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鉄火の魔女王  作者: 8D
鉄火の魔女王編
4/46

三話 ドクター・怒りの脱出

 男に案内された部屋の前まで行くと、二人の見張りがそこにいた。

 案内の男を蹴り倒し、両手持ちでアサルトライフルを構えて発砲する。

 一人に対して二発ずつ、正確に心臓の辺りを狙い撃った。


 二人を排除して中に踏み入ると、上半身裸で両手を天井から伸びるロープによって吊るされたクローフと二人の男の姿があった。

 クローフの体には無数の打撲痕があり、口からは血を流していた。

 その様子を確認するや否や、仰天する二人の男を容赦なくアサルトライフル、AK‐47の銃弾にて射殺する。


「ひぃぃっ!」


 それを隙と見て取ったか、案内させていた男が逃げ出そうと廊下を走り出す。

 カオルコはそれを見逃さずに、逃げようとする男の背を狙い打った。

 男は左の背を撃たれ、7・62?ロシアン・ショート弾は肩甲骨を貫通し、心臓を通って胸から抜けた。


「あぅ、が……」


 悲哀を誘う悲鳴を漏らし、男は廊下の真ん中でうつ伏せに倒れて絶命する。

 そんな様子にたいした感慨も懐かず、カオルコは室内のクローフへ近付いた。


「ドクター、大丈夫か?」


 カオルコが心配そうに声をかけると、クローフは殴られて腫れぼったくなった目を開く。

 そして、カオルコの姿を確認すると、笑みを作った。


「大丈夫そうに見えるか?」


 安堵からか、やや楽しげな声音で問うクローフに、カオルコは安心しながらも呆れ混じりの言葉を返す。


「たいした余裕だ。大丈夫そうだな」


 吊り上げられたクローフの体は年齢的な弛みがあるにしても、歳相応とは思えないたくましい身体つきをしていた。


 胸板は厚く、腹筋は割れ、二の腕はとても太い。

 定期的に肉体を鍛え上げている人間の体だった。

 傷が多くあり、それは先ほどの拷問によるもの以外にも、古い傷跡が所々にあった。

 吊り上げていた滑車のロープをナイフで切り、クローフを解放する。


「気付いたら牢屋らしき所で、ローブの男達に蹴り起こされてな。ここに来るまでに胸糞悪いものを見せられたから、少しばかり反発してやったんだ」


 胸糞悪いもの。というのは、あの拷問場の事だった。

 彼もまた、ここに連れられてくるまでにカオルコと同じくあの場所を見せられたのだ。


「それでこの有様か? あんたなら、他に上手いやりようもできただろうに」

「言葉が通じなかったからな。状況の把握もあったものじゃない」

「言葉が通じない? ああ、ドクターはエルネストに会っていないんだな」

「エルネスト?」

「私達をここに呼び出した張本人らしい。どういう理屈かわからないが、私はそいつに言葉が通じるようにしてもらった」

「まるで魔法だな」


 クローフは冗談交じりに返す。


「それで、これからどうする? 別段目的がないなら提案がある」

「残念だけど、とりあえずの目的はある」


 クローフの提案を蹴り、カオルコは即答した。


「何だ?」

「現状を知るためにエルネストを救出する。然る後、この施設の制圧だ」


 カオルコの答えに、クローフは笑みを向けて頷く。

 どうやら、彼もまた同じ事を考えていたようだ。


「なら、エルネストよりも拷問されている人々を先に解放しよう。一秒でも早く、あの地獄から助けてやりたい」


 彼の語るその心中は、カオルコも同じだった。




「チャンバーの中身を合わせて、残り五発だ」


 廊下を歩きながら、カオルコは言ってジェットファイアをクローフに渡す。


「心許無いな。銃弾の予備は?」


 拳銃を受け取ったクローフは一度マガジンを外し、自分で確かめてから訊ねた。


「予備は全部M43だ」

「ロシアン・ショートか……。相変わらず、AK大好きだな」

