エルソンは手に持った銃を持ち上げる。
兵士達は自分達へ向けられた銃を見て、恐怖を煽られた。
その銃は片手で支えるには重く、大きな物だった。
M60機関銃。
一丁十キロにもなるその銃をウィリアは両手にそれぞれ一丁ずつ持っていた。
緩やかに向けられた銃口が、兵士達の眼前で火を吹いた。
至近距離で銃弾を受けた兵士の顔が粉砕され、脳漿と血しぶきがレンガの赤をさらなる深い紅へ上塗りする。
その被害に合った者は一人だけでなく、連続して発射される銃弾は一秒経たぬ内に複数の命を次々と奪っていく。
轟音と血の惨劇に襲われた兵士達は体中を撃たれ、成す術なく肉塊と化す。
「うわーーっ!」
その地獄の光景に耐え切れなくなった兵士達が数人、悲鳴を上げて逃げ出した。
しかし、逃走は失敗に終わる。
「撃て」
家屋の屋根に寝そべり、待機していた魔女達がその号令によって真下へ発砲する。
放たれた銃弾が、逃げようとした兵士達を的確に狙い撃つ。
号令を発したのはガウリ・テンペルンだった。
ウィリアが敵の目を引きつけ、ガウリの指揮する部隊によって混乱に陥った敵部隊を殲滅する。
その作戦によって、アルカ国軍兵士は一分にも満たない時間で全滅した。
「ウィリア。怪我はない?」
屋根から下り、ウィリアと合流したガウリが心配そうに問う。
「うん。大丈夫だよ。この鎧、頑丈だし。たとえ矢が当たっても私自身が頑丈だから」
ウィリアは敵の血で染まる兜のバイザーを上げた。
日に焼けた彼女の素顔が笑みを作って答える。
「そうだね。でも、女の子なんだから、できるだけ身体に傷が残らないようにしないとね」
「気をつけるよ。でも……」
ウィリアが言葉を切り、苦笑しながら続ける。
「見せる人なんていないよ。私はもう、誰とも結婚できないから……」
彼女は、そう言って籠手の上から左手の薬指を撫でた。
ウィリアの両手には、薬指がない。
それはかつて、裁定場へ送られた彼女が裁定官によって切られてしまったからだった。
この国では地球における西洋と同じく、婚姻の際に薬指へリングを嵌めて誓いを立てる風習があった。
しかし、薬指を無くした者は祝福を受けられず、誰とも結婚できないのである。
「関係ないさ。僕達は、魔女だからね。この国……ビルリィの決め事なんて、始めから守る必要が無い」
「うん。ありがとう」
笑顔を作り、優しく慰めてくれたガウリに、ウィリアは感謝の言葉を送った。
ハイネ北東に位置する廃屋の中。
そこには、ハイネへ潜伏していた五名の魔女が隠れていた。
「銃撃の音が聞こえる……」
敵襲に備える緊張感の中、一人の魔女がそう呟いた。
「銃声? ……ああ、確かに」
「助けが来た?」
「その可能性はある。逃げる時に、本拠地に連絡したから。ただ、手元に通信機がないから確認はできないけど」
魔女の隊長は、潜伏地から逃走を図る際にその混乱の中で通信機を落としてしまっていた。
「アルカの連中だって銃は持ってる。連中が撃ってるって事も考えられる」
「そうかもしれない。……でも、銃を撃つって事は敵と戦っているって事なんじゃないの?」
たとえ銃を撃っているのがアルカ国軍だったとしても、撃つならば敵がいる。
そして連中の敵は魔女だ。
「奴らは銃弾の確保ができない。貴重な銃弾をムダに消費する事はないはず」
銃弾の確保ができないのは、今の魔女も同じだけれど……。
そう思いつつ、隊長は言葉を飲み込んだ。
そして考える。
これからどう動くべきか、と。
仲間が戦っているのなら、自分達も戦いへ参じるべきなのかもしれない。
仲間は絶対に見捨てない。
それはカオルコの教えだ。
我々も、銃声の響く場所へ向かうべきだろう。
隊長は覚悟を決め、外へ出る事に決めた。
「みんな、行こう。仲間達が戦っているんだ。私達も戦おう」
「ええ」
「行こう!」
仲間達が賛同し、彼女達は銃器を構えて立ち上がった。
廃屋の崩れた壁から、外へ出る。
と、その時だった。
彼女らの目の前に、黒い何かが降り立った。
それは影だった。
影そのものだった。
黒い服を着ているわけでもなく、全身が真っ黒な闇でできた人型の何かだ。
「何!?」
魔女達は影に向けて銃口を向けた。
得体の知れないそれに対し、発砲する。
が、影は放たれた銃弾を人とは思えない動きで避ける。
するりするりと実体がないように動き、瞬く間に隊長の眼前へと迫った。
影の手には、真っ黒なナイフが握られていた。
その刃先が、隊長の首元に突きつけられた。
刃を突きつけられ、隊長は顎を上げた状態で身体を強張らせた。
殺される……!
