二十三話 最後の一手
動物の鳴き声すら聞こえない、静かな山中の森。
その静寂を裂いて、連続した銃声が響いた。
少し遅れて、金属同士のぶつかり合う音が響く。
カオルコとティラーが繰り広げる攻防の音だ。
広い森林をカオルコは縦横無尽に動き回って戦い、ティラーは走る事もなく緩やかな足取りでそれに対していた。
木々に身を隠しながら死角を衝いて銃撃するカオルコだが、ティラーはそのことごとくを剣や鎧で防ぐ。
それと同時に、的確な精度でカオルコへ剣を飛ばして反撃した。
その攻防を二人は三十分以上続けていた。
思うように攻撃を当てられない状況に、カオルコは焦れ始める。
何か決定打がないか、と模索しながらも、苛立ちが短絡的な戦法を取らせてしまう。
事態が動いたのはそんな時だった。
カオルコが再び身を隠し、銃撃を加えようとした時だ。
ティラーの背後に隠れて隙をうかがうカオルコだったが、ティラーは不意に振り向いて剣を放って来た。
「!」
すぐに回避するカオルコ。
しかし、驚きのあまり行動が遅れた。
ティラーの剣は木を貫通し、そこに隠れていたカオルコの大腿部を切り裂いた。
痛みに顔を顰めたカオルコは、しかし足を止めずにその場から走って逃れる。
切られた右足からは、一歩を踏み出すたびに血液が飛び散った。
ティラーが彼女を探し当てたのは、右目にある赤い宝石の力だ。
宝石は代々の教皇が継承される品であり、全てを見渡し、見通す目である。
自分の全周囲にあるものを把握でき、物体を透視する事もできる。
そのうえ、温度すらも見えるのだ。
狙撃したカオルコを発見したのも、ティラーが持つそれらの力によるものだ。
聖なる宝玉として受け継がれたものであるが、それは紛れもなく魔法使いが作成した魔術の品であった。
しかしティラーはそれを知らず、奇跡の賜物として宝玉を使っている。
「とどめとなりませんでしたか」
ティラーは呟き、遠くにあるカオルコの姿を見やった。
そちらへ向けて歩き出す。
カオルコはある程度の距離を逃げると、木にもたれかかって座った。
服の袖を破り、包帯代わりに足を縛る。これで出血がある程度抑えられるはずだ。
幸いにも、傷は大きな血管を少し掠った程度だろう。
それでもこの出血だ。
このまま流れ出続ければ、失血死をまぬがれない。
動かずにじっとしていれば、止まるかもしれない。
だが、それをティラーは待ってくれないだろう。
「はぁ……」
木に身を任せ、カオルコは力を抜いた。
血の止まらない傷口を見て、死の近さを実感する思いだった。
確実な死の形を見せられた気分だ。
心細くなって、AKを抱き締める。
このままじっとしていれば死ぬ。
しかし、動き回って戦っても失血死する。
満足に動けるのは五、六分程度で、その間にティラーを殺せるかと言えば望み薄だ。
もうここから動けない。
それでもティラーを殺すチャンスがあるとすれば、ティラーが自分の射程距離に隙を晒して入ってきた場合ぐらいだ。
そんな事、あまりにも希望的な観測だ。
足りない。
聖鎧を貫く弾丸だけでは、奴を殺せない。
あと一手……。
あれを殺すにはもう一つ、何か必要だ。
そしてその何かは、手元にない。
彼女にあるのは、このAKだけだ。
「くそ……私にはもう、何もないのか……」
あいつを殺せない。
その上、このままでは自分は死ぬだろう。
父さん。どうやら私も、そっちに行けるみたいだ。
また、会えるね……。
カオルコは父の顔を思い浮かべた。
父と、そして数々の戦場を共にした仲間達の顔を……。
「ああ、また会える」
声が聞こえた。
それと同時に、カオルコは何かの繋がりが切れる感覚を覚えた。
自分の中から今まであった不純物が取り除かれるような不思議な感覚だ。
悲しさが一瞬、心を占める。
エルネスト……。何故か、彼女の名前が思い浮かんだ。
しかしそれも束の間、手の中にあるAKがにわかに熱を帯びた。
カオルコは驚いてAK‐47を見る。
そうして見たAKに、変化が起こっていた。
「これは……」
呟き、カオルコは銃を指でなぞる。
AKと文字が刻まれていた部分だ。
そのAとKの間に、もう一つの文字がしっかりと刻まれていた。
それは【R】の一文字だった。
「ARK……ARK for7……」
カオルコは刻まれた文字を言葉にする。
「そうか……みんな、そこにいたんだな」
「這いずる炎」
エルネストの唱えた魔法が、言葉を解して空気中の魔力に伝わる。
意思を含めた言葉が伝わると、魔力はその意思に応え始める。
振り払うように薙いだ手と連動して、炎が床を走った。
蛇の如く蛇行しながら進む炎は、蛇のように鈍重な動きではなかった。
炎は先を走るフォリオを追い越すと、彼女を中心に閉じ込めるための円を描いた。
円を描く炎は彼女を囲むと高く燃え上がる。
「うはぁっ! これは!」
フォリオは驚いて声を上げる。
「はぁはぁ……解かっていると思いますけれど……ふぅふぅ、一度燃えてしまったものは……魔力が尽きても燃え続けます」
走り回った事で息切れしながら、エルネストはフォリオとの距離を歩いて詰めていく。
普段から運動不足な事もあり、彼女の顔は汗にまみれていた。
彼女は歩いて近付きながら息を整える。そして、
「つまりこの炎はすでに、魔術じゃありません」
と人差し指をフォリオへ突きつけた。
「なるほど……。それじゃあ、この白衣でも防げない。燃えちゃうね」
炎の熱と焦りで、フォリオも汗だくになりながら言う。
「さぁ、降参してもらいますよ?」
降伏勧告をするエルネスト。しかし、フォリオは答えなかった。その代わりに、彼女の肩が小刻みに揺れだす。
その様子を不審に思い、エルネストは怪訝な顔になる。
「ふふふ、ふははははっ!」
唐突に笑い出すフォリオ。
そして笑みを消し、白衣から取り出した物をエルネストに向けた。
エルネストの表情が引きつる。
フォリオが向けたのは、一丁の拳銃だった。
それは山道の奇襲時に、魔女達から鹵獲した一丁だ。
使い方を調べるために、彼女が持ち歩いていた物だ。
パン、と乾いた音がした。
エルネストの左胸に痛みが走った。
血が胸から流れ出す。
「僕も終わりだけど、君も終わりだな」
そんな声を聞きながら、エルネストは倒れた。
死が近づいてくる。
それと同時に、エルネストの二人との魔力の繋がりが薄れていった。
ちょっと矛盾する所があるので直したかったのですが、それをする気力がありませんでした。




