五話 魔女王の帰還
カオルコ達を乗せた馬車はハリントより東へ進み、ミリーク山の中へ入った。
ガタガタの馬車を弄んだ山道は途中で途切れ、馬車が停車する。
「ここからは徒歩です」
クリスタニアが告げる。
「わかった。仲間の死体はどうする?」
「置いていきます。本拠地の人員と一緒に運ぶつもりです」
「その時は声をかけろ。私も参加する」
「はい」
魔女達は道のない山の中へ分け入り、進む。
「それにしても、まさか前と同じ山に本拠を作るとはな。所在がバレないのか?」
歩きながら、カオルコは訊ねる。
「前の本拠地と位置は変えてますし、同じ山と言っても広いですからね。罠も大量に仕掛けていますから、場所が解かっていても容易には攻めて来れませんよ。あ、固定銃座もあります。迎撃用に」
「なるほどな。しかし、知らない顔ぶれも増えたな」
カオルコは、後に続く魔女達を一瞥して言う。
「ええ。残っていた裁定場から助け出した魔女達です。ただ、それ以降は一人も増えていませんが」
「らしいな」
「ティラーが死んでから、魔女の嫌疑をかけられる人間がいなくなりましたから」
「これ以上、魔女は増えないというわけだ」
「苦しむ人間が増えないなら、それはいい事なのかもしれませんね」
「……どうかな?」
「え?」
「恐らく、それは今だけの事だ。魔女の反乱が片付けば、また奴らは魔女狩りを始める。今は魔女の仲間を増やしたくないから、中断しているだけだろう」
「なるほど……。そういう事ですか」
人員に限りがあるとは、厳しい戦いになりそうだ。カオルコは思った。
その時である。
カオルコの背負うARKがかすかに震えた。
同時に、頭上の木の上から黒い人影が飛び降りた。
カオルコは影を見上げ、繰り出される蹴りを一歩引いてかわした。
それに反応した他の魔女が人影へ銃を向ける。
「止めろ! 撃つな」
クリスタニアはそれを叫んで止めさせた。
次いで来る拳をパリングし、カオルコは拳を振るう。当然のように防がれる。
前蹴りからのジャブを潜り抜け、タックルを試みるが相手は一歩退く。肘落としで背中を狙ってくる。
わざと体勢を崩して前転、肘を避ける。追撃の蹴りを両腕のクロスで防ぎつつ、相手の軸足を蹴りつける。
倒れた相手に覆いかぶさるが、巴投げの要領で引き剥がされた。
互いに地面に倒れた状態から、瞬時に立ち上がって向かい合った。
そして、どちらともなく構えを解いた。
「久し振りだな。ウーノ」
「……うん。会いたかった。カオルコ」
襲撃者の正体はウーノだった。
「腕を上げたな」
「ありがと」
ウーノは表情を変えないまま礼を言った。
「ウーノ。驚きましたよ」
クリスタニアが呆れた口調で言う。
「ごめん。でも、ちょっと試したかった。自分がカオルコに勝てるか。勝てなかったけど」
「やるのなら、こんな奇襲まがいの方法じゃなく、訓練場でやってください。これから、カオルコ様も本拠にいらっしゃるのですから」
「わかった。そうする」
ウーノはカオルコに向き直る。
「着いてきて」
「ああ」
「お帰り、カオルコ」
「ああ」
ミリーク山のある一帯。
数時間前、そこにアルカ国の部隊が分け入っていた。
目的は魔女の本拠を発見し、情報を持ち帰る事である。
だが、今はもう彼らに軍隊としての形はなかった。
もう今は、骸と敗残兵しか残っていないのだから。
そして今、最後の一人が頭蓋を銃弾で撃ちぬかれて事切れた。
五十人からなる偵察部隊は、今余す所無く命のともし火を消されたのだ。
「大当たり〜。最後の一人だな」
赤い髪の少女が、双眼鏡を覗き込んで言った。その口元は楽しげな笑みに歪んでいた。
その少女は片方の耳が欠損していた。
「流石はエルキオ姉ぇ。眉間ど真ん中だよ」
「ありがとう。ミカ。これくらいの距離なら、絶対に外しませんけれどね」
そう答えた少女は、構えていたスナイパーライフルから顔を上げた。
白髪の彼女は、ライフルを構えている間からずっと瞑目し続けていた。
「掃除はおしまいだね。さ、ガウリとウィリアに合流しなくちゃ」
ミカと呼ばれた少女は、装着していた通信機を作動させる。
「こっちは片付けた。そっちは?」
「「終わったよ」」
通信機から、物静かな声が返ってくる。
「「それより、さっき長距離通信が入ったんだけど」」
「どんな」
しばらく、通信機に耳を傾けるミカ。
「ふーん、へぇ……。ハハハ」
「どうしました?」
その様子を不審に思い、エルキオは声をかけた。
「帰ってきたんだってさ」
「え?」
「カオルコ様だよ。帰ってきたんだってさ! 魔女の巣に! ハッハハ! こんな楽しい事はないね、アッハッハ!」
「本当ですか!?」
「嘘なんか吐かないよ。ハハハ。うーれしーいねーっ!」
「そうですね。嬉しいですね」
「これは会いに行かなくちゃねぇ」
「ええ、そうですね。ふふふ」
二人の少女の笑い声が、他に人のいない森林へ響いた。




