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鉄火の魔女王  作者: 8D
鉄火の魔女王編
2/46

一話 ゲリラ少女と魔法少女

 目を覚ますと、そこは薄暗い部屋の中だった。

 仰向けに寝転がされ、見やる天井は石造りの見慣れぬものだ。


 捕らえられてしまったのだろうか?


 カオルコは考え、そしてすぐにそれ以上考える事を止めた。

 どうであろうと、もう何も意味はないだろう。

 戦う意味も、自身を案じる意味も、全てを失った。

 父も、仲間も、帰る場所も……。


 彼女には、もう何もない。


 今まで彼女が愛し、支えとしていたもの達は全て奪われてしまった。

 だったら、このままどうなっても構わない……。


 そんな捨て鉢な感情に心を蝕まれた時。

 彼女の顔をうかがうように、一人の少女が上から覗き込んだ。


 誰……?


 見覚えのない顔だった。

 少女は一見して、普通の少女のように見えた。

 自分と同じような戦士ではなく、一般的な年頃の娘のように思える。

 頬もふっくらと柔らかそうで、自分のような泥臭さはなく、ほのかに花のような香りがした。

 ただ少し変わっているのは、黒いローブの上に茶色い皮のポンチョを着た彼女のいでたちであろう。

 対してその少女は、自分とは様々な点で異なったカオルコという異邦人をじっとりと眺め、観察する。

 カオルコの頭髪はこの国では一切目にかかれないだろう漆黒であり、瞳もまた深い黒だった。

 体格は小さく、体のいたる所が細い。

 もしかしたら、まだ子供なのかもしれなかった。

 しかし、骨身というわけでもない。

 四肢には肉が付いている。

 不要な脂肪が排された筋肉質な体だった。

 自分とは雰囲気の異なる顔つきは幼さを残しており、小柄な事もあって可愛らしく思えた。

 しかしそこに作られた表情は険しく、さながら男児と見紛うばかりの勇ましさを有している。

 睨み付けんばかりの鋭い眼光を向けられて少しばかりの気負いはあったが、少女は意を決して言葉をかけた。


「○●×△……▼×□」


 彼女の言葉は訴えかけるかのようであり、ありありと必死さが伝わった。

 しかし、言葉を向けられたカオルコには彼女の言語が理解できなかった。

 母国語では断じてなく、どこの国の言語とも少し違うように思える。

 カオルコが言葉を判ずる事もできないまま、それでも彼女は訴えかけ続ける。


「何が言いたい?」


 あまりにもわからないので、苛立ちを覚えて訊ね返す。

 すると、彼女は「あ……」とやっと意味の分かる仕草と声を漏らした。

 言葉の違いに気付いたらしい。

 こういう時に出る言葉というのは、あながちどこの国でも共通なのかもしれなかった。


 言葉が通じない事を知り、どうするのかとカオルコが少女の動向をうかがっていると、少女はカオルコの額にぺたりと手の平を当てた。

 そして、何やら呟く。

 すると額に当てられた彼女の手が眩く輝き、カオルコの額に一瞬だけ熱を伝えた。


「くっ……! 何をする!」


 危害を加えられたと判断したカオルコは瞬時に立ち上がり、驚く少女の体を容易く組み敷いた。


「ご、ごめんなさい」


 押し倒された少女は、反射的に謝った。

 そして、カオルコは少女の言葉を理解している自分に気付いた。


「言葉がわかる……。私に何をした?」


 押し倒した少女の首に肘を軽く押し付けながら、カオルコは低い声で問い詰める。


「ひぃ……、解語の魔法です。ごめんなさい、許してください……」

「魔法だと? 馬鹿な……。そんなものがあるはずはない」

「ありますあります、助けてください」


 涙目で許しを乞い続ける少女を一瞥すると、カオルコは彼女を解放した。


「ありがとうございます」


 加害されたのは彼女自身だというのに、解放されて律義にも礼を言う。

 そんな彼女にぷいと背中を向け、カオルコは改めて部屋を見回した。

 そこは全面が石造りの部屋で、入り口の格子扉を見る限り牢屋のようだった。

 寝具はなく、恐らく排泄用であろう木桶が置かれている所を見ると、ここは非人道的な収容施設に違いない。


 ゲリラでも、せめて寝具代わりの藁ぐらいは用意するものだ、とカオルコは憤慨する。

 そして、この部屋にいるのはカオルコと少女の二人だけだった。


「ドクター……。もう一人、男が捕まっていなかったか?」


 カオルコは少女に訊ねる。

 知らないだろうと思いながらの問いだったが、意外にも彼女はカオルコの望む答えを返す。


「あの方でしたら、別の牢に連れて行かれました」


 それを聞くと、カオルコは一度目を閉じた。

 どうなっても構わない。

 そう思っていたが、それではいけなかった。

 ドクターを逃す事、それは父から下された最後の命令だ。

 せめて、それだけでも完遂しなくてはならない。

 全てを投げ出してしまうのは、その後でいい。

 父から与えられた任務を遂行するためにも、今は情報収集するべきだろう。

 カオルコは少女に向き直った。


「名前は?」

「え、私のですか? エルネストです」


 唐突に振られ、少女、エルネストは名乗る。


「いい名前だな。じゃあ、エルネスト。ここはどこだ?」

「アルカ国、ヒーリトンにある魔女裁定場です」


 アルカ国?