そう、自らの運命を諦めた時。
「無事のようだな」
そんな声が横合いから聞こえた。
視線を巡らせてその声がした方を見る。
するとそこには、見覚えのある人物が立っていた。
その姿を見て、彼女は安堵する。
同時に、懐かしさを覚えて泣きそうになった。
「カオルコ様!」
「久し振りだな」
カオルコは笑顔で応じた。
「シュットライヒ。ありがとう」
カオルコが言うと、ナイフを突きつけていた影がカオルコの持つARKへ吸い込まれるようにして消えた。
「今のは、カオルコ様の魔術……なのですか?」
「そんな所だ。これが魔術かどうか、私にはよくわからない。エルネストなら、理屈はわかるかもしれないけれど」
「……よかった」
隊長は呟くと、その場でへたり込んだ。
今まで死地にあって、強く張られていた緊張の糸が切れたのだろう。
「全員いるか?」
「はい。被害者は二名……。彼女達が身体を張って逃してくれたから、他は無事です」
「そうか……」
カオルコは痛ましさを覚えつつ、それを表情に出さず答えた。
「彼女達の状態をチェックしろ。怪我人がいればアレニアに運んでもらう」
「「はい!」」
カオルコに命じられた医療魔女二名が声を上げる。
続いて、カオルコは通信機を起動する。
「エルキオ。聞こえるか?」
「「はい。聞こえています」」
「保護対象を確保した。速やかに撤収するようミカに伝えてくれ」
「「了解」」
エルキオは素直に応じる。
その時だった。
彼女とは別の声が割り込んだ。
「「お断りですよ」」
それはミカの声だった。
「ミカ。どういうつもりだ?」
「「逃げるなんてとんでもない。戦況はこちらに傾いているんですから」」
「何だと?」懐疑的に聞き返すカオルコ。
「「本当です。すでに敵部隊は半数にまで減っています。このままやれるかもしれません」」フォローするようにエルキオが答えた。
「「そういう事です。だから、私達はこのまま敵の殲滅戦へ移行します」」
「待て!」
カオルコの止める声を聞かず、ミカは通信を切った。
「くそっ……」
「どうしますか? カオルコ様」
悪態を吐くカオルコに、魔女の一人が指示を仰ぐ。
「救出した仲間を連れて、一度馬車まで戻る。馬車に到着後、アレニアと医療魔女はけが人の手当て。戦闘魔女二人はその護衛だ」
「カオルコ様は?」
「私は欠落部隊の援護を行なう。状況によっては私達の事は置いていってもらう事になるかもしれない。いつでも馬車を出せるようにしておいてくれ」
「そんな……」
戦闘魔女は不安そうに呟く。
「大丈夫だ。何があろうと必ず戻る。折角助けた仲間をみすみす失いたくないから言っているんだ。そちらを優先するためにも、そういう指示を出すかもしれないというだけだ」
「わかりました」
「行くぞ」
「はい」
カオルコ達は、一度馬車へ向かう事にした。




