表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鉄火の魔女王  作者: 8D
鉄火の魔女王編
22/46

十九話 ドクター・怒りの反撃

 カオルコ達が魔女の巣より出立した一方、港町へ向かう魔女達。


 山間の道は、馬車が二台並んで通っても余裕があるほどに広く、右手横に深い谷、左手には切り立った崖のある道だった。

 魔女達が進むのは、崖と谷の間に通った平坦な道だ。

 馬車には武器弾薬、怪我人を含む非戦闘員が優先的に乗せられ、その周りを戦闘班の魔女達が護衛する形で隊列はできていた。

 長蛇の列を形成する集団の半ばで、クローフはアレニアと並んで歩いていた。

 アレニアはその背に、数人の子供を乗せて歩いている。

 怪我人や魔女になるには早い非戦闘員の子供達だ。

 馬車に乗り切らない子供達を数人、アレニアが受け持っているのだ。

 アレニアの背にはベルトが着けられ、子供達は落ちないように体へベルトを巻きつけていた。

 それでもアレニアは子供達を気遣い、できるだけ緩やかに歩いている。

 その彼女の優しい気遣いに気付いているのか、子供達はとても落ち着いた様子だ。

 楽しそうに話すらしていた。


「疲れてないか?」

「大丈夫ですよ」


 クローフが声をかけると、アレニアは笑みを返した。


「ならよかった」


 彼女の言葉は強がりでなく、素直な返答だったのだろう。

 アレニアの歩みは子供を乗せていても普段とまったく変わらない。

 表情にも疲れの色は見えなかった。

 ただ、彼女の表情は不意に不安なものへ変わった。


「カオルコ様……それに、ウーノちゃんは大丈夫でしょうか?」


 アレニアは不安を口にする。


「カオルコは指導者よりも、戦士としての方が優秀だ。ウーノもそこそこに腕が立つ。心配ない。大丈夫だろう」


 アレニアを安心させるように、クローフは柔らかな口調で返した。それは彼の素直な感想だ。


 しかし、運が悪ければ人は平等に死を賜る。

 彼自身、不安がないとは言い切れなかった。

 他を不安にさせないため、クローフはその不安を押し殺していた。

 それは何も、カオルコの方だけではない。

 三つに分けられた集団の内、クローフとアレニアは真ん中の非戦闘員が乗る馬車の部隊にいた。

 カオルコがクローフに第二班の指揮を頼んだからである。


 前と後ろの戦闘班二つは、二人の魔女がそれぞれ指揮を執っている。

 二人とも、カオルコが選抜した比較的に指揮官適性の高い魔女だ。

 二人はカオルコとクローフから特別に指揮官としての訓練を受けていた。

 しかし、なにぶん経験が薄いために二人とも緊張している様子だ。

 それでも、前の裁定場襲撃時にはカオルコ無しで戦果を挙げている。

 その経験がなければ、もっと緊張していたかもしれない。


 これでは襲撃があった際を考えると、どうにも心許無い。

 と、その時、前方から複数の悲鳴が上がった。

 クローフとアレニアはそちらを見た。

 目の前には、左手側の崖よりいくつもの岩が崩れ落ちてくる光景があった。


「第二陣、引き返せ!」


 クローフは叫ぶ。

 混乱の中、響いた声に魔女達は従った。

 ガラガラと轟音を立てて転がる落石はみるみる内に積み上がり、行く手を遮っていった。


 第一陣の戦闘班と分断されて、第二班より後方は取り残された形だ。

 奇跡的に、第二陣の被害はないようだった。

 分断された第一陣の戦闘班に関してはわからない。


「クローフ様!」


 分断された前の第一陣から声がかけられる。

 恐らく、第一陣を任された魔女の声だ。


「こっちに怪我人はいない。そっちに要救護者はいるか?」


 クローフは第一陣へ向けて声を張り上げる。

 その声に答えが返ってきた。


「いえ、みんな軽症で済んだようです。死者はありません。それより、私達はどうすればいいでしょう?」

「そっちは予定通りに進め」

「わかりました」


 返事が聞こえた直後、また別のけたたましい音が上から聞こえた。

 クローフは崖の上を見上げる。そこにあった光景に目を瞠った。


