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鉄火の魔女王  作者: 8D
鉄火の魔女王編
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二十二話 それぞれの決戦

 カオルコの目の前で、AKの銃口を向けられた背がゆっくりと翻る。

 振り返ったティラーの目が、カオルコを映した。


「モルドーは仕事を投げ出す男ではない。実に誠実な男だ」


 ティラーは敵を前にして恐れを懐く様子も無く、澱みない口調で語りかける。


「君がここにいるという事は、彼はもう神の御許へ向かい、聖櫃へと召されたのだろう」


 言葉を続けるティラーに対し、カオルコは黙ったままだ。

 じりじりと歩を進め、距離を縮めていく。


「私はそんな彼の安らかな眠りを祈ろう。そして、我が前にある穢れし魂へ、光溢れる死を」


 ティラーが言うと同時に、カオルコはトリガーを引いた。


「ん?」


 ティラーは表情を険しくする。

 三発の銃弾がティラーへ向けて発射された。

 銃弾がティラーの頭部へ向けて迫る。

 ティラーはそれを咄嗟に顔をそらして回避動作を取る。

 それと同時に、銃弾は聖鎧を貫通した。


「なっ……」


 ティラーの表情が驚愕に歪む。

 破られるはずのない無敵の鎧が、容易く破られたのだ。その驚きは大きい。


 避けられたのは勘に近かった。

 銃を向けられた時、彼はその銃に嫌な予感を覚えた。それが回避動作を促したのだ。

 そしてそれは正しかった。彼は胸中で神へ感謝する。

 心胆を寒からしめられる中、彼はただやられるばかりではない。


 回避と同時に、ティラーの手が横薙ぎに振るわれる。

 カオルコの右横にあった柱が浮き上がり、カオルコへ向けてティラーの手と同じラインで横薙ぎに振られた。

 カオルコは横っ飛びに避ける。

 柱は勢いよく壁にぶち当たり、ずんと神殿を揺らした。

 壁に小さな穴が開き、外の様子が見えた。

 聖術による物質の移動である。


 本来、聖術は魔術と違って魔力への明確な命令を出す物ではない。

 例えば物質を浮遊させ、自在に動かす事などは魔術でなければ成しえない事だった。

 しかし、ティラーはそれらを聖術のみで操っている。

 明確な命令を出すのではなく、感覚で物体を動かすという「願い」を行使させている。

 それは彼の純粋な信仰心と何より皮肉な事に魔術的才能の高さが成せる技だった。


 回避に成功したカオルコだったが、しかしなおもティラーの攻撃は続く。

 飾られた青銅の剣が宙に浮き、回転しながらカオルコへと襲い掛かった。

 カオルコは細かく体をそらしながら礼拝堂を駆け回る。

 駆けながらティラーへ銃撃するが、安定しない射撃は上手く標的を捉えられない。

 ティラーもまた、聖鎧を破る銃弾に対して対策を取る。

 部屋に飾られた青銅の剣を操り、自分の前に展開して盾にした。

 そして同時に攻撃の手も加える。


 バラバラに分解された鎧のパーツが迫り、カオルコは上半身を仰け反らせてかわした。

 その時、部屋の入り口外から足音が聞こえ始めた。

 戦いの音を聞きつけて、衛士達が集まってきたのだ。

 それに気付くと、カオルコはポケットに入れていた小さなスイッチを押した。

 同時に、建物全体を揺らすほどの爆発音が連続して聞こえる。

 神殿のいたる所へ仕掛けたプラスチック爆弾を一斉に起爆したのだ。


 ティラーは驚いて攻撃の手を止める。

 恐らく、いくつか倒壊した区画もあるだろう。

 特に邪魔が入らないよう、この部屋へ続く廊下は爆発で埋め尽くされるように爆弾を仕掛けた。

 礼拝堂入り口の扉は無事だが、それは爆風が部屋に入ってこないよう気をつけて爆弾の設置をしたからだ。

 恐らく、部屋の前に来ていた者達はまず生きていない。


 爆発に戸惑うティラーへカオルコは銃口を向けた。

 それに気付いて、ティラーは防御に使っていた剣をカオルコへ殺到させる。

 カオルコは攻撃を中断して回避した。


 こいつを殺す事は困難だ。


 カオルコは内心で舌打ちする。

 ティラーは戦い慣れていた。

 彼は実際に何度も魔女と戦った経験があった。


 今のAKを使ったとしても、殺す事は容易くなかった。

 手数を考えれば、むしろカオルコにとって不利だろう。


 でも関係ない。

 私は殺すと思った人間は必ず殺してきた。だったら今回も、必ず殺す……!


