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鉄火の魔女王  作者: 8D
鉄火の魔女王編
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十一話 魔術と聖術

 自室を後にし、手の中のジェットファイアへじっと眼差しを向けるウーノを伴ったカオルコは、エルネストの魔法学校兼研究室へ赴いた。

 魔法学校と銘打っても建物は広く作られたログハウスである。

クローフの病院より幾分ばかり小さい造りだ。

兼用であるため、中は学校としては狭く、研究室にしては広いという微妙な印象がある。

その部屋へノックも無しに足を踏み入れると、一人そこに居たエルネストは「いらっしゃい」と驚く様子もなく返した。

その視線はカオルコ達を向かず、奇妙な薬品を湛えたビンが規則性もなく置かれた研究机の上に向けられていた。

その先にあるのは薬品でなく、どうやらチョコレートらしかった。

チョコレートを前にして、エルネストは唸りすら上げ出しそうな険しい表情を作っていた。


その状況、とりわけ手付かずのチョコレートに気付き、「おっ」とカオルコは歓喜の声を漏らした。

しかしながらその表情は喜ばしげなものでなく、さながら獲物を狙う獣の如き獰猛な面構えである。


「処分に困っているなら、貰ってやってもいいぞ」


善意という様相を呈しつつ、それをひた隠すでもなく発せられた言葉であるが、その真意は明らかな我欲であろう。


それを知ってか知らずか、エルネストはすぐさま「ご冗談を」と顔を上げて返す。


「ただ少し、いくつかの躊躇いがあっただけです。余計な肉が付かないかとか……後は……」


 それ以上言葉の続かない彼女。

結局の所、彼女の懸念はその一つの理由に集約されているようだった。


「体重が増えるのは良い事じゃないか。銃の反動に負けにくくなって射撃が安定する」


 そう言ってカオルコが憂い顔で見やった自分の体は女性にしては筋肉質で、しかし厚みというものが不足している。

脂肪も申し訳程度についてはいるが、どうしても華奢な印象を拭えない。


「私はどうあがいてもこれ以上体重が増えないのに……」


とカオルコは心底残念そうな口調で溜息を吐いた。


「それは羨ましい……」


 ぐぬぬ、と唸るような表情で言うエルネストだったが、カオルコは「そっちの方が羨ましい」と返した。


「エルネストは私よりでかくて肉付きがいいからな。鍛えれば筋肉の量もモリモリ増えるだろう。私より戦闘班向きだ」


 カオルコとしては褒めたつもりで言ったのだが、エルネストは「嬉しくないです」と眉根を寄せて返した。

そんな折、彼女は何気なくやった視線の先にウーノを捉え、大仰に驚いた。

さも、幽霊でも見たかのような驚きっぷりだ。


「どうした?」

「いえ、ちょっと、気付かなくて」


エルネストはばつが悪そうに答えた。

ウーノはカオルコの少し後ろに付き従っていた。

隠れているわけでもなく、平然と立っていたのにそれはおかしな話だった。


「仕方ないと思う」


と答えたのはウーノ本人だ。


「何故?」とカオルコが問うと、彼女は答える。


「僕は魔力を一切受け付けない体質らしいから」


 それがどう関係あるのか、カオルコには思い至れなかった。

しかしエルネストはその説明だけで事足りたのか「ああやっぱり」と一人納得した。

カオルコが釈然としないふうに顔を顰めていると、エルネストはその様子に気付いて注釈する。


「かなり珍しいですけど、稀にいるのですよ。魔素を取り込めなかったり、魔力に返還できなかったりする人が」

「なんでそれが驚いた理由になるんだ?」

「魔法使いや、魔力に敏感な人などは相手の魔力放出で人の気配を察する事ができるのです」


エルネストの説明に、カオルコは思い当たる所があった。

前の訓練で、背後より完璧に音を消して近付いたにも関わらず、気付く者が何人かあった。

どうやらそれは、彼女の言う魔力に敏感なタイプなのだろう。


「見もせずに把握しようとするのは魔法使い特有の悪癖なのですけど、ウーノちゃんのような人は気配を感じられないので、突然視界に入られると幽霊かと思ってびっくりする事があるんです」