 ヒーリトン?

 魔女裁定場? 


 どれもカオルコにとって聞き覚えのない単語だった。

 恐らく名の通りアルカとは国の名前なのだろう。

 彼女の言い分によるとそこに属する地名がヒーリトンというものなのだと思われる。

 残念ながら、そんな地名はカオルコの知識の中になかった。


 自分よりも博識なドクターなら何か知っているかもしれないが。


「それで――」

「あの……」


 ドクターの居所に心当たりがないか聞こうとして、おずおずと発せられたか細い声に遮られる。


「あなたを呼び出したのは私です」


 少女は宣言した。


「呼び出した?」


 奇妙な言い回しで発せられた彼女の言葉に、カオルコは怪訝な顔を向けた。

 呼び出したとは、如何なる意味合いで語られた言葉であろう?


「はい。あなたに、私達を助けて欲しいんです」


 私達?

 彼女以外に捕らえられている者がいるのだろうか?

 牢獄を見渡すかぎり、ここには二人しかいない。

 彼女の言わんとする事をカオルコは掴みかねた。

 そんなカオルコの心情を知らず、少女は続ける。


「私は、私達を助けて欲しいから、異界の戦士であるあなた方をお呼びしたのです」

「異界の戦士? 何を言ってる?」

「お願いします。私達を、救ってください。虐げられ、無辜でありながら罰せられ、陵辱され続ける私達の運命を切り開いてください!」


 胡散臭い話に怪訝な顔で訊ね返すカオルコに対し、彼女の表情は真剣であり、懇願する声は必死であった。

 そこに偽りはなく、涙目の瞳には強い渇望が見て取れた。

 そう、そこには自由を求める強い意思があった。


 カオルコはその瞳に見覚えがある。

 自由を求め、理想に燃えた同志達。

 彼らは皆、虐げられない未来、正しき平和が訪れる事を望み、戦った。

 エルネストはそんな彼らと同じ目をしていた。


 その時、格子扉の鍵ががちゃりと音を立てた。

 エルネストはその音にびくりと体をすくませると、顔を緊張にひきつらせる。

 そうして開かれた扉から、黒いローブの男が二人。

 一人が中に入り、一人は外で中をうかがいながら待機する。

 もし、何かあった時、もう一方が再び扉を閉める算段なのだろう。

 そこには、中に入った仲間を見捨てる非情さがある。

 そんな非情さの欠如を期待して、人質に取るのもいいが……。


 改めて、カオルコは自分の状況を確かめる。

 銃器は勿論、ナイフと小道具を入れた上着も取り上げられている。

 今彼女が身に着けるのは、灰色のタンクトップ、誕生日に戦友から貰った赤いショーツ、着古した迷彩柄のロングパンツ、そして底の厚いブーツ。


 装備は貧弱もいいところだ。

 なおかつ、相手の全容もわからない。

 事を起こすには情報が足りない。

 もし脱出を試みるなら、せめて武器の在り処を確認してからだ。

 カオルコは先ほどのやり取りを一端思考の中より排斥し、今現在進行する状況に対応しようと考えを巡らせた。

 瞬時に判断を終えた時、男はカオルコに近付いてきた。


「両手を出せ」


 カオルコは黙したまま、両手を差し出す。

 男はその両手に、木板の枷をつけた。


「あ、カオルコ……」


 怯えながらも心配するように、エルネストはゆっくりとカオルコに向けて手を延ばす。

 が、部屋に入った男に睨みつけられ、すぐに身を引いた。

 余程男達を恐れているのか、その体はかすかに震えているようだった。


 目を伏せるのは罪悪感からだろうか? 

 男達を恐れ、カオルコを引き止められない事への申し訳なさだろうか?

 しかし、カオルコはそんなものに期待はしていない。

 エルネストに一瞥をくれると、男に連れられて部屋を出た。

 部屋を出る際、外から中を見ていた男の胸元に目が向いた。

 男の胸元には、銀の十字架が鎖に繋がれ揺れていた。

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