 回避動作を続けながら、カオルコは再び銃口をティラーへ向けた。

 その時、AKの銃把が熱を帯びた。トリガーを引き絞る。

 銃声が響いた。


「何っ!?」


 ティラーが驚きの声を上げる。

 AK‐47から放たれた銃弾が聖鎧を突き破り、剣すら貫いて、ティラーの頬を割いて行き過ぎた。

 過ぎ行く弾丸は力を失わず、彼の背後にあったステンドグラスを突き破った。

 けたたましい音と共にステンドグラスは崩れ、日光が直接礼拝堂を照らす。

 わずかではあっても、初のダメージにカオルコは口元を吊り上げた。


 すぐさまにティラーへ再度の銃撃をする。

 だが、浮遊する剣がティラーの前で編み細工のように組み合わさり、再び銃弾を防ぐ壁を作った。

 重なり合った剣は一本だけ砕け、銃弾は二本目の剣の刀身に食い込み、潰れて止まる。


「ちっ」カオルコは舌打ちする。


 最初の一撃で決め切れなかった事が悔やまれる。

 聖鎧を破る事はできても、重なり合った剣の壁を破る事はできない。

 ただ、それでも聖鎧に比べれば、まだやりようはある。

 剣は鉄でできたものではない。

 攻め続ければ、いつかは全ての剣が砕けるだろう。問題はそれまで戦い続けられるか、だ。

 少なくとも、この場で戦い続ける事はできない。

 この狭い教会内では、いずれ追い詰められる。

 カオルコはティラーへ銃撃しながら、壁へ向けて走る。

 ティラーは剣で銃弾を防ぎながら彼女を目で追った。

 カオルコが向かったのは、さきほどティラーが開けた壁の穴だ。

 そこへたどり着くと、カオルコはピンを外した手榴弾を穴へ押し込んだ。

 ティラーの剣が飛来し、回避しながらその場から離れる。

 カオルコが距離を取ると手榴弾が爆発した。

 カオルコを目で追っていたティラーは大きな爆発音にそちらへ目を向ける。

 壁の穴は爆発によって大きく広がっていた。

 ティラーの視界で、カオルコがその穴へ飛び入った。

 穴は神殿の外に通じている。カオルコは逃げるつもりなのだろう。


「逃がしはしない」


 ティラーは逃すまいとその後を追った。




 廊下にあった兵士の姿が軒並み倒れた事を認め、クローフは硝煙を立ちのぼらせて回転するガトリング砲の銃口を下ろした。

 彼は警戒を緩めず、部屋を探索しながら教会内を進む。

 エルネストは背後の警戒に務めながら、クローフの後に続いていた。

 何度か無人の部屋を調べて次の扉を開けた時、その部屋に入った瞬間、振り下ろされる白刃がクローフを襲った。


「ぬっ」クローフはそれに気づき、一歩下がる。


「きゃっ」


 同じように部屋へ入ろうとしたエルネストが、下がってきたクローフの背中にぶつかって悲鳴をあげた。

 白刃がクローフを傷付ける事はなかったが、その代わりガトリング砲の銃身が叩き折られていた。

 くの字に曲がり、もう使い物にならないだろう。

 すぐにクローフは攻撃してきた相手へM500を向ける。

 が、銃身を切り払われて飛ばされ、床を滑って手の届かない所へ離れてしまった。


「やはり、生きていたようだな」


 どこか楽しげな声がクローフへ向けられる。


 オルクルス……っ!


