二十一話 ドクター・怒りのボマス
首都ボマスにあるビルリィ教の教会地下。
そこにある地下牢は今、捕らえられた魔女達によって満員となっていた。
怪我人や子供も同じ場所に捕らえられている。
彼女達がここへ収容されたのは、二刻ほど前になる。
本当ならもっと早くに着く予定だったが、カオルコの起こした爆発によって帰還が遅れたのだ。
北の港町へ向かう道を塞いでしまったために南東の山へ一度出るしかなく、戻ってみると魔女の巣の爆発から燃え移った火によって山火事が発生していた。
山火事を消す作業に時間がかかり、この時間に帰ってきたわけである。
そして、その帰還の際に自分達のアジトの燃える様を見た魔女達は、その大半が希望を失ったようにうな垂れ、これから訪れるであろう自分達の悲惨な未来に震えていた。
彼女達に未来は無い。
彼女達に待つのは火刑による非道な死だ。
しかし、そんな中でも今まさに危機の只中にある者がいた。
「おぞましいな」
「そう? 彼女はキメラだ。自然の造形を無視したフォルムは面白いと思わないかい?」
研究室にオルクルスとフォリオの声が響く。
そして彼らの前には手足を拘束され、吊られた女性の姿があった。
六本の足と二本の腕がある女性、アレニアは口に猿轡を咬まされながら怯えた目で二人を見ていた。
ボマスへ連行されてすぐ、アレニアはこの研究室へと運ばれてきた。
「それでわざわざここに運ばせて、何をするつもりだ?」
オルクルスは左隣にいるフォリオへ訊ねる。
顔を向けてフォリオは応じた。
「もちろん、調べるためさ。興味が……いや、神学追求のためにも調べておきたい」
言ってフォリオは、ナイフを取り出す。アレニアの甲虫めいた下半身へ刃を押し当てた。
しかし、刃がアレニアの皮膚に食い込む事はなかった。
黒い光沢がある肌を上滑りしていくだけだ。
次に、一度刃を離して、勢いよく振り下ろす。
ガチリと音を立てて、刃が皮膚を叩く。アレニアは小さく呻いたが、やはり刃は通らない。
「固いな」
「そうだね。加工して鎧の素材にすればいいかもしれない。さて、こっちはどうかな?」
フォリオはアレニアの上半身、脇腹の辺りに軽く刃を走らせた。
アレニアの口から悲痛な声が漏れた。
刃を走らせた肌が一本の赤い筋を作る。赤い筋は次第に血の一滴を作り、肌を滑っていく。
「やっぱり、こっちは普通の人間なんだね。じゃあ、いらないかな。だから――」
言いながら、フォリオはオルクルスへ振り返る。
「切り離してくれる?」
特に感慨もなく、フォリオは言い放った。
オルクルスは頷き、アレニアは絶望的な表情になった。
「でも、上半身の方も解剖してみたいから傷付けないように、切り離す断面もなるだけ綺麗にしてほしいな」
フォリオの細かな注文に、オルクルスは溜息を吐いて「わかった」と答える。
恐怖に顔を強張らせ、足掻くアレニア。
しかし拘束は強固で、体をいくら動かしてもガチャガチャと音が鳴るだけだった。
そんな彼女の前で、オルクルスは剣を抜き放つ。
構えて、アレニアへ斬り込もうとする。
助けて……誰か……。
アレニアは心の中で強く請う。
これで人生が終わるのかと思えば、涙が出た。
辛いだけの人生が辛いまま幕を閉じるのは嫌でたまらなかった。
助けて……助けて……お願い。
私はまだ、死にたくない。クローフ先生……助けて……。
自然と、心の中でクローフを呼んでしまう。
それが果たされる事のない願いであっても、彼女は強く願わずにはいられなかった。
その時だった。
建物自体を揺らし、爆発音が教会中に響き渡る。
「何?」「何だ?」
フォリオとオルクルスが同時に振り返り、背後の扉へ目を向けた。
時を同じくして教会の廊下には、絶え間ない銃声が響き続けていた。
それは銃声と言うにはあまりにも破壊的な音で、むしろ爆発音に近かった。
それはミニガンと呼ばれるガトリング砲の銃声である。
銃声と共に吐き出される7.62ミリ徹甲弾の豪雨が、襲撃者の侵攻を阻止するために現れた兵士達へ容赦なく降り注ぐ。