 幽霊かと思う、などという可愛らしい理由で驚くのは、この女だけではないだろうか? とカオルコはいぶかしむ。


しかしなるほど、納得した。

気配を察知されないという事は、暗殺者としてこれほど有利な事もない。

彼女が「一番」と称されるのは、その特異体質もあっての事だろう。

魔女にとっては死神同然の存在だ。

そうしていると、ふとカオルコは思いつく事があった。


「魔力が無い事が稀なら、ほとんどの人間は魔力があるのか?」

「ああ、あなたには言っていませんでしたね。そうですよ」

「じゃあ、ビルリィ教の連中にも勿論あるのだろう? あいつらは、何を以ってして魔女と定めているんだ?」


 魔力が人に平等とあるのなら、魔力の有無で魔女と認められるわけもない。


「そうですね。主に言いがかりが多いですけど、魔法――とりわけ魔術を使える人は審議の必要もなく魔女とされますね。私の時もそうでした」

「その口ぶりからすると、魔法と魔術は違うのか?」


カオルコは些細な疑問を口にする。

エルネストは「はい」と肯定して続けた。


「魔術は魔法の一種と考えてください。まとめて魔法と呼びますが、魔力を使うという点で魔法は魔術と聖術の二つに分かれます」


聞きなれない単語が出て、カオルコは「聖術?」と口にする。


「魔術は魔力に命じる事で志向性を持たせる魔力の応用法です。聖術は漠然とした願いに感応し、自然発生的に術を起こさせる応用法です」

「よくわからん」

「ええと……こうこうこうしなさい、って命令して魔力を使うのが魔術です。

こうなったらいいな、って思って勝手に魔力が働いたら聖術です。

魔術は無理やり言う事きかせる分余計な力を使いますが、聖術は願うだけなのでそもそもそういった力は使いません。

その代わり、しっかりどうして欲しいのか伝わるわけではないので、効果は漠然としていてあまり強くありません。

あと、魔術は体外への効果の発現、聖術は体内における効果の発揮がそれぞれ得意です」


 エルネストのできるだけわかりやすくした説明に、カオルコは「なるほど」と要領を得ない声音で答える。


「実はよくわかっていませんね?」


 エルネストが問うと、カオルコは満面の苦笑いを返した。


「なんとなくはわかってるさ」


 そうですか? とエルネストは一度懐疑的に訊ね返してから説明を再開する。


「そして聖術は基本的に願いを叶えるものですから、ビルリィ教の教義ではそれによってもたらされる恩恵こそが神の御力であると教えています」

「なんだ。つまりは、ビルリィも魔法を使っているんじゃないか」

「ありていに言ってしまえば。純真な教徒は認めないでしょうけど」。

「結局の所、連中が神の奇跡や加護と思っているものは全て、人間自身の持っている力なわけだ。こんな不可思議がまかり通る世界でも、神の存在に根拠はないらしい」


 皮肉っぽく笑いながらカオルコは言った。

そんな彼女に、エルネストは「あの――」と改まって声をかける。


「今さらですけど。ありがとうございます」


 カオルコが顔を向けると同時に、エルネストは深く頭を下げた。

その突然の感謝に心当たりのないカオルコは怪訝な顔をして「何のつもりだ?」と返した。


「私達を助けてくれた事です」

「憶えがないな」

「あなたは私の願いに応じて、彼女達を助けてくれました」

 

エルネストは初めてカオルコがこの世界に呼ばれ、この日まで続いた彼女の尽力に礼をのべたのだ。

しかし、その賞賛に対してカオルコの反応は淡白だった。

冷然ですらあった。


「ならなおの事憶えは無い」


 カオルコの言葉をエルネストは理解しかねた。

今までの彼女の尽力が救済のためでなくて、いったいなんだというのか。


「助けを求めるなら、それこそ神にでも頼れ」


 気分を害したふうでもなく、カオルコは淡々と告げる。

そんな彼女の態度に、エルネストはますます不可解な思いに捕らわれる。

エルネストが困惑していると、カオルコは口を開いた。


「私はお前に雇われただけだ。志までは共にしていない」


 確かにそうである。

カオルコとエルネストは明確に同志ではない。

エルネストがカオルコを雇っただけだ。

だから、助けたわけでなく、彼女としてはただ仕事をしているだけなのだ。


でも……。


それでも感謝の念は尽きない。

彼女がいなければ、自分の願いはあの場所で潰えていたのだから。


「そうでしたね。でも、あなただからできた事ですよ」

「なら、いいがな」


 カオルコは皮肉っぽく返した。

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