「まぁな……」


 カオルコは口の端を上げて肯定する。


「しかし今だけは、サイドアームの予備を用意しておいてもらいたかった」

「サイドアームはそもそも予備だ。予備の予備を必要とする状況は余程切羽詰ったものだ。そんな状況なんて、想定したくないな」

「違いない」


 二人して笑い合う。

 そして、前方にある扉を二人はおもむろに蹴り開けた。

 その扉より先に広がるのは、先ほど二人が目の当たりにした苦痛の坩堝。

 悪鬼羅刹が闊歩するわけでない、人間が作り出した擬似的な地獄絵図だった。


 二人がその場に躍り出ると、部屋にひしめく人々の視線がそちらへと一斉に向いた。

 そんな中、拷問場へと乱入したその二人が、今しがた連行された者だといち早く気付いた者がいた。


「お前達、ここで何をしている。審議官殿はどうした?」


 詰問しながら、歩み寄ろうとする裁定官。


 裁定官とは、拷問によって魔女か否かを裁定する役割の者である。


 その一人の裁定官にカオルコはAK‐47の銃口を向け、トリガーを引き絞った。

 相手は敵対の素振りを見せたわけではない。

 攻撃しようとしたわけでもない。

 ただ手近であったから、という理由で標的に選ばれた。


 悲鳴を上げる暇もなかった。

 フルオートでばら撒かれた銃弾をその身に浴びて、男の体は銃撃の反動で操り人形が踊るような歪な挙動を見せた。

 全弾を撃ち切るまで続けられた銃撃の末、男の体は見るも無残に破壊し尽くされ、原型を留めてはいなかった。

 銃撃が止み、男の体が倒れる。


 もったいないな。


 カオルコは思いながら、マガジンの交換をする。

 一人に対して、マガジン一つを空にする。

 そんな贅沢に心を痛めながらもカオルコがその行動に出たのは、クローフの提案があったからだ。


 カオルコから、連中が銃を知らないという話を聞いたクローフは、それならば銃で脅す事もできないだろうと判断した。

 だから、相手を牽制するには「銃」という物の価値、その威力と恐怖を認識させる必要があった。

 カオルコの行動は、そのためのオーバーキルだ。


 果たして、その判断は功を奏した。

 カオルコが銃口を場内へ巡らせると、向けられるそれに裁定官達はそれぞれ思い思いの挙動を見せたが、その行動は一様に恐怖からくるものだった。


「ここは私達が制圧する。ああなりたくなければ、こちらの要求に従え」


 蜂の巣になって事切れた男を指し、裁定官達にカオルコは宣言する。


「まずは囚人の解放。それが済めば、速やかに手を頭の上に組んでうつ伏せになれ」


 カオルコは返答を待たずに要求し、裁定官達は未知の武器の恐ろしさから言われるまま従った。

 裁定官達がうつぶせたのを見計らい、クローフが解放された囚人達の容態を見ていく。


「これは、酷いな……」


 常々、感情的な素振りを見せずに仕事を行う彼が、思わず痛ましげに呟いた。


「ドクター。どんな感じだ?」


 カオルコが訊ねる。


「幸い、命に別状のある者はいない。だが、一様に身体的な損傷は大きい。体の一部を欠損した者も多い」


 ただ、痛めつけられただけ。

 殺さず生かさず、嬲られたのだ。

 それも殆どが女性である。


 カオルコの覚える胸糞悪さが一層強くなった。


「治療できるか?」

「商売道具があれば手術もできるが……。包帯かテープはあるか?」

「ある」


 カオルコは答えて、ポケットの中にあった医療用のテープをクローフに投げて渡す。


「これなら応急処置ぐらいはできる」


 カオルコが裁定官の動向に目を光らせる中、クローフは囚人の様子を見て回る。

 そんな中で、クローフは一人の少女の容態を診ようとする。

 意識レベルを計るため、目を見ようと頬に触れる。

 すると、触れた瞬間、露骨ではないにしろ嫌がる素振りを見せた。

