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鉄火の魔女王  作者: 8D
鉄火の魔女王編
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十四話 心は銃と共に

「なるほどなるほど、そうなっていたのか」


 フォリオはオルクルスからの話を聞き、楽しそうな声で納得する。


「殺した後に鉛を突き入れたんじゃなくて、撃ち込んで殺していたのか。いやいや、金属が潰れるくらいに強く押し込むなんて、ハンマーで叩くぐらいじゃないと無理だと思っていたから考え付かなかった」

「あの武器、お前は作れるか?」


 楽しげなフォリオとは対照的に、オルクルスは至って静かに訊ねた。

 二人は、ボマスにあるフォリオの研究室にいた。

 まるでおもちゃ箱をひっくり返したかのように用途不明の物品が散らかされた研究室の中で、フォリオは動きまわりながらオルクルスに応対していた。

 オルクルスは実験器具の並ぶ机を前にして、来賓用の椅子に座っている。


「無理だね。少なくとも今は。一から作ると時間がかかる。現物を見れば作れるかもしれないけど。僕は見てないし」


 彼女が肩を竦めて返すと、オルクルスは「うむ」と唸った。


「でも、コンセプトは面白いね。連発できる飛び道具に、何ゼレトも先の標的を狙える飛び道具。それはとても便利な物だ。攻撃されない所から攻撃するのは、理想的な戦い方だものね」

「だが、一発の殺傷能力は低い。近付いて斬りつけた方が簡単だ」


 オルクルスはフォリオに反発する。そんな彼にフォリオはなおも楽しげな調子で応じる。


「あなたなら、それも現実的な方法だ。でも、兵士が皆あなたであるわけじゃない。大多数は近付く前に死ぬだろうね」

「ならば、我輩以外の兵士が無傷で勝ち抜く方法を考えろ」

「ふふ、わかったよ。実はもう、いくつか考えてる」


 フォリオは気だるげな表情に笑みを作った。




 父と自分は違うのだ。と、はっきり自覚し始めたのはいつ頃だろう?


 髪の色が違う。肌の色が違う。目の色が違う。顔の雰囲気が違う。

 違うものがたくさんあって、それはどうしてなのかと無邪気に訊ねた事もあった。

 それを問いかけた時、父は「お前は女の子だからだよ」と答えた。

 小さかったカオルコはそれを素直に受け取り、信じた。


 それでもやはり違うのだ、と歳を経てわかるようになり、その頃になるともうそれを訊ねる事が怖くなっていた。

 カオルコという名前。「カ」とは三の意味であり、「オルコ」は鬼という意味だ。

 娘につける名前としてはあまりにも似つかわしくない。

 しかし革命家として戦う力を持たせたいという願いを持たせた可能性もある。

 他の意味に気付いたのは些細な偶然だった。


 情報収集のために、街へ潜伏していた時の事だ。

 カオルコは偶然、日本人の男に声を掛けられた。

 日本語ではなく英語を話していたので、カオルコは彼に応対する事ができた。

 男は道を訊ねただけだった。答えてやると男は嬉しそうに礼を言った。

 その時、「カオルコ」と遠くからカシムに呼ばれた。そしてそれを聞いた男は言った。


「やっぱり、日本の方だったのですね」と。


 その時は潜伏中だった事もあり、出来る事なら人との接触は避ける事が正しい判断だった。

 しかし、カオルコは男の言葉が気になり「どうして、そう思う?」と訊ね返していた。


「薫子という名前は、とても日本人らしい」


 薫はプロフーモ。子はラガッツァ。

 後に調べてそういう意味があると知った。


 そちらの方が余程女の子には似合う名前だ。

 その事があってから、カオルコは自分が日本人なのではないか? と考えるようになった。

 自分の母親は日本人なのかもしれない。

 そもそも、私は父の子供ではないのかもしれない。

 なら、どうして父は自分を育ててくれたのだろう? どうしてカオルコと名付けたのだろう? 誰がそう名付けたのだろう?


