姿無き声
『その願い叶えてやろうか?』
何処からともなく声が聞える。
「えっ?」
視線と首を動かし周囲を確認するが誰もいない。
『その願い叶えてやろうか?』
二度目の問いが結斗に降りかかる。その声から男性のものなのか女性のものなのか分からないくらい歪んでいる。しかし、この声は不思議と悪い気分にさせない音色を奏でていた。
「誰、ですか?」
周りには誰もいない。しかし、声ははっきりと結斗に届いている。
『私に名などない』
「名前がない?」
『私はこの世界には存在していない。だから、名乗る名はない」
「霊的な、者ですか?」
『近からず遠からずと言った所かな。それでどうする、倉島 結斗』
「!」
名前を呼ばれる。
「どうして、僕の名前を知っているんですか?」
名乗ってもいない名前を呼ばれれば恐怖を感じる。ましては姿も見えない霊的な存在と話している時点で恐怖を感じない訳がない。
『私は君を見ていたからね』
「僕の事を・・・何故?」
『君のその負の感情に惹かれてかな。その感情。この世界に絶望している感情にね』
「・・・」
間違いではない。この世界には幸せなんかないのだとさえ結斗は思っている。
『私はずっと見ていたよ。君の事を』
「!」
その言葉で一瞬にして驚きの表情になる。
「ずっとて、いつからですか!?」
いつもの覇気の感じられない声にほんの少し力が入る。
『君がそう思うようになってかな』
「・・・」
(そうか、知ってるのか)
少しの間、沈黙が訪れる。
「だったら分かるだろ。その問いの答えを」
半分、諦めたような口調。この者は自分の過去を知っている。だから、どんな理由でこの世界を嫌っているのか分かっているはず。
そう、その理由があるからこそこの者は結斗の元に現れた。
『ふっ。ああ、分かっていたさ』
「それで本当に僕の願いを叶えてくれるのならこの世界を消滅させるのかい」
『私が?この世界を?そんなことはしないさ』
「?ならどうやって僕の願いを叶えてくれるの」
『それは君自身がする事さ』
「僕?」
『そう君さ』
この者が何を言いたいのか分からず頭に疑問が残る。
『私は君に力を渡すだけだ。その力で君がしたい事をする。ただ、それだけだ』
当たり前のように言ってくる。
「力?力ってどんなものですか?」
『魔法さ。ただ、私が渡すのはほんの少しの魔力。その力を使い魔力を高めればどんなことだって出来る。そう、君が叶えたい事も、いつかね』
「魔法・・・」
アニメや漫画でよく出てくる単語。それが現実で使えるものなのかという疑問は残る。もしかしたら、これは誰かの巧妙な悪戯なのかもしれない。
『そう魔法さ。君も聞いた事はあるだろ?もしや、何かの悪戯なのかもって思っているのかい?』
考えを見透かされてしまう。
『何そんなに珍しいものでもないさ。この世界にも科学や理論で解決できないことは多いだろ?人には絶対に出来ないことをやってのける者もいる。しかし、その大概は嘘だ。ばれないように細工を施している。だが、その中でも無意識に魔法を使っている者いるのも事実だ』
「本当この世界でも魔法を使っている人がいるんですか?」
『ああ、いるとも。自分の意志で魔力を操り使っている者もいる。そして、これからその力を君、与える』
結斗は完全には信じ切れてはいれなかった。
『そして、その力を使いこの世界を壊す事も・・・・・・奴らに仕返しする事だって簡単だ』
言葉を言い終えた後、笑みを溢したようにも思えたが結斗は気付きもしなかった。結斗の頭の中には、思考のすべてを何者かが発した最後の言葉で埋め尽くされていた。
「・・・」
奴ら。結斗を苛めていた同級生。魔法の力があれば奴らを黙らせることができる。そんな力がもう目と鼻の先にある。
今までされた事が頭の中にフラッシュバックのように蘇る。自然と拳に力が入り怒りの感情が結斗を支配していく。
『私は力を与えるだけ。後は・・・』
少し間が生まれる。そして・・・。
『・・・君次第さ』
最後の言葉が放たれる。
不敵な笑いが聞えてきそうにとても楽しげな声。悪魔。この者はそれに近い者なのかもしれない。
「・・・」
『・・・』
沈黙が生まれる。
『もしかして怖いのかい?』
先に口を開いたのは姿無き者だった。
「怖い?僕が?まさか。どちらかと言うと逆かな」
結斗の口元が綻ぶ。
「楽しみでしょうがないよ。本当にあなたがそんな事ができるのならその力を僕に下さいよ!」
『本当に良いんだね?』
「何故そんな事を聞くんですか?あなたは分かっていたはずだ。僕がどう答えるのかを」
『確かにこれは君にとっては愚問だったね』
「ああ、そうさ!早く僕に力をよこせよ!」
いつの間にか言葉使いが悪くなっていた。恐らくこれが結斗の素なのだろう。
「僕が奴らも、この世界も全部ぶっ壊してやるよ!」
結斗の心は欲望に塗れていた。
『分かったよ。それじゃあ、君に力を与えるよ。最後にもう一度言うけどこれから先は君の意志でどう使うか決めるんだ。後悔しないようにね。それでは新しい倉島 結斗の誕生だ』
欲望に駆られた結斗には最後の言葉が届かなかった。
その言葉を最後に辺りは暗くなる。雲が太陽を遮っていた。
そして、地面に仰向けの結斗の真上から何かが落ちてくる。雷ではない。凄まじいエネルギーが結斗の目掛けて落ちてくる。それを見る結斗の瞳はギラギラとしていた。
衝突とともに辺りには凄まじい光と轟音が鳴り響いた。