 不審に思ったクローフは、少女の目の前で手を振る。

 ……反応はない。


「まさか……目が見えないのか」


 クローフが目蓋を開かせようと指で開くと、少女はさっきよりも強く抵抗する。

 それでもクローフは何とか彼女の目を開かせ、表情を険しくした。


「先天性のものじゃないな……。それに膝も砕かれている……」


 少女の足には、生々しい傷が残っていた。

 古い傷ではなく、それは今しがた砕かれた物のようだった。

 よく見ると、少女の頬には涙の跡が厚く残っていた。

 何度も何度も涙を流し、拭われないまま刻まれた跡だ。


 クローフは、もう一度彼女の頬へと触れた。

 嫌がる素振りをするが、表情の変化は無い。

 少女の心は壊れかけているのだ。

 度重なる責め苦によって、わめき疲れ、抵抗する事も満足にできなくなっているのだ。

 そんな彼女を抱き締め、クローフは頭を撫でる。

 少女の表情が、一瞬だけ驚きの形を作ろうとする。

 しかしそれはならず、ぴくりと顔の筋肉が動く程度であった。


「大丈夫だ。もう、大丈夫だ」


 言葉は通じない。

 それでも極力彼女を安心させられるように、クローフは優しく囁いた。

 確かに言葉は通じない。

 しかし、優しさは通じた。

 彼女の瞳から、痛みや恐怖ではなく、安堵による涙が流れ出た。


「よしよし」


 クローフは彼女が落ち着くように、何度もその頭を撫でた。


 そんな時だった。


 それを油断と見て取り、腹這いになっていた裁定官が飛び起きてクローフに襲い掛かった。

 その手には、裁定に使う小さな刃物があった。


「ドクターっ!」


 襲い掛かる裁定官に気付き、カオルコは叫ぶ。

 瞬時に銃の狙いをつけるが、クローフに近すぎるため、迂闊には撃てなかった。


 しかし、その叫びがクローフへと届く前に、クローフは動いていた。

 彼は少女から手を離し、裁定官の刃物の持ち手を自分の手で掴んだ。

 そのまま引き付けつつ、フリーの手で相手の右目に一発、強烈なパンチが炸裂する。

 その一撃は相手の眼底を破壊し、眼窩が陥没する。


「いぎゃ――」


 裁定官の悲鳴が出切る前に、クローフは相手の右膝を蹴り踏み抜いた。

 関節が破滅的な音を立てて逆方向に曲がった。


「ふん」


 不機嫌そうに鼻を鳴らすと、クローフは裁定官の体をぞんざいに転がした。


「ドクター……?」


 瞬く間に裁定官を半死半生としてしまったクローフの手際に、カオルコは困惑しつつ名を呼ぶ。


「あんた、いい体してるとは思ってたけど、そんなに強かったんだな」

「元は軍人だからな。医術を学んだ分、壊し方が上手くなった気もするが」


 カオルコの驚きに対して、クローフは事も無げに言ってのけた。


「ひ、ひぃ、悪かった、助けてくれぇ」


 ボロボロになった裁定官は、体中の痛みにのたうち回りながらわめく。


「助けてくれって言ってるぞ。助けを求められて応えるのは、医者として当然なんだろ?」


 カオルコは皮肉っぽく言う。


「ほう、そうなのか。そりゃ残念だ。俺にはこいつの言葉がわからないからな」


 クローフはとぼけたように答えた。

 二人して、小さく笑う。


「また抵抗されるとやっかいだ。その前にこいつらを縛り上げておこう」

「ああ。縛る道具なら、事欠かないだろうからな」


 鋭利な棘のついた拷問椅子の革ベルトを見やり、カオルコは返した。



 一人残されてしばらく、エルネストは恐怖に身を竦ませて震えていた。

 この魔女裁定場は地下に位置している。

 入り口には鉄の扉があり、通気口にも鉄の格子がはめられている。

 鉄には魔法を使うために必要な魔素と魔力を通さない性質があり、そのためにここへ収監された魔女は満足に魔法が使えない。

 だから助けを求めるために行使した召喚魔法は、収監されたばかりの彼女が体内に貯蓄していた魔力を全て用いた最後の手段だった。