 崖の上には、鎧を着込んだ騎馬兵の一団がいた。

 その先頭、騎馬の一団を率いるように騎乗する男に、クローフは見覚えがあった。

 殲滅兵団の長、オルクルスである。


「かかれ!」


 クローフの見る前で、オルクルスは叫んだ。

 自分に続けとばかりに、すぐさま馬を走らせて崖を下りだす。


「敵襲です!」


 魔女の一人が叫んだ。

 その叫びの通りに、崖の上からは数十人の騎馬兵が逆落としに下って来ていた。

 騎馬兵達は奇妙な形の鎧を着込んでいた。

 反れた突起のある鎧だ。

 騎馬隊は非戦闘員の固まる第二陣を狙い済ましたかのように突撃をかける。


「クローフ先生!」


 アレニアが叫んだ。


「非戦闘員は馬車に入れ! 戦闘班は応戦、魔法班は戦闘班の補佐をしろ!」


 クローフは混乱の最中にある魔女達へ指示を飛ばす。

 銃を持つ護衛の魔女が銃撃するが、銃弾は騎馬兵の鎧を貫通せず、弾かれてあらぬ方向へ飛んでいく。

 鉄の鎧を纏う相手には、魔法班もたいした事はできなかった。

 奇跡的に当たり所が良く、鎧を貫通する銃弾もあったが、鎧を着た兵士にダメージはなかった。

 この鎧は内に獣の皮を重ねた層と木板の層があり、表面と内側の二枚の鉄プレートで挟む構造になっていた。

 銃弾が当たっても、着用者の体へ届く前に威力が殺されてしまうのだ。

 クローフも護身用のハンドガンで応戦するが、サブマシンガンどころかアサルトライフルの銃弾すら通さない鎧を相手にハンドガンでは歯が立たない。

 それでも狙いすまして撃った銃弾は兜の視界を確保する隙間に入り込み、一人の騎馬兵の命を奪った。


 兜の隙間を狙えば、殺せない事はない。

 しかし、魔女一人一人の技量を考えればそれは難しい事だ。

 後方の第三陣の戦闘班も駆けつけようとする。が、それよりも騎馬兵が第二陣を制圧する方が早かった。

 子供や衛生班のような非戦闘員が馬車より引きずり出されてくる。

 引きずり出された面々に兵士達は剣を突きつけた。


 人質である。


 その様を見せられてしまえば、魔女達も銃口を下ろさざるを得なかった。


「くそっ……!」


 クローフも悪態を吐き、ハンドガンを地面に落とした。

 人質達の中には、アレニアの姿もあった。

 彼女もまた剣を首筋に突きつけられ、恐怖から身を強張らせていた。


「魔女は穢れている」


 クローフに声をかける者があった。

 その男は馬を緩やかに歩かせ、クローフに近付いてくる。


「この場で殺す事は無い。剣による死など、魔女にとってあまりにも名誉に過ぎる」


 クローフは男を見上げる。

 クローフと大差のない大柄な男。オルクルスだ。


「魔女はボマスの刑場にて炎へ投げ打たれ、もがき苦しみながら獄へ堕ちるが正しき沙汰。故に、ここで殺さず捕らえよう。しかし――」


 髭面を心底楽しそうに歪め、オルクルスはクローフへ笑みを向ける。


「お前は別だ。魔女ではない。捕らえる事はしない。貴様はここで、我が剛剣の錆となれい!」


 言葉を向けられたクローフは答えず、オルクルスを睨み付けた。

 その先で、オルクルスが馬から飛び降りた。剛剣を抜き放ち、背負うように構えた。


「魔女共に手は出さん。お前も得物を抜け。そして、我輩と戦え!」


 オルクルスに言われ、クローフは腰のホルダーからナイフを取り出した。

 昔から愛用してきたカーボンスチール製のナイフだ。

 その様を見ると、オルクルスはにやりと笑う。

 次いで、剣を振り下ろした。

 クローフは横に飛び退いて剣をかわす。


 オルクルスはあの日、ティラーが狙撃された日よりずっと屈辱に心を染められていた。

 屈辱を彼に与えたのは、オルクルスを投げ飛ばし、あまつさえ人質にして逃げた男、クローフだ。

 オルクルスはそれからずっと、雪辱を果たすと心に誓っていた。

 次に相対した時は決して負けないと神に誓っていた。

 その機会を得たと知り、オルクルスは心を歓喜に満たしていた。


 対して、クローフにそのような熱情は無い。

 あるのは焦りと、その焦りを打開するための思案のみだった。

 どうすればいい? どうすれば、みんなを助けられる?

