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鉄火の魔女王  作者: 8D
鉄火の魔女王編
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十六話 再生する心

「教皇様」


 聖堂にモルドーの声が響く。

 ティラーは瞑目を解き、姿無き声の主へ言葉をかける。


「モルドー。魔女の巣を探し当てた件は聞いています。そなたの働きには神も惜しみ無き賛辞を贈る事でしょう」

「は、恐悦至極にございます。しかし、此度私が訪れたのは、この様に賛辞を賜るためではございません。他に賜りたいものがあっての参上にございます」


 ティラーは振り返る。跪くモルドーがすぐ傍にいた。


「何を賜ると?」

「は、魔女の巣へ赴く下知を賜りたく……」

「魔女の巣にはオルクルスの殲滅兵団を差し向けています。あなたまで向かう必要はないでしょう」


 ティラーは言うが、モルドーはかぶりを振った。


「全ては万全に、ビルリィの神へ淀みなき勝利を捧げんがためにございます。殲滅兵団の攻め入る間際に、夜討ちを仕掛けます。魔女を統べる者の首、あげて御覧いたしましょう」


 魔女を統べる者。

 そう言われ、ティラーはボマスで見た少女を思い出した。

 たとえ遠方にあろうとも、彼の右目はそれを捉えていた。

 それははめ込まれた赤い宝石の力だ。


 この赤い宝石は、歴代の教皇が授けられる「見渡す目の宝玉」だ。

 それを目にはめ込んだ者はあらゆる物を見通す事ができるという代物だった。


 その目で見た少女は、小さな体に余る程の強大な魔力を有していた。背より収まりきらぬ魔力が立ちのぼり、陽炎の如く人の像を結んでいた。

 ティラーは、彼女こそが魔女を統べる者のように思えてならなかった。

 確証はないが、魔力の強さと確固たる強い意思の宿る眼差しは、今までに見てきたどんな魔女よりも強い印象を受けた。


「わかりました。では、そのように」

「は、では、これより向かいます」


 その言葉を最後に、モルドーは去る。

 ティラーが瞬きをした瞬間に、その姿は消えていた。


「油断はせぬ事です。モルドー」


 彼の去った虚空に、ティラーは言葉を残した。




「カオルコ……」


 自分を呼ぶ声がした。


「誰?」


 その誰かに呼び掛ける。


「お前はすでに家族を――ホームを手に入れている」

「父さん?」


 訊ねる。しかし声は答えない。ただ語り続ける。


「それはお前の周りにいる者達であり、そして俺達でもある」




「父さんっ!」


 カオルコは叫びながら目を開けた。

 何かを引き止めるように、前方へ手を伸ばしていた。

 場所はベッドの上。彼女はAKを抱いて座ったまま眠ていた。


 今のは夢だったのだろうか?

 それともいつもの幻聴だったのだろうか?


 夢現の境が曖昧だった。

 一度頭を振る。溜息が出た。

 自分の抱くAKが妙に温かく感じた。

 人肌のようだ。自分の熱が映ったのだろうか?

 そう思い、AKへ視線を移す。

 今のAKは直視する事に覚悟が必要だった。

 少しのストレスを覚えながら、AKを見た。

 同時に、目を見開く。


「嘘だ……」


 そこにあった光景に、思わず言葉が漏れる。

 自分の腕の中にあったAKが、折れる前の正常な形に戻っていた。

 それどころか、古びた色ではなく、新品のような光沢を放っていた。


 もしかして、寝ている間にクローフが新品と交換したんだろうか? 

