エピローグ 鉄火の魔女王
修行中の寿司職人カオルコは、ある日異世界へと飛ばされる。彼女は一番得意の寿司である「鉄火巻き」を武器に、異世界の料理人達と熱いバトルを繰り広げる。
という内容をタイトルから想像していた方は何人いたんでしょうね? 皆無ですか?
ビルリィ教、ボマス支部と総本山の神殿への魔女の襲撃があって三年。
あの日よりアルカ国は、戦乱の渦中にあり続けた。
それは魔女達のビルリィへ対する反乱が発端となり、教主ティラーの死を以ってしても終わらなかった。
ティラーの死によって力を衰えさせたビルリィ教に対し、アルカ国の国王は積年の屈辱を晴らすように弾圧を行った。
魔女達はビルリィの衰退に、自らの平穏を見た。
しかし、それは実現されなかった。
ビルリィを手中に置いたアルカ国は、次に魔女の徹底的な弾圧を始めたのである。
衰退したとはいえ、ビルリィは国教である。
国民の支持を得るために、魔女の存在は許されなかったのだ。
魔女達はそうして、国との戦いを余儀なくされた。
そして三年。
過酷な戦いを経て、アルカ国に勝利した魔女達はようやく平穏を手に入れた。
戦いが終わり、戦後処理が落ち着いたある日の事。
その日、アルカ国で新しい王のスピーチが行われた。
それは、アルカ国が魔女の国となった歴史的な日であった。
首都ボマスの王城。
玉座の間。
広いその部屋には、玉座と対面するように多くの魔女達が立ち並んでいた。
彼女達は三年の激戦を戦い抜いた七百名以上の魔女達である。
彼女達の視線の先、玉座には一人の女性が座っていた。
キラキラと輝く質の良い服を着たその女性はエルネストであった。
エルネストは緊張したように一つ息を吐くと、意を決して立ち上がった。
数多の瞳を向けられる中、口を開く。
「私達はこれまで理不尽な弾圧と排斥を打破し、自由を勝ち取るために戦ってきました」
エルネストの最初の言葉。
それを耳にして、玉座の間にいる魔女達がざわめいた。
それは歓喜による興奮が漏らした吐息、一人一人が小さく吐き出したわずかな声の集まりだった。
「長く厳しく、いつ終わるかもわからない戦いの日々を私達は越えてきました。そしてそれは今結実し、今日という日を迎える事ができたのです」
続く言葉に皆が共感していた。今までの戦いを思い出し、目尻に涙を浮かばせる者も少なくない。
「私達は勝利し、自由を勝ち取りました。そして、皆様の意向によって私は、魔女を導く王としてこの場に立っています」
「「「魔女王様――っ!」」」
複数の魔女達が一斉に叫んだ。
エルネストは照れたように顔を赤くする。
「はい。そんな呼び名までいただきました。その呼び名を実際の物とするために、これからも尽力していきます。まだ自覚も力もない王ですが、皆様どうかご協力ください」
エルネストは頭を下げた。
「「「はーい」」」
数名の魔女達が返事をする。
エルネストは苦笑した。
その顔を引き締める。
そして再び、真剣な口調で言葉を紡ぎだした。
「さて。話を戻します。私達は自由を勝ち取りました。けれど、私達の戦いがこれで終わるわけではありません」
エルネストの言葉に、魔女達は押し黙った。静かに耳を傾ける。
言葉を切って、魔女達を眺める。そして再び口を開いた。
「ですが、それは今までの戦いとは違います。
今まで私達は、自由を勝ち取るために戦ってきました。
ですが、これからは違います。
我々はすでに自由を手に入れました。
それでも戦わなければなければならないのは、護るためです。手に入れた自由を手放さないために。
手にした自由を踏み躙られないために、これからは戦わなければならないのです」
魔女達は険しい戦士の顔つきでエルネストの言葉を受け止めた。
これからすぐに戦いへ挑むかのように、皆が緊張感を孕んでいた。
「その厳しい戦いをこれからも皆で乗越えていきましょう。決して、魔女という名が排斥の対象とされないように。これから魔女と呼ばれる人々のために。これより魔女の国となるアルカ国を皆で護っていきましょう」
一際強い調子でエルネストが告げると、「おおおぉーーーっ!」と魔女達の猛々しい声が玉座の間に響き渡った。
スピーチの成功に、エルネストは安堵の息を吐く。
そして、後ろを振り返った。
玉座の右隣には、クローフとアレニアが立っていた。
戦いの最中、幹部として尽力した二人である。
しかしそこに他の二人、カオルコとウーノの姿はなかった。
王城の外。敷地内の庭にて。
二人の女性が木にもたれかかって座っていた。
揺れる木陰の中で何をするでもなく、彼女達は隣り合って座っていた。
一人は緑のタンクトップと迷彩柄のズボンを履いた女性で、髪は肩ぐらいのセミロング、色は黒。瞳もブラウンだ。
筋肉質な体つきだが、女性特有の丸みをしっかりと実装された体である。
特に胸部の主張が著しく、タンクトップではそれを支え続ける事に不安があった。
布地が張り詰め、今にも弾け飛びそうな程である。
その側らでは、一丁のアサルトライフルが木に立て掛けられていた。
もう一人は彼女と比べて慎ましやかで、全体的に細身の少女だ。
身長も低い。
彼女も黒髪であり、隣の女性と同じようなセミロングだ。