 それらの答えを知りたくても、答えを知っていた父はもう星となった。

 これは永遠の謎だ。

 自分はいったい、何者なのだ……。


「お前は私の可愛い娘だ」




 カオルコは目を覚ました。

 座ったまま眠っていたカオルコは、勢いよく顔を上げる。


 父の声を聞いた気がした……。


 それは夢だったのか、いつもの幻聴だったのか、判断はつかない。


 カオルコは揺れる馬車の中にいた。荷台と馬をつなげただけの簡素な馬車だ。

 馬車の中にはエルネスト、クローフ、アレニア、他にも数名の魔女がいる。

 彼女らは今、首都ボマスからの帰途に就いている最中だった。

 馬車は闇の只中にある。

 光源は御者台に釣られた、道を照らすためのランプが一つ。

 馬車の中で起きているのは、御者を買って出てくれた魔女とカオルコの二人だけだ。

 他は皆、寝転がって寝息を立てている。

 クローフなどアレニアの足を枕代わりにして寝ていた。


 カオルコは再び眠ろうと目を閉じる。

 ふと、手の中にある物の違和感に目を開く。

 彼女の手には、折れ曲がったAKが握られていた。

 見る限り、修理不可能な壊れ方をしている。


 改めて見ると、カオルコの心に言い知れぬ悲しみが広がった。

 この銃は、彼女が物心ついた時から共にあった。

 幼い頃には、この銃を抱いていなければ眠れないほどに慣れ親しんだものだった。

 戦時に命を預け、言葉の誤りなく寝食を共にし、毎日の手入れを欠かさず、苦楽あった今までの人生をずっとこの銃と歩んできた。


 カオルコは泣いた。


 俯いて、誰にも悟られないよう声も無く涙の雫を落とした。

 父は決して、弱い所を見せなかった。組織の長となる者は誰にも弱さを見せないのだ。

 幾多の同志が命を散らし、カオルコは何度も涙を流して悲しみに暮れた。

 そんな中でも父は涙を流さず、リーダーとしての責務を澱みなく果たした。

 それが指揮官のたしなみであり、義務だ。

 そして今は、カオルコ自身がその立場にある。少なくとも今は。

 こんな事で涙を見せてはならない。

 これから、戦いの中で多くの仲間が死ぬだろう。

 その度に悲しみは心の門戸を叩くだろう。

 だが仲間が悲しみに暮れる中も、カオルコだけは仲間へ導くべき道を示さなければならない。

 だから大事な物であったとしても、ただの銃にこれだけの悲しみを懐いてしまう事は許されない。

 感傷に浸る贅沢など、今のカオルコには許されていないのだ。

 しかし、涙を留めようと思っても今しばらくは留まりそうになかった。




「鉄の弾をそらした?」


 エルネストの研究室で、部屋の主はカオルコの話に思わず訊ね返した。

 話題は、教皇を狙撃した時の事だ。


「厳密には鉄のコーティングをしていただけだがな。少なくとも私にはそらされたように見えた。可能なのか?」

「まずありえない事です。でも……うーん」


 エルネストは一つ唸り、部屋にある本棚から一冊の本を取り出した。

 パラパラとページをめくり、目当ての頁を探す。


「あった。これかもしれません」


 エルネストはページを指しながら言う。

 カオルコは本に目を向けるが、文字がわからなかった。

 カオルコにかけられた魔法でわかるのは口頭による言語だけだ。


「なんて書いてあるんだ?」

「これは失礼。えーとですね、聖鎧です。前にも言いましたが、魔法使いの魔法は魔力に命令するもので、聖術は自動発動的な物なんです。この聖鎧は自動発動であらゆる攻撃から身を守る術なんですよ」

「なるほど。でも、魔力でできているのなら鉄の銃弾は防げないはずじゃないか?」

「もっともです。でも、魔力と鉄は反発し合います。恐らく魔力がよほど強いため、鉄の方がはじかれた、という事ではないかと……」


 自信がないのか、エルネストの言葉は尻すぼみになっていった。

 つまりあの男、ティラーには銃弾が効かないという事だ。


「でも、魔力には実体がありません。物質である鉄が魔力に運動を阻害されるなんて事、普通はありえませんけどね」

「だが間違いなくそれを実行できる奴がいる。どうすればいい? どうすれば奴を殺せる?」

「そうですねぇ」


 エルネストは思案する。しばし黙って考え続けていた彼女は、不意に「あ」と声を漏らした。


「鉄の銃弾に魔力を込めるというのはどうでしょう?」

「鉄と魔力は反発し合うんだろ?」

「まぁ一般的には。しかし、何事にも例外はあります。昔、ある魔法使いが行った実験の話なんですが、反発し合う魔力と鉄を一緒に鉄箱の中に長時間入れておくというものだったんです」