まるで紙細工でできているかのように、彼らの鎧には無数の穴が容易く穿たれていった。
薬莢の石床を叩く甲高い音が、銃声と兵士の悲鳴にかき消されてゆく。
そのまさしく蹂躙と呼ぶに相応しい状況を作り出し、悠然と進むのはジョン・クローフだった。
ガトリング砲を片手に持った彼は、迷彩柄のズボンを履き、裸の上半身に銃弾帯を垂らしたいでたちをしていた。
医者としてではなく、兵士としてのクローフの姿がそこにあった。
そんな中、銃弾封じの鋭角な鎧を着込んだ兵士達が姿を現す。
魔女の巣の襲撃に際して投入された兵士達だ。
同じく銃弾封じの分厚い盾を使用する彼らに対し、ガトリングの銃弾は弾かれて防がれる。
「我らの鎧は奴らの武器を通さない。臆するな! 進め! 奴らを捕らえろ」
指揮官らしき男が声を張り上げる。
銃弾を防ぎながらジリジリと距離を詰める殲滅兵達。
が、それに対してクローフは腰のホルスターから拳銃を取り出した。
それもただの拳銃ではなく、銃身の長い大きな銃だ。
パフォーマンスセンターM500。
それがこの銃の名称である。
クローフはその銃を左手で持ち、銃口を相手へ向けた。
間髪入れず銃声が響く。
その瞬間、一人の兵士の持つ盾に穴が開き、兵士自身の肩口にも大きな穴が開いた。
それだけに留まらず兵士の体が後方に大きく吹き飛ばされる。
「な……」
ついさっき声を張り上げていた指揮官が、呆気に取られて声を失う。
その間にもクローフは容赦なく銃撃を続けた。
銃声が聞こえる度、次々に兵士達の体が後方へと吹き飛ばされていった。
クローフが銃弾を撃ちつくしてリロードしようとした時、兵士達は逃げるように後退していった。
廊下にはもう、生きている兵士達の姿がなかった。
「あんな銃もあるんですね」
クローフの背後で、エルネストは隣に控えた魔女へ言葉を向ける。
「私も知りませんでしたよ。というか、私達じゃあんなの重くて撃てません」
と魔女も驚きを隠せない様子で答えた。
エルネストのさらに後ろには、戦闘魔女の一団が装備を身に纏って続いている。
エルネストは前で戦うクローフの背中を見た。
無数の傷が刻まれた背中は、筋肉で大きく盛り上がっている。
一人で行かせる事をエルネストは不安に思った。
しかし彼の戦いを見ていると、一人でも大丈夫だったんじゃないかと思えてきた。
ただ、エルネストは心配だった。
兵士を見る度、機械的に銃弾を掃射するクローフの表情には普段の柔和さがなかった。
今のクローフは普段とまったく印象が違う。
いつもは気さくで、彼の形作る表情は笑顔が多い。
でも今は、怖いくらいに張り詰めた表情をしている。
それは冷静さの現れにも見え、逆に怒りの形相にも見えた。
いつもの経験に裏打ちされた落ち着きというものが欠如している。
そんな彼をそのまま行かせる事が不安だったのだ。
ふと、クローフの行く手に椅子やテーブルで作られたバリケードが現れる。
殲滅兵達が作った即席のものだ。
クローフは手榴弾を手に取り、ピンを口で外して投擲した。
手榴弾はバリケードを構成するテーブルとテーブルの間に入り込んだ。
爆発が起こり、バリケードとそこに身を隠した人間を吹き飛ばす。
爆風によって吹き飛んだ椅子がクローフに向かって飛んでくるが、彼は動じる事無く素手で殴り砕いた。
彼を案じるなんておこがましかったな。
とエルネストは自分の考えの甘さを悟った。
「ここはクローフさんだけで大丈夫でしょう。念のため、私は彼のフォローに残ります。あなた達は捕虜の救出に向かってください」
命令を下す事は慣れないが、エルネストは精一杯に声を張り上げて魔女達へ告げた。
こうする事が、カオルコの信頼に応えるという事だろうから。
魔女達は素直に頷き、従った。
「はい。「仲間を見捨ててはならない」ですね」
多分、M500よりミニガンの方が威力は高いです。でも、マッチョガンってかっこいいですよね。




