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鉄火の魔女王  作者: 8D
アルカ国革命編
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十二話 オラフ商会

「驚いたな」


 店主に案内された店を見て、クローフは声を上げた。

 思った以上に大きな店だ。

 門構えも立派である。


「オラフ商会。ここがあんたの?」

「正確には、親父の店だけどな。さぁ、入ってくれ。お嬢様方も」


 案内され、一行は部屋へ案内される。

 調度品が飾られ、対面の長椅子が二脚ある部屋だ。

 長椅子と長椅子の間にはテーブルがあった。脚が低く異国情緒溢れるデザインだ。

 恐らく、ここは応接室だろう。

 部屋の隅には、従業員らしき男が一人立っている。

 この国では珍しい肌の黒い男だ。


「さて、自己紹介がまだだったな。メジール・オラフだ。この店の三男坊だよ」

「ジョン・クローフだ。新しい商売を始めようと思っている」


 正直に答えるべきではないので、クローフは嘘を吐いた。


「ふぅん。そのためにここへ来たか」


 メジールは、何かを見透かすようにクローフを眺め、借りて来た猫のように大人しいカオルコ達を眺めた。


「あんた、あの店を趣味だと言ったな。商売が好きなのか?」


 クローフは誤魔化す意図もあって、そう訊ね返す。


「そうだな。だが、それ以上に新しい価値を見出す事が好きなんだ」

「新しい価値?」

「そうだ。あの店にある商品は親父が取引先との義理で仕入れてきたり、馬鹿兄貴共が騙されて掴まされたりした売り物にならんもんが多い。俺はそういう物を露店で売っているわけなんだが……。まぁ、まず買い手はつかない」

「だろうな」

「だが、そんな売り物としての価値のないものに、価値を見出す人間が時折現れる。あんたのようにな」


 メジールは微笑んだ。

 メジールは不思議な色気のある面差しで、その笑みには蟲惑的な魅力があった。


「そして、そんな人間から聞くようにしているんだ。どういう価値を見出したのか、とな。……だいたいは気まぐれが多いが、中には当たりもいる。そいつから価値を教えてもらえば、ゴミ同然の売り物も金塊に変わるという寸法だ」

「なるほどな」

「で、あんたはこの二つの商品にどんな価値を見出した?」


 メジールは、テーブルの上に果物と金属を置いた。


「おっと、まずは契約書だったな。用意してくれているか?」

「はい」


 声をかけられ、部屋の隅にいた男が返事をする。

 メジールのもとへ行き、後ろ手に持っていた一枚の紙を渡した。

 それが契約書だろう。

 メジールは素早く目を動かし、内容を確認する。


「うん。確かに。確認してくれ」


 契約書がクローフに渡される。

 クローフも文面を確認した。

 エルネストにかけられた解語の魔法により、クローフは文章の意味を理解できた。


「ああ。確かに」


 互いに契約書を確認し、署名と拇印を交わした。


「じゃあ、教えてくれ」

「わかった。まず、この果物から説明しようか。これは、カカオだ」


 カオルコが反応し、クローフを見た。


「チョコレートの原料……!」

「そんな事は知ってるんだな」


 クローフは呆れたように言う。


「チョコレートでありますか?」

「本当ですか?」


 カオルコの言葉を聞きつけたクリスタニアとインテグラが反応する。

 魔女達はみんなチョコレートが好きである。

 先の戦いの際は、カオルコ達の世界と道が繋がっており、そこから補給物資として銃や食料を得ていた。

 しかし、今はそれができないため、当然チョコレートを食べる機会は失われている。


 魔女達は皆、チョコレートに飢えていた。


「これがあれば作れるでありますか?」

「作れるんですか?」

「どうなんだ、ドクター?」


 魔女三人がクローフへ詰め寄る。


「できなくはない」


 クローフが答えると、三人は目を輝かせる。


「だが、お前達が求めるチョコレートは作れない」

「どういう事だ?」


 カオルコが聞き返す。


「チョコレートを作るには、砂糖が必要だ。でなければ、甘味のないとても苦いチョコレートになる。そして、砂糖は高級品。今の我々の財政では、そんな嗜好品を買う余裕などない」

「何て事だ……!」


 カオルコは痛ましい表情になる。

 他の二人もがっかりとして俯く。


「ほう。それは菓子になるのか。実際に、苦くて食べられるものではないと思ったがな」


 どうやら、メジールは一度食べてみた事があるようだ。


「口にすればわかると思うが、風味が良い。あとはミルクや砂糖などで口当たりを良くすればたいそうな美味になる」

「なるほど。ならば、ミルクと砂糖の手配ができれば良いと……。高級な嗜好品だな。で、それでも採算を取れるだけの価値はあるか?」

「それ以前に問題がある。加工法についてはまだ確立できてない。試行錯誤が必要だろう。空気を含ませる事で味を引き立てるという技法もあると聞く。菓子として売れる商品になるかどうかは、それ次第だ」

「ふむ」

「だが、菓子ではなく薬として売り出すならまだ簡単だ」

「薬?」

「ああ。このカカオという果物は、滋養強壮の効果がある」

「ほう」

「風味が良いから純粋な飲み物としても売れる。紅茶などのように、好みで後から砂糖を足す飲み方もあるだろうから、こちらで砂糖を用意する必要もない。どちらであっても粉末にする加工法を確立しなければならないが、その目処さえ立てば活用法は多様だ」

