四話 敵意の眼差し
「な、名前を憶えていてくださっていたのですか?」
クリスタニアはカオルコに名前を呼ばれ、その嬉しさに顔を上気させた。
「当たり前だ。仲間の名前は忘れない」
「そうですよね!」
そうだ。
彼女は誰よりも仲間を大切にする方だ。
改めてその事実を認識し、クリスタニアは心に込みあがってくる感情を覚えた。
「それより、早めにここを離れるぞ」
「はい。この拠点は惜しいですが、所在がばれたアジトに意味はありませんからね」
「ああ。それに……ここは敵が多すぎる」
カオルコは周囲の建物へ目を向ける。
家屋の中から、こちらを見る目があった。
それも一つ二つではない。
怯えと憎悪を含んだそれらの視線は、この街に住む人々の物だ。
「……指揮官はお前だな、クリスタニア」
「はい。私です」
「この後は本拠に戻るのか?」
「はい。報告もしなくてはいけませんし、そうなります」
「なら、本拠地に着くまで指揮下に入らせてもらう」
「え? よろしいのですか?」
「問題はないはずだが?」
「はい。もちろんです! えーと、まずは敵に鹵獲された武器と仲間の遺体を回収する。その後、本拠地に向かう。という事でよろしいですか?」
「いいんじゃないか? 何故聞く?」
「はっ、失礼しました。速やかに準備いたします」
クリスタニアの用意した兵員輸送用の大型馬車に乗り、カオルコ達は本拠地へ向かう事になった。
荷台にて座り込む、カオルコにクリスタニアは声をかけた。
「あの」
「何だ?」
「カオルコ様は今までどこにいたのですか?」
「聞いていないのか?」
「療養中という話は聞いていましたが、居場所に関しては極秘でしたので」
「そうか。メルニッツという町だ」
「西方ですね」
「本拠地へ向かう途中、ハリントを経由する予定だったんだが……」
「そのハリントが丁度襲撃されていたわけですか。私達は、運がよかったのですね」
「やりようによっては数の不利も覆せる。もう少し、戦い方を覚えるんだな」
「はい、それは今回で痛感いたしました……」
クリスタニアはうな垂れた。
「そういえば「敵が多すぎる」とはどういう事でしょう?」
ハリントの町で、カオルコが言った言葉だ。
アルカの兵士は殲滅した。あの場に敵はいなかった。
それでも彼女はそう断言した。
クリスタニアにはそれが気にかかっていた。
「敵はみんな武器を持っているわけじゃない。作戦の始めに、こちら側の見張りが排除されたのは何故だと思う?」
「え? それは……前もって、こちらの情報を得ていたという事ではないでしょうか?」
「そうだな。なら、誰が情報を漏らした? 魔女の誰かか?」
「それはありえません」
クリスタニアはきっぱりと言い切る。
「私達は異端です。帰る場所などどこにもなく、魔女以外に信じられる者はいない。裏切る者は、どこにもいません」
「私も同意見だ。魔女の居場所は魔女の下にしかない。ならば、情報を流したのは街の住人だろう」
「街の住人が?」
「魔女は連中にとって平和を脅かす敵だからな」
「私達は、ただ潜伏していただけです。何も手は出していません」
「そこらは、ビルリィの教義のせいとしか言えないな。奴ら曰く、魔女は滅するべき邪悪な存在だからな」
「気付かれるような事もしていません」
「ビルリィには週に一度の礼拝があるらしいな。参加していたか?」
「……いいえ。魔女なら誰も、近付こうとすらしませんよ」
「ある日を境に街で見かけるようになった女だらけの集団。その誰もが礼拝に来ない。どう考えても怪しいだろう」
「……言われてみれば、そうですね」
カオルコは溜息を吐いた。
「しかし、この国には相変わらず魔女の居場所がないらしいな」
「いえ、そうとも言い切れません」
否定の言葉が返され、カオルコは意外そうな顔でクリスタニアを見た。
「あなたのいる場所。そこが私達の居場所です」
「……好かれたもんだな」
カオルコは苦笑いで応じた。




