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昔語り


 王城には、一般公開されている図書室がある。

 一般といっても、貴族が対象となる。それ以外の者は、王城に勤めていても、誰か貴族と一緒でないと入れない。