 クローフはオルクルスの剣をナイフで受けながら、必死になって考えを巡らせる。

 不意に、クローフは接近を試みた。

 前と同じく、組み伏せて人質にしようと思ったのだ。

 が、それを予め待っていたかのように、オルクルスは剣を切り上げた。

 切り上げられるオルクルスの剣をクローフは受け損ない、刃は頬を浅く切り裂いて抜けた。


 駄目だ。


 オルクルスは明らかに格闘術への対策を立てている。

 刀身の大きな剣を用いていながら、オルクルスの剣筋には隙がなかった。

 器用に剣を振るってクローフを近づけさせない。

 剣とナイフという刀身の長さの差もあり、この戦いはクローフにとって不利だった。

 攻防が続く内にクローフは後退して行き、気付けば谷に追い詰められた。


「もう後がないぞ。終わりだな」


 オルクルスは体を捻り、渾身の力で剣を横薙いだ。

 本当にこれで終わりだ。

 クローフは自分の死を直感した。


 その時――


「先生! 負けないで!」


 アレニアの声が響いた。

 殲滅兵に刃を突きつけられながら身を乗り出し、彼女は声の限りに叫んだ。

 兵士の剣がアレニアの首筋に当たり、血が流れ出る。


「アレニアっ!」


 その様が目に入った時、クローフの心がカッと燃え上がった。

 血液とは違う、何かが体中を巡る感覚があった。


 クローフはすぐ背後の谷、そのギリギリの足場へ一歩後退する。

 やや体を仰け反らせる事で横薙ぎの刃を紙一重でかわすと、ナイフを構えてすぐに踏み込んだ。

 弓の弦を引き絞るかのように腕を引き、力を溜めてナイフを突き出そうとする態勢。

 この後には、腕がまっすぐに伸びて、ナイフはオルクルスの体を貫くだろう。

 当のオルクルス本人にも、その様が思い浮かんだ。


 しかし、クローフが今まさにナイフを突き出そうとした瞬間、一歩引いた先の足場が崩れた。

 クローフの態勢が崩れる。

 オルクルスはその隙を見逃さなかった。

 横薙いだ剣を返し、もう一度反対の方向へ横薙ぐ。

 クローフにそれをかわす事はできず、ナイフを立ててなんとか防御した。

 だが、もろに打ち付けられた剣の衝撃により、クローフの体は後方へ飛ばされた。

 着地する場所のない、谷の方へと……。


「うおおおおおぉぉぉぉっ!」


 クローフは叫びを上げて、谷底へと落ちていった。

 川の流れる轟音に、叫びが消える。


「そんな、嘘……。先生……クローフ先生……っ! 嫌っ、いやぁーーーーっ!」


 その一部始終を見ていたアレニアは取り乱し、顔を歪めてあらん限りに叫んだ。目から涙が流れて、留まる様子はなかった。


「くっ……! あの男め、まさか死してもなお我輩に屈辱を刻むとは……」


 オルクルスは谷底を睨みつけながら言った。

 勝利したというのに、オルクルスの表情は憤怒に燃えていた。

 最後の一撃、足場が崩れなければ死んでいたのはオルクルスの方だ。

 運がなければ負けていた。

 それに気付いているから、オルクルスはこの決着が許せなかったのだ。


 谷底の川は激流だ。

 荒々しい流れは泡立ち、水深も大の男すら足がつかないほどだ。

 落ちた者はまず助からない。

 屈辱は消えず、むしろこれからずっと心は苛まれ続けるだろう。

 オルクルスは口惜しさに歯噛みした。




 同じ頃、魔女の巣にて。


 殲滅兵団の別働隊がそこへ足を踏み入れていた。

 部隊が分けられたのは、魔女達が北の港町へ逃れる事を見越しての事ではない。

 オルクルスは魔女の巣のある山へ出られる道を知っており、その道を通って挟撃をかけようとしたのだ。

 しかし結果、山道を行く魔女達を発見した。

 落石によって道を塞ぎ、強襲する事にしたのである。