 そう思い、ベッドから下りて何度か構える。

 マガジンを外し、チャンバーから弾を抜いてトリガーを引く。

 そのまま手早く分解して、また元に戻す。


 その作業の間の手触りや癖は、カオルコの手によく馴染んだ。

 まるで体の一部のように感じられた。

 カオルコだからわかる。この銃は、間違いなくカオルコが今まで使ってきたAKだ。


「…………っ!」


 声にならない歓喜が口から漏れた。

 どういう理屈かはわからない。しかし、壊れたはずのAKが元通りに直っていた。

 その喜びに、沈んでいた彼女の心は晴れ渡った。


「ん?」


 ふと見た所に、前と少し違う部分を発見する。

 ハンドガードに文字が刻まれていた。前にはなかったものだ。


「A……K?」


 AとKが辛うじて見える。

 が、その間に何か別の文字がうっすらとかすれて見えた。




 標的と土嚢だけで構築された簡易射撃訓練場に、三十発の銃声が響き渡る。

 銃声が止むと、三重丸で構成された標的の中心、黒い丸に三十発分の穴が開けられていた。

 銃撃したのはカオルコだった。

 直ったばかりのAKの試射をしていたのだ。

 撃ちつくしたAKを立て、銃口を空へ向ける。


「たいした腕だな」


 背後から声をかけられ、カオルコは振り返った。

 そこには、クローフがいた。その横には、エルネストも控えている。

 何故か直ったAKの試射を見てもらうため、二人に同行してもらったのだ。


「ありがとう」


 カオルコは素直に礼を言う。


「本当に、直っているみたいだな」


 不可思議そうな顔でクローフは言った。


「それもただ直っただけじゃない。横転弾もなくなってる」


 言われて、クローフは標的を見た。

 標的に開いた穴は、いくつか重なって歪になっているものの、どれも真円だった。


「横転弾って何ですか?」エルネストが疑問を口にする。

「ライフリングの消耗によって生じる銃弾の発射異常だ」カオルコが答えた。

「ライフリング?」


 理解できず、エルネストは再び訊ね返す。


「簡単に言えば、使い古して性能が落ち、まともに飛ばなくなるという事だな。そうなった場合、おかしな回転を行うから当たった時の穴が縦長になる。それが横転弾だ」


 クローフが説明すると、「なるほど」とエルネストは一応の納得を見せた。


「で、今回の現象がどういう事か、説明できるか? 絶対に魔法がらみの現象だと思うんだが?」


 納得顔のエルネストに、カオルコは訊ねた。


「そうですねぇ。正直言って、よくわかりません。けれど、確かなのはその銃が魔力を帯びている事。そして、その魔力が中で流動している事です」

「どういう事だ?」クローフが訊ね返す。

「まるで、この銃自体が魔力を行使しているように見えます。さっき放たれた銃弾にも全て、魔力が宿っていました」


 それを聞いて、カオルコはエルネストに身を乗り出すように詰め寄った。


「それじゃあ!」


 期待に満ちたカオルコの声に、エルネストはゆっくりと頷いた。


「銃弾へ魔法を付与できます。というより、すでに付与されている。それも魔力伝達の阻害を行う魔法が……」


 カオルコは目を細めた。


「奴を殺せる。そうだな?」

「はい。その銃弾ならば、聖鎧を貫通できるでしょう」


 エルネストの答えを聞くと、カオルコはニヤリと凄みのある笑みを作った。


「でも、どうして? どうして、こんなに都合よくこんな変化が起こったのでしょう?」

「ここではよく起こる現象なのか?」クローフが訊ねる。

「いいえ。私が知る限りでは、初めての事例です」


 首を横に振ってエルネストは答えた。


「こうなってしまった理由はわかるか?」

「そうですね……」


 エルネストは顎に手をあて、しばし思案する。やがて、口を開いた。


「カオルコさんは元々、強い魔力を持っていた。あなた方の世界は魔力を活用しにくいようですが、カオルコさんは自己生成される魔力が多いので常に魔力を帯びていたのでしょう。そして、あのAKはその魔力の近くにずっとあった。だから、魔力を帯びた。という所でしょうか?」


 あまり自信は無いらしく、躊躇いがちな口調でエルネストは締めくくる。


「そうか。……まるで、意思を持っているようだな」

「え?」

「カオルコの望みを叶える為に、その能力を獲得した。そのように思える」


 言って、クローフはカオルコのAKを見た。

 何の変哲もないAK。しかし、その実体は得体の知れない何かに思えた。

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