 クローフは内心でその名を呼ぶ。

 彼の目前には、甲冑を身につけていない修道服姿のオルクルスがいた。


「どうする? 頼みの綱の武器はもうなぶっ……」


 オルクルスが言い終るより前に、クローフは間髪いれずに折れたガトリングガンでオルクルスを殴りつけていた。

 オルクルスは殴られた衝撃で後方へ下がる。

 しかしクローフはまるで鈍器を扱うが如く、連続で殴りつけて追撃する。

 オルクルスはそれを剣でしのぎながら後退するが、ガトリングガンの殴打に晒されていた剣がついにぽっきりと折れてしまった。


「武器はないぞ? どうする?」


 クローフはお返しとばかりに訊ね返した。

 その答えとして、オルクルスは素手でクローフを殴りつけた。

 振り上げられようとしたガトリングガンの銃身を掴み、片方の手でクローフを殴りつけ、クローフも負けじと空いた手でオルクルスを殴りつける。

 その際に邪魔だと断じて二人がガトリングガンを手放すと、そこから一気に肉弾戦の様相を呈し始めた。


 抉るようなボディブローがオルクルスへ炸裂し、クローフの髭にまみれた顎がアッパーの応酬で真上へかちあげられる。

 脇腹を打つ蹴りの鈍い音が響いたかと思えば、拳を防いだ腕の骨が軋む音がする。


「アレニアはどこだっ!」


 クローフは怒声を発し、オルクルスの頬を殴る。


「誰の事だっ!」


 クローフの横腹を蹴りつけながらオルクルスが叫び返す。


 互いに叫びを上げて、研究室にある諸々の机や用具を蹴散らしながら、二人は己の肉体だけを武器に攻防を繰り広げていった。

 そんな二人の激闘に巻き込まれないよう、エルネストは部屋の壁沿いに屈んで机の陰に隠れていた。

 援護のために魔法を使ってみようかとも思ったが、二人があまりにも接近しているために誤爆する事を恐れてできなかった。


 どうしよう? ここはクローフさんに任せて、他の場所へ捕らえられた魔女を探しにいく方がいいだろうか?


「どうしたぁっ!? あの珍妙な投げ技を使わないのか?」


 オルクルスが挑発するように叫ぶ。


「お望みなら投げてやる!」


 クローフは応じると、オルクルスに掴みかかった。

 しかし、それはいつもの格闘術とは違った。

 クローフはオルクルスの巨体を垂直に持ち上げると、そのまま自分の体ごと背後へ倒れた。


 それは俗にブレーンバスターと呼ばれるプロレス技だった。


 二人の体はエルネストの隠れていた机を真っ二つに叩き折りながら倒れこむ。

 強く握られていたオルクルスの服が、その拍子にバリバリと破れる。


「きゃーっ!」


 大迫力の光景が間近で繰り広げられ、エルネストは悲鳴をあげる。

 怖くなって机の影から転がり出た。

 また机の影に身を潜めるが、そこには先客がいた。

 顔を見合わせた二人は「わーっ!」と互いに声を上げる。


 先客は修道服の上に白衣を羽織った少女。フォリオだった。

 彼女もクローフとオルクルスの戦いを隠れて見ていたのだ。


「あなたはっ!」


 エルネストは気を取り直して声を上げる。

 エルネストはフォリオの事を知っていた。その顔も、成した所業も。

 彼女は魔女に関する様々なものを発案した人間だ。

 魔女に対する戦い方も武器も、魔女審問の方法まで彼女によって作られたものだ。

 言わば、この国にある魔女の地獄は彼女が作り出したと言っても過言ではない。


 その事を理解した瞬間、エルネストは指先をフォリオへ突きつけていた。

 それを見て取ったフォリオは「ひっ」と悲鳴をあげて背を向け、うずくまる。


「光子の矢!」


 魔法の名を告げると同時に、エルネストの指先から光線が迸る。

 それは魔法使いが一番に教わる初歩の攻撃魔法だ。

 魔力に攻撃の意思を伝えるだけで発動するため、最速で放てる魔法の一つだった。

 しかしお手軽な魔法とはいえ、単純だからこそ威力も高い。

 そこで明確に魔法名を口にする事で、魔力への命令を強固にしての威力を上乗せした。

 が、フォリオを貫くかと思われた光線は背中に当たった瞬間、反射されたように弾かれて上へ軌跡を曲げた。

 光線が当たり、天井に穴が開く。


「え?」


 驚きの声を上げるエルネスト。その間に、フォリオは立ち上がって走り出す。


「あ、待て!」


 エルネストの静止を聞くはずもなく、フォリオは部屋の外へと逃げていく。

 エルネストも彼女の後を追って研究室から廊下へ出た。


「待ちなさい! 光子の矢!」


 追いかけながらエルネストは魔法を放つ。

 光線がフォリオの背に届く。

 が、やはり光線は捻じ曲がって廊下の壁に穴を開けた。


「この白衣には細い鉄糸が編みこまれているんだ。効かないよ、そんなもん」


 足を止めずに振り返り、フォリオは嘲笑する。


 魔法が効かないなんて、どうすればいい?


 自分には魔法しか使えない。

 エルネストには、今の状況が自分の手に余る事に思えた。

 しかし、頼れるカオルコもクローフもここにはいない。

 フォリオを追えるのは自分だけだ。

 それに、今追っているのはこの国で多くの魔女達を苦しみへと誘った人間だ。

 彼女だけは、自分の手で何とかするべきだと思えた。

 今こそ私が、魔女として報復するべき時なんだ。

 エルネストは見開く瞳に闘志を漲らせた。

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