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鉄火の魔女王  作者: 8D
鉄火の魔女王編
1/46

プロローグ 密林の二人

 感想へのコメント返しは、何か話を投稿した際の活動方向にて行っております。

 そのため遅くなってしまうかもしれませんが、お許しください。

 銃撃の音が聞こえる。


 バラバラと無遠慮に鼓膜を震わすその音は、遥か彼方に置き去りにしてきたものだ。

 本当はもう、かすかに聞こえるだけ。

 聴覚を麻痺させるほどに激しかった音が、今や歩むたびにはねる河水の飛沫に霞んでしまう。

 しかし彼女は、それをしっかりと聞き逃さずに歩み続けていた。

 水音も、密林に潜む動物の鳴き声も、彼女の耳を妨げはしなかった。

 一人の男を伴い歩く彼女は、焦りに染まる心でその音を聞いていた。


 その焦りは、恐怖からの物ではない。

 銃撃の音が間近で聞こえるその場所で、今も戦い続ける仲間達への心配からだ。

 銃声のその先では、仲間達の苦悶があるかもしれないのだ。

 本当なら今すぐにでも来た道を戻り、仲間と共に戦いたい。

 銃撃を以って、正義の鉄槌を怨敵の身へと穿ちたい。

 しかし、彼女にそれは許されなかった。

 彼女には、敬愛する指導者より任じられた大切な役目がある……。


「ドクター。まだ、体力は大丈夫か?」


 彼女は振り返り、医療鞄を持った白衣の髭面男に声をかける。


「ああ、大丈夫だ。休む必要は無い」


 医者の男、クローフの足取りは、その言葉が真実であると証明するように力強かった。


「ならいい」


 クローフの様子を認め、彼女は簡潔に返す。


「ドクターには、無事に逃げてもらわなくちゃならない。それが父……ボスの命令だ」


 歩みを止めず、構えたアサルトライフルの銃口も下げず、彼女はクローフに告げた。


「何より、ドクターは私達の仲間を多く救ってくれた。恩もある。だから、必ず逃がす」


 だからこそ、今戻ってはいけないのだ。

 そう、自分に言い聞かせる。


「俺の力なんて微々たる物だ。助けられなかった奴もいる」


 クローフは、かすかな悔しさを声に滲ませて答えた。


「だが、ドクターは本来なら助からなかったはずの命も救った。世間から悪と称される私達の命も、決して蔑ろにはしなかった。常に真剣に、命と向き合っていたように見えた」

「助けを求められて応えるのは、医者として当然だ。俺が特別なんじゃない。だが、医者としてでなくとも救える命は救いたい。……お前は俺を逃がして、どうするつもりだ?」


 唐突な問いに、真意を理解できないまま彼女は答える。


「仲間と合流する」

「やめておけ。死ぬだけだ」


 即答で返されたクローフの言葉に、彼女は表情を怒りに染めた。


「仲間を見捨てろと言うのかっ!」


 歩みを止め、振り返って叫ぶ。


「……お前は、親父さんの気持ちを無駄にするのか?」

「っ……、何の事だ!」

「俺は頼まれたんだ。逃げる時に、そのままお前を連れて行け、と」

「嘘だっ!」


 強い否定を込めて、彼女は叫んだ。


「嘘じゃないっ! 鈍感なふりはやめろ。気付いていたはずだ」


 しかしそれ以上に強く返され、彼女はくしゃりと顔を歪めた。


「父さんは、私を見捨てようというのか? 私なんて、もういらないって……」

「違うだろう」


 クローフは彼女の華奢な両肩を掴み、諭すような優しい声音で続ける。


「奴は、お前に生きていて欲しいんだ。カオルコ。お前は、奴の一番大事な物だったんだ。だから、親友の俺に託した」


 カオルコと呼ばれた少女の瞳から、涙が滲み出る。

 しかし、その瞳がキッと鋭くクローフを睨み返した。

 肩を掴む手を払いのける。


「それでも! 私は、仲間を見捨てたく……っ」


 そう怒鳴った時だった。


 同時に、大きな爆発音が轟いた。


 衝撃を伴う音が体を叩き、密林の木々が揺らめく。

 そして、ざわめく動物の声を耳にしながら彼女はその光景を目の当たりとした。


 遠くある場所。

 かつて、彼女の所属する組織が拠点としていた場所。

 仲間達と共に過ごした場所。

 父のいる場所。

 数々の思い出が残る、彼女が帰るべき家。

 その場所に、大きな爆発が上がった。

 彼女の大事な物が全てある、その場所が今消えた。

 数機の軍用ヘリが、その上空を旋回していた。

「ああ……」


 彼女は精一杯に目を見開き、一瞬言葉を失う。

 やがて、その失った言葉を取り戻した時、彼女はありったけに叫んでいた。


「父さーーーーーーーーんっ!」


 彼女が全てを失ったその瞬間、二人は眩い光に包まれた。

 光が消え去った時、そこに二人の姿はなかった。

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