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鉄火の魔女王  作者: 8D
アルカ国革命編
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一話 勝利の先にあったもの

一話 勝利の先にあったもの




 カオルコは目を覚ますと、体を起き上がらせようとした。

 しかし、起き上がるためについた手が、意図せず曲がる。

 おかしいと思いもう一度試すが、そもそも腕が曲がったまま動かなかった。


 力が入らない。


 そう思って、仰向けのまま自分の腕を見る。

 元々細かった腕が、一回り細くなっていた。

 まるで、骨と皮膚の間に本来あるはずの骨が消失してしまっているのではないかと疑ってしまう細さだ。


「カオルコ様!」


 悲鳴にも似た驚きの声が聞こえる。

 そちらを見ると、一人の女性がいた。

 手に持っていた物を取り落とし、口元へ手をやっていた。

その顔には信じられないという表情が張り付いている。

 薄っすらと涙の滲む目で、彼女はカオルコを見ていた。


 カオルコは彼女に見覚えがあった。

 恐らく、医療魔女の一人だ。


「お目覚めになられたのですね」

「ここはどこだ? 何があった?」

「ここはアルカ国西方。メルニッツの町です。あなたはあの日、ティラーを殺した日から四ヶ月、眠り続けていたんです」

「なるほど……」


 カオルコは納得する。

 それだけの間眠っていれば、確かに体も萎えるだろう。

 自分の体を支える筋肉が、今はないというわけだ。


 ティラーには勝利したが、その時にカオルコは深い傷を負っていた。

 血液を大量に失い、死んでしまってもおかしくなかった。

 命は助かったが、その後遺症で今まで意識が戻らなかったのだ。


「それで? ビルリィとの戦いはどうなった?」


 医療魔女の表情が曇る。


「勝利はしました。ええ、きっと勝ったのでしょう。ビルリィには……」


 歯切れの悪い言い方だった。

 カオルコは怪訝な表情を向ける。


「何があった?」

「今はお休みください。明日、お話します」

「……わかった」


 カオルコは素直に従った。

 医療魔女が部屋から出て行くと、自分がいる部屋を見渡す。

 石造りの壁に、木製の窓枠。その外には白い景色がある。

 寒々とした雪景色だ。

 前の世界、最後の戦場では絶対に見られない光景だ。

 向こうで最後に見たのは、父親の故郷へ連れて行ってもらった時だ。

 何度か行っているが、雪を見たのはその一度だけだった。


 父さん……。


 カオルコはベッドの下へ手をやった。そこにある物を撫でる。

 彼女が撫でる物は、AKだった。

 いや、もうAKではなく、ARKと呼ぶべきだろう。

 ARKはベッドの、カオルコの死角となる場所に立て掛けられていた。

 しかしカオルコには、すぐにARKの在り処がわかった。

 どういうわけかわからないが、そこにあると何故か感じられた。

 不思議な繋がりのような物を感じた。


 ARKがほんのりと熱を帯びる。

 まるで、人肌に触れるような暖かさがカオルコの手に伝わった。

 彼女の心に安堵が広がる。


 まだ休んでいていい。

 そう言っているように思えた。

 もう何日も眠っているのに、眠気を覚える。

 その眠気に導かれるまま、彼女は眠りに落ちた。




 その翌日、カオルコが目を覚ますと、そこには見慣れた髭面があった。

 クローフだ。


「ドクター」

「ようやく起きたか」

「ちょっと長すぎる休みをとっていたみたいだな」

「まだ足りないくらいだがな」

「それで? 今の状況は? どうなっている」


 クローフは溜息を吐く。


「正直に言えば、今のお前には話したくない。無茶をするのが目に見えているからな」

「いいから話せ」


 クローフは渋い顔をしてから口を開いた。


「お前がエルムル山でティラーを倒した後、俺達が王都支部を潰した事もあってビルリィは弱体化した。そして、そんなビルリィをアルカ国は弾圧した」

「アルカ国……。この国の名前だったか。しかし何故?」

「この世界の情勢を詳しく把握しているわけじゃないが、エルネストが言うにはビルリィのこの国における権力が大きすぎたためだという話だ。王は、それが気に入らなかった」

「目障りな物を潰したかったという事か」


 クローフは頷く。


「それで? まだ終わりじゃないんだろう?」


 これで話が終わりなら、クローフは自分が飛び出していく状況を想定しなかったはずだ。


「当初アルカ国は魔女と協定を結んで、ビルリィを弾圧した。だが、ビルリィの勢力が半減すると次に魔女の弾圧を開始した。ビルリィと協定を結んでな。ビルリィはこの国において国教だ。それもおかしくない話なんだが……」


 カオルコは怪訝な顔をする。


「ビルリィが応じたのか?」


 それまで良いように攻撃してきた相手に、あっさりと迎合するとは思えなかった。


「ああ。その辺りは何故なのか、エルネストにもわからなかった。ただ、ビルリィにとって魔女は滅ぼすべきものだ。その教義が消えたわけじゃない」

「教義に殉じるためなら、恨みは捨てる、か……。たいした聖職者だ」

「違いない」


 カオルコの言葉に応じ、クローフは小さく笑った。


「つまり、戦いは終わっていない……。そういう事だな?」

「ああ、そうだ」

「わかった」

「まだ、お前をこの部屋から出すつもりはないぞ」

「それもわかっている」


 カオルコは自分の手を目の前に持ってくる。

 普段より、一回り細い腕だ。


「今は戦う事すらできない。だから、今はその力を取り戻す事に専念する」


 視線をクローフへ移した。


「ドクター。あんたにも、手伝ってもらうぞ」

「……ああ、わかってるさ。任せておけ」


 勝利の先、彼女の前にはまだ依然として戦いがあった。


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