 本来、タイミングを見計らっての他方向同時攻撃をする予定だったが、オルクルスからの連絡も無いため、別同部隊を率いるオルクルスの副官は魔女の巣へ偵察を走らせた。

 すると、魔女の巣はもぬけの殻だったのである。

 なので、彼らは魔女の巣へ直接入って調査する事にした。


「ひどい臭いだな」


 副官は鼻を衝く奇妙な臭いに顔を顰めた。


「何の臭いでしょうか?」


 部下も同様に顔を顰め、疑問を口にする。


「わからん。恐らく、魔女のまじない薬か何かの臭いだろう」


 その時、周囲を探っていた部下の一人が戻ってきた。


「魔女はいたか?」


 副官は顔を向けないまま部下に訊ねる。


「いいえ。魔女の姿はありません。完全に無人です。ですが――」

「何だ?」

「魔女の武器らしき物を発見いたしました」

「わかった。行こう」


 部下に案内されて行くと、魔女の巣の丁度中心に位置する広場に何かが落ちていた。

 それはアサルトライフルと呼ばれる種類の銃である。


「確かにこれは、あの魔女が使っていた武器に違いない」


 副官は一度、ボマスでこれと酷似した形状の武器が使われる所を見た。

 カオルコがオルクルスと戦った時、副官もその場にいたのだ。


「手柄だな。これを持ち帰れば、魔女との戦いも有利になろう」


 それだけでなく、この武器を作り出す事ができれば軍の増強にも繋がるだろう。

 副官は銃に手を伸ばし、持ち上げた。

 瞬間、ピンッと音が鳴って、何かが外れた。

 驚いて銃の置かれていた地面に目をやると、何か黒く丸い物体が埋められていた。

 銃はその穴を隠すように置かれていたのだ。


 肉食動物の爪を思わせる長細い物が、黒い物体から外れて勢いよく飛んだ。

 なんだ? 

 そう思った瞬間、その物体は爆発した。

 爆発は大きく、山全体が震えたかと錯覚するほどのものだった。

 爆発は副官とそれに従う部下を吹き飛ばし、それだけに留まらず魔女の巣全体へと炎を行渡らせた。


 これは銃と手榴弾を使った簡易のトラップだ。

 手榴弾の埋められた穴には、持ちきれなかった爆薬等も全て埋めていた。

 銃を取ると糸で結ばれた手榴弾のピンが外れて爆発、誘爆を起こすという仕組みだ。

 しかし、炎がアジト全体に広がったのは予めカオルコ達がガソリンをまいていたからである。

 ガソリンは揮発性が高く、常温で気化する。

 ウーノや副官が顔を顰めた臭いとは、ガソリンの物だった。

 そのため、アジト全体に充満したガソリンは手榴弾の爆風によって一気に燃え上がり、アジト全体に炎を行渡らせた。

 魔女の巣に踏み込んでいた殲滅兵団の内、幾人かは爆発より逃れる事ができたが、その者達も全てを飲み込もうとする炎に追い立てられ、熱っせられた鎧によって身を焼いて死んでいった。




 遠くから、馬上よりカオルコはその様子を見ていた。

 遠目から見てもその爆発の凄まじさは伝わってくる。炎はさらに走り続け、このまま山を覆い尽くそうとするだろう。

 あそこにいた人間はまず助からない。

 全てとはいかないだろうが、ビルリィの兵士を減らす事ができた。

 それは満足な結果と言える。


「これからどうするの?」


 同じく馬に乗り、隣にいたウーノが訊ねる。

 彼女もまた、炎が山の木々を喰らいつくしていく様を見ていた。


「そうだな。おまえはエルネストと合流しろ。その後は、エルネストの指示を聞いてやってくれ」


 カオルコが言う。

 ウーノはその言葉の真意を確かめるためか、首を巡らせてカオルコを見た。


「カオルコは?」

「予定を変える」


 カオルコはAKを一度見た。


 今の自分は戦える。

 そして次こそは、必ず殺す。


「私は、別の場所に用がある」

 多分、鎧があっても実際に銃弾は防げません。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