 私を、私達を救える人間を。


 そう願いを込め、彼女は召喚を行った。

 その願いに応えて、召喚された二人は間違いなくその力を持った人間だ。

 それなのに、連れて行かれてしまった。

 自分には、最後の希望であるはずの彼女らが、みすみすと連れて行かれる様を見守る事しかできなかった。

 その罪悪感と無力感に、彼女の心は打ちひしがれた。


 もう、ここで苦痛の果てに命を潰えさせるしかないという絶望だけが、彼女の心を占めていた。


 その時、耳をつんざくような奇怪な音が扉の外から聞こえて来た。

 それは今まで聞いてきたどのような魔法よりも苛烈で攻撃的な連発音。

 音が止むと、外でどさりと何かの倒れる音がした。


「何……?」


 未知の轟音に怯え、エルネストは呟く。

 それに加え、何者かの足音がこちらへ近付いてきていた。

 それもまた、彼女の恐怖を助長する。

 間もなくして、鍵を開ける音がした。


 扉が開かれる。


 そうして姿を現した人間を見て、エルネストは「え?」と小さな驚きの声を漏らした。

 室外から差し込む松明の光に照らされ、仄暗い室内へ映し出されるのは女性のシルエット。


「無事か? エルネスト」


 そう気遣うように訊ねる彼女は、右手に見た事のない武器を手にしたカオルコだった。


「あ、あなたは……」


 後光を背負う彼女の立ち居姿を目の当たりにして、エルネストは目じりに涙を溜めた。


「立てるか?」


 そう言って、カオルコは左手を差し出す。


 やはり彼女は、私達の希望だ。

 私達の願いは、聞き届けられたんだ……。


 エルネストは胸を歓喜に震わせ、その手を取った。




 その施設は地下を全て収容区画として使用し、地上は職員の居住区となっていた。

 捕虜を全てクローフとエルネストに任せ、カオルコは地上の居住区へと単身乗り込んだ。

 地下の異変には気付かれていなかったらしく、戦闘準備が整えられた様子はなかった。

 そのため彼女の突撃は完全な奇襲として機能した。

 なおかつ銃器の有無は決定的であり、それが何であるかもわからない人間相手であれば想像以上の効果を発揮する。

 抵抗する者もいたが容赦なく排除し、その様を見ていた他の裁定官達はすぐにカオルコに従う意思を示した。

 そうして施設を完全制圧した時には、窓から夕陽が射し始めていた。



 施設の中庭の一角に、捕虜とした裁定官が集められていた。

 そこから離れた場所には、捕らえられていた人々が集められ、クローフがその治療に当たっている。

 今はエルネストに言葉を通じるようにしてもらったので、事細かな症状の把握に努めているようだ。

 カオルコは捕虜を監視するため、施設の壁に背を預けてその様子を見ていた。


「カオルコさん」


 声をかけられて見ると、エルネストが歩み寄ってきていた。

 それを確認すると、カオルコは黙ったまま再び捕虜の方に目を向けた。

 そんな彼女の横にエルネストは並び立ち、同じ方を見た。


「エルネスト、あいつらは何者だ」


 カオルコは質問する。


「彼らは、ビルリィ教の信徒です」

「ビルリィ教……。どうして、お前達は捕らえられていたんだ?」

「魔女だからです。いいえ、違いますね。魔女だと疑われていたからです」


 言って、エルネストは捕らえられていた人々に目をやった。


「私は疑いようもなく魔女です。あの中にも、何人かその才覚を持つ者はいるでしょう。でも、魔女じゃない。魔導を探求していたわけでもない、ただ疑われただけの一般市民」

「魔女、か……。魔法が本当にある、と言いたいのか?」


 カオルコが訊ねると、エルネストは思いもよらず大仰に驚く様子を見せた。


「あるでしょう? あなたのその武器も、魔法の一種でしょう?」


 さも当然とばかりに言う。


「違う」