「そうするとどうなるんだ?」

「鉄に魔力が宿ったそうです。魔力が付与された鉄なら、聖鎧を相殺する魔法をかけて銃弾を届かせる事ができるかもしれません」


 エルネストは笑顔を向けて答えた。


「そいつは素敵だ。だったらそれをすぐに作ってくれ」


 カオルコが何気なく言うと、さきほどまで楽しげに説明していたエルネストが表情を曇らせた。


「ごめんなさい。言っておいて何ですが、すぐには無理です」


 申し訳無さそうにエルネストは謝る。


「どうして?」

「この実験、年単位で行われていたんです。確か、宿すには五年近くかかったと思います」

「それじゃあダメだな」

「本当に残念です」


 エルネストは俯いた。


「でも、たとえそれが実行できたとして、今の私にはどうしようもないかもな」


 呟くカオルコの声に、エルネストは訊ね返そうとした。しかし、それが言葉になる前に、カオルコは背を向けていた。




 クローフの眺める先で、カオルコが魔女達に格闘訓練を施している。

 その中にはウーノの姿もあった。

 銃を持った状態での格闘戦を想定しているのか、魔女達は皆、弾を抜いた銃を持っている。

 ただ一人、カオルコだけは銃を持っていなかった。

 そんな様子を眺めながら、クローフは小屋の手すりに寄り掛かって一人で煙草を吸っていた。

 彼は側に誰かがいる時は煙草を控えていた。

 その分、一人の時に吸うのだ。


「クローフ先生」


 声をかけられ、クローフは携帯灰皿を出そうとする。が、「あ、大丈夫ですよ。吸っていてください」と次いで声がかけられる。


「アレニア」


 クローフは振り返って声の主の名を呼ぶ。アレニアはクローフの隣に立った。


「カオルコ様、あの日からあまり休んでいらっしゃらない」


 アレニアは心配そうに言った。

 あの日と言うのは、ティラーの暗殺に失敗した日の事だ。

 あの日から、カオルコはさらに厳しく魔女達の訓練を行っている。

 訓練が終わっても、戦闘に関する講義や様々な雑事に追われていた。

 以前も精力的に仕事をこなしてはいたが、今ほど忙しくなかった。


「あいつは大事な物を失った。それを忙しさで紛らわそうとしているんだ」

「あの銃ですか?」

「そうだな」


 しかし、それだけじゃない。クローフは口に出さず、心中で呟いた。


 カオルコが失った物は銃とそれにまつわる思い出だ。

 父親にAKをもらい、それから共に経験してきた全てを彼女は失った気でいる。

 記憶は脳に宿るものだ。失ったと思うのは錯覚にすぎない。

 しかし、錯覚だとしても心の痛みは無視できないだろう。

 悲しさはまだ、あの小さい胸の内に燻り続けている。

 それを紛らわせるのなら忙しさに逃げるのもいい、とクローフは思っていた。


 しかし、限度はある。

 クローフは煙草を携帯灰皿に突っ込んだ。

「先生?」とアレニアは不思議そうに声をかけ、「ちょっと喧嘩してくる」クローフは返した。

「え? 喧嘩?」と驚くアレニアの声を背に受けながら、クローフはカオルコの方へ向かった。

「カオルコ」


 クローフが呼び掛ける。カオルコは振り返った。


「ドクター。何の用だ?」

「そろそろ休んだらどうだ?」


 クローフの言葉をカオルコは疎ましそうな顔で聞いた。


「時間は無い。早く、ここの魔女達を一人前にしなくちゃならないんだ」

「彼女達は単独での作戦に成功している。一人前の条件として、それ以上に何を望むんだ? 何より俺には、お前が真剣に訓練へ取り組んでいるようには見えない」


 カオルコは険しい表情をクローフへ向けた。

 クローフは真っ向からそれを受け止める。


「お前、銃を持てなくなってるんじゃないのか?」


 クローフが言うと、カオルコは顔を背けた。

 その仕草でクローフは自分の考えの正しさを悟る。


 クローフの考えは正しかった。カオルコはあの日から銃を握れなくなっていた。

 何度か別の銃を持とうとしたが、グリップを握った瞬間、彼女は銃を投げ捨てていた。

 意識しての事ではない。無意識に彼女は銃を拒絶したのだ。

 おびただしい発汗と手の震えが、銃を手放した後に残っていた。

 他のAKも試した。しかし、結果は同じだった。

 同じ形だというのに、これは違うと体が判断してしまうのだろう。


 原因は恐らく、AKの破損による精神的損傷。

 もしかしたら、仲間を失った事も関係しているかもしれない。

 今まで押し留めていた心の疲労が、AKの破損をきっかけに表面化してしまったのかもしれない。

 しかし、その原因を明らかにした所で、すぐにどうこうできるものではない。

 心の療養は時間をかけて行われるものだ。

 それは時間のない現状にとって致命的な症状だった。


「だからどうした。言っただろう。魔女達を一人前にしなくてはならない、と。でなければ間に合わない。敵は待ってくれないからな」


 しかしカオルコは、悪びれるでもなく、強い口調で言った。


「何?」


 彼女の言葉を不審に思い、クローフは訊ね返す。


 カオルコは答えを返さず、「エリザ。訓練の監修を頼む」と一人の魔女に告げた。

 魔女は「はい!」と敬礼で応じる。

 カオルコは訓練場から離れるように歩き出した。

 恐らく、ここでは話したくない事なのだろう。

 クローフは緊張した面持ちで彼女に続いた。

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