彼女は全身を黒で固めた服装に、黒の外套を羽織っていた。
同じ色合いの髪から、二人はまるで姉妹のように見えた。
「カオルコ様」
声をかけられ、胸の大きな方であるカオルコは顔を上げた。
向けた視線の先で、二人の魔女が立っていた。
片方の耳が欠損した少女と杖をつく瞑目した少女の二人だ。
二人とも、カオルコと同じ服装をしていた。
一人は昔カオルコが手ずから裁定官の処刑に立ち合わせた少女であり、もう一人は最初の裁定場にて助け出した目と膝を潰された少女だ。
あれから二人とも戦闘魔女に志願し、今は比較的ベテランの戦士になっていた。
「どうして、スピーチに参加なさらなかったのですか?」
瞑目した魔女が丁寧な口調で訊ねてくる。
二人とも、玉座の間に来なかったカオルコとウーノを探しにきたのだ。
「ガラじゃない。私に出来るのは、せいぜい戦う事だけだ。国がどうこうという場所にいても、何の役にも立たないだろう」
カオルコは本心から答えた。
その答えに、二人の魔女は顔を見合わせた。
ティラーとの戦い直後、カオルコは意識を失った。
血と魔力を失いすぎて、そのままでは死んでいたであろうカオルコを見つけたのは、ウーノだった。
カオルコを心配していたウーノは、休息を済ませるとすぐにクローフ達を追った。
そうしてボマスでクローフ達と合流したウーノだったが当のカオルコはおらず、もう一つの心当たりである総本山へ赴き、そこで瀕死のカオルコを発見したのである。
同行したクローフの助けで、カオルコは死を退ける事ができた。
「カオルコ様ぁ、役に立つ立たないの話じゃないんじゃない?」
耳の欠けた魔女が、馴れ馴れしい口調で諭そうとする。
「エルネスト様も大事だけど、また違った意味でカオルコ様も大事なんだから。みんな、カオルコ様の姿を見たいし、言葉も聞きたいんじゃない」
カオルコはその言葉に答えず、小さく鼻を鳴らす。
「彼女の言う通りです。あなたは、鉄火の魔女王様なんですから」
瞑目した魔女が言うと、耳の欠けた魔女が「やめろ」と言うように肘でその脇腹を突いた。
しかしそれは遅く、彼女の発言を不審に思ったカオルコはピクリと耳を動かした。
「鉄火の魔女王? なんだそれは」
耳の欠けた魔女が一度手で顔を覆うと、気を取り直してカオルコに向き直った。
説明する。
「カオルコ様の敬称」
「初めて聞いたぞ。それに、魔女王はエルネストだろう?」
「そう、魔女王はエルネスト様に決まった。だから、みんなは隠れてカオルコ様を鉄火の魔女王と呼んでいる」
カオルコは怪訝な表情になる。
その顔は若干赤かった。
「やめろ。恥ずかしい」
「いいえ、やめません」
カオルコの言葉に、瞑目した魔女が反論する。
「カオルコ様は、私達にとって尊敬すべき大事な人です。とても偉大な存在なんです。そういう人は敬称で呼びたいものなのです。そして、そんな大事な人からの言葉をみんなは期待しているのです」
えへん、と胸を張りながら魔女は続けた。
「しかたない……行こう」
カオルコは溜息を吐いた。立ち上がる。
その様子を見ていたウーノも同じく立ち上がった。
二人の魔女は嬉しそうに笑う。
「はい。案内します」
二人に連れられて、カオルコとウーノは玉座の間へ姿を現した。
玉座の左隣に立つ。
すると途端に、「ワァーッ!」という歓声が魔女達から上がった。
玉座の間が震えたのではないか、と錯覚するほどの大音声だ。
「たいした人気だな。鉄火の魔女王」
クローフが玉座越しにカオルコへ言葉を向ける。
「うるさい。筋肉の魔男王とでも呼ばれてしまえ」
カオルコは言葉を応酬した。
「人気者が来てくださったみたいですね。では、主役を交代しましょうか」
エルネストが言いながら、玉座に着く。
カオルコに前へ行くよう手で促す。
苦々しい表情でそれを受け取り、カオルコは前へ出た。
大勢の魔女達の前でカオルコは佇む。
魔女達から彼女に向けられる視線の一つ一つには、信頼と期待が込められていた。
これから先に何が待っていようと、彼女がいれば大丈夫だという安心感がその感情を生み出している。
結構な重圧だ。
戦いが終わって、折角お役御免になると思ったんだがな。
報酬もまだ貰っていないというのに、またこんな役目を押し付けるなんてな。
カオルコは内心で苦笑した。
しかし大変だと思いながら、カオルコは彼女らを見捨てようと思えなかった。
手に持ったAKを見る。
応えるように、AKが熱を帯びた。
ここの魔女達もまた家族だ。
今のカオルコは自然とそう思えるようになっていた。
ティラーを破ったその日。
AKの中にある物を知った時から、カオルコは新しい家族のために戦う事を決めた。
独善的な権力者の打倒。
弱者の勝利。
それを傍観するのではなく、彼女は積極的に行動してもぎ取った。
この地をバラックとしてではなく、ホームとして。客人ではなく、当事者として彼女は戦った。
そしてこれからも彼女達と戦うのだ。
鉄火の魔女王の呼び名と共に。
一応、これで今ある分は全てです。
連載したいと思っています。
でも、多分かなりのゆっくり連載になると思います。
この話を楽しんでいただけた方は、気長にお待ちください。