「音が鳴って、火が噴き出して、相手は死ぬ。原理はわかりませんが、魔法じゃなくてなんだというのです?」

「銃器だ」

「ジュウキ? そうなんですか……」


 納得した素振りを見せたが、彼女は釈然としないふうであった。


「で、魔女狩りか?」


 カオルコに問われ、「魔女狩り……」と言葉を反芻してからエルネストは頷いた。


「どうして、連中はそんな真似をし始めたんだ?」

「邪悪なる魔女をこの地より駆逐する。というのが、一般的に公表されている理由です。それが本当なのかどうか、私にはわかりませんが……」


 彼女は言葉を切ると、真剣な面差しでカオルコに向く。

 同じようにカオルコもそちらに向くと、エルネストは口を開いた。


「それでも、彼らは私達を殺そうとしています。だから、改めてお願いします。私達を救ってください。虐げられた私達を。無辜でありながら摘み取られる私達の尊厳と命を……」


 その言葉は切実で、偽りない本心からの物だった。

 その願いの強さが、カオルコにも伝わる。


「今にも、別の裁定場では審議と称した拷問を課せられ、罪もない人々が屈し、火刑台へと送られています。そんな人々を助けるために、どうか力を貸してください」

「魔法があるのなら、何故それで反攻しない?」

「彼らの組織力は大きく、そして魔女を封じ込める術を持っています。到底、抗える物じゃありません。それに、本当の魔女はもうこの地に私しか残っていないんです」


 カオルコはすぐに返答しなかった。


 罪もなき者を虐げ、罪科の権化と喧伝する。

 そのような欺瞞がまかり通っているのは何故か……。

 権力者が己の利権を守るためだ。


 理由として、カオルコの脳裏に過ぎったのはそんな考えだった。

 共通する偽りの敵を作り、それに抗するという名目を掲げ、自らの正当性と意義、そして権力を示そうとしている。

 同時に逆らおうとする者は何かと理由をつけて、始末してしまえばいい。

 それこそ、魔女であるから、と……。


 思えばカオルコ達は、今までもそんな相手と戦っていたのだ。

 彼女の父と仲間達は、虐げられ、貧しさに喘ぐ民のために戦っていた。

 国家の軍を相手に、少ない人員を駆使して対抗していた。

 その志も、もう潰えてしまったが……。


 結局、カオルコは答えを返さなかった。


「疲れた……」


 ただ一言、代わりにそんな言葉を漏らした。


「だったら、ベッドでお休みしては? もう、ここは私達の物なのですし」


 言われ、カオルコは施設を眺めた。

 石造りで頑丈さは申し分ない。

 外壁があり、砦としても機能するだろう。


「いや、ここでは休みたくない。落ち着かない」


 そう答えた時、丁度クローフが二人のそばに来た。


「でかい馬車を見つけた。二台ある。全員、乗れそうだ」

「わかった」


 二人の会話に、エルネストは驚きの声を上げる。


「え、ここから離れるつもりなのですか?」

「ああ」

「そんな、せっかく陥落させたのに……」

「この面子でここに陣取って、勝てるほどに相手は小さいのか?」


 カオルコが問うと、エルネストは押し黙った。

 しばしの後、訊ね返す。


「じゃあ、どこにいくつもりなんですか?」

「そうだな。とにかく、この大人数を連れて休める所がいい……。たとえば……」


 カオルコは瞳を閉じ、情景を思い出す。

 彼女にとって、心休まる場所。

 ホームグラウンドと呼ぶべき場所を……。


「森がいいな。高温多湿で、濁った川が流れてて、獰猛な動物の鳴き声が聞こえるような……。そんな森が……」

「休まりそうにないですね」


 エルネストは苦笑いしながら感想を述べる。


「それでも、そんな場所がいい」


 カオルコは空を仰ぎ、疲れの滲む声で言った。

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