「実に魅力的だな、これは」


 メジールはカカオへ目を向けた。


「だが、この国で栽培はできそうなのか?」

「この国は比較的温暖だ。雪も降らないそうだからな。降水量もそこそこで水にも恵まれている。栽培には適した土地のはずだ」

「うってつけなわけだ」

「そうだ」


 メジールとクローフは視線を交わし、笑い合った。


「では、この金属は?」

「こっちに関しては、商品として扱えないだろうな」

「何故?」

「これを最適に使う方法を確立する見通しが、カカオ以上に立っていないからだ」

「なら、どうして欲しがった?」

「方法を得た時のために確保しておきたかった。これはクロムという金属だ」


 クローフが答えると、カオルコが反応した。


「……メッキ?」


 クローフは頷く。

 クロムはAKの部品にメッキされている。だからカオルコは知っていたのだろう。


「メッキ、とは?」

「このクロムには、耐食性がある。つまり、腐食や錆に強いんだ。メッキは、金属に他の金属の膜を張るというものだ」


 メジールは目を細める。


「するとどうなる? 錆びない金属にでもなるか?」


 クローフは頷いた。


「だが、さっきも言ったようにその方法がない」


 クローフはメッキを張るための蒸着法という技術を知っている。

 しかし、それをこの世界で再現する事は難しい。

 少なくとも、専門家ではないクローフにそれらの設備を作る事は不可能だった。


 学者であるフォリオと相談すれば、いずれ完成する技術かもしれないが今はまだ夢のまた夢だ。


「……惜しいな。そんなものがあれば、必ず売れるだろうに。他に、活用する方法はないのか?」


 クローフは考え込む。

 言ってもいいものか、と。

 少し迷い、口にする。


「熱して溶かし、混ぜるという方法もあるが……」


 つまり合金の事だが、クローフは言葉を濁す。

 この世界の炉の技術がどれだけのものかはわからない。

 だが、クロムを溶かせるだけの温度は確保できないと思われた。


「なるほど。魔女鋼という奴だな」

「魔女鋼?」

「何だ、知らないのか? カカオやクロムの事は知っていたのに」

「知らない。聞かせてくれないか?」

「このアルカの北方には、魔女の国があるのを知っているか?」


 クローフは頷く。

 エルネストからも聞いた事のある話だ。


「そこでは、通常の炉では出せないような火力を魔法で操り、金属を溶かして混ぜ合わせる技術が盛んなのだと」

「それが、魔女鋼?」


 メジールは頷く。

 それを聞いたクローフは思案する。


 クローフも魔法の心得はあるが、そこまで高い魔力は持っていない。

 金属を溶かすほどの炎など出せないだろう。

 だが、エルネストに相談すればそれも不可能じゃないかもしれないという事か。

 先の蒸着法も、不可能ではないかもしれない……。


「さて、と」


 クローフの思案を中断させるように、メジールが声を出す。


「いいだろう。面白い話だった。その商品が完成した時は、持ってくるといい。俺の伝手を使って、市場に回してやろう。無論、手数料はいただくがな」

「ああ。それは助かる。だが、クロムの方は期待しないでくれ」

「いや、期待させてもらうぞ」

「何だと?」

「俺達は良い取引相手になれると思うのだ。お前達としても、この国で商売するのは難しいだろうからな」


 実際、彼の言う通りだ。

 カカオやクロム合金だけでなく、これから資金源として物品の売買をするにあたって、その商品が魔女の作ったものであると知られるのは良くない。

 だから、その申し出は願ってもない事だった。


 しかし……。

 今の言葉は、それを見越しての事だったのだろうか?

 お前達の正体は知っている、という事を暗に仄めかす言い方だった。


 ハッタリかもしれないが……。

 そもそもそんなハッタリをしてくるという時点で、疑念はあるという事だ。

 クローフは、このメジールを「警戒するべき相手」と認識した。


「そうかもな」


 しかし、クローフは受け入れた。


 クローフは、国への密告を警戒した。

 が、すぐに考えを改めた。


 密告するつもりならば、そんな警戒させるような事は言わない、か。


 正直、全面的に信用はできない。

 裏切られる可能性だってある。

 だが、資金が手に入らなければどの道魔女達に未来は無い。

 たとえ信用できなくとも、この取引を断る理由にはならなかった。


 商品以上に魅力的な、得がたい取引相手だと思わせる事ができれば信頼関係を築く事もできるかもしれないが……。

 それはまだどう転がるかわからない。


 クロムの扱い次第か……。

 もしくは、さらに魅力的な商品を紹介できるか。


 少なくとも、儲けさせている間は大丈夫だろう。

 そう思う事にした。


「では、そちらの契約も詰めようか」

「ああ」


 メジールは笑い、クローフも笑顔を作った。




「銃の売買については言わなかったんだな」


 店からの帰り道、カオルコはクローフに声をかけた。


「まだ、信用していいかわからない。取引を持ちかけるにしても、もう少し様子を見るべきだ」

「そうか」

「また明日、店の倉庫を見せてくれるそうだ。他にも価値を見出せそうな物を見極めてほしいんだと。場合によっては、さらに作れる物が増えるかもしれない。それに、食料品や鉄も格安で売ってくれるとの話だ」

「大盤振る舞いだな。……これは、いい出会いだったか」

「これから次第さ」


 その後、見せてもらった倉庫内で有用なものをいくつか見つけて買い取り、魔女の巣へと帰還した。

 メッキって、溶けた金属に別の金属潜らせるだけじゃできないのでしょうか?

 メッキを着けたい方も溶けてしまうという事なんでしょうかね。

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