木戸君と瀬乃君
中庭を抜けて校庭に入るとき、陸上競技部の一年生はわざわざ礼をしなくてはならない。中学には無かったならわしが高校に入るとたくさんあって、空き缶みたいに蹴り飛ばしてしまいたい。学年集会のおかげで今日は先輩がまだ来ていないから、中庭のアスファルトと校庭の土の境目を跨いでそのまま足を踏み入れた。
「おい、何してんだよ」
振り向くと木戸君がいた。キャプテンや監督お抱えの、目付け役なる一年生だ。
「何って」
「お前、礼しなかっただろ。先輩たちがいないからってルール破っていいのかよ」
「ごめん、すっかり忘れてた」
本当にすまなそうな顔を作って僕はそのまま足を進めた。後ろから降りかかる木戸君の視線に負けじと、肩にかけたエナメルバックをつかんでまっすぐ前を向いていた。
部室のドアを開けると、出入り口のすぐ近くに立っていた瀬乃君と目が合った。瀬乃君はいつものように顔をくしゃっとさせて僕の肩に手を置いてきた。
「宮野、模試の結果どうだった」
「いつも通りかな。瀬乃君は」
「俺はねえ。ふふふふ」
瀬乃君に背中を押されながら部室の奥まで行くと、机の上には模試の結果が飾ってあった。瀬乃君はいつも通り校内偏差値70以上だ。
「木戸はどうだった」
距離を置いた場所に座っている木戸君からは、うるせえな、と雑な返事が返ってきた。木戸君は頭があまりよろしくない。
「あれれれれ。木戸ちゃん、今回も調子が悪いのかなあ」
「うるうせえよ。お前なんか俺よりタイム悪いだろ」
「そんなんまだこれからだから分からないだろ」
木戸君と瀬乃君はいつもこんな感じでいがみ合っているけれど、どっちが強いのかは今のところ良くわからない。
「宮野、木戸ってちょっとめんどくさいよな」
「うーん、どうだろう」
「宮野、瀬乃ってマジで無神経だよな」
木戸君の言葉は的を射ていて、思わずふっと笑みがこぼれてしまった。
「それはちょっと分かるかも」
「お前までそんなこと言うのかよ」
瀬乃君は漫画のキャラクターみたいに頬を膨らませて、部室の奥に行ってしまった。
ドアの向こう側から話し声が聞こえてきて、まったりとしていた部室に緊張が走った。先輩がもうすぐやってくる。また、部活の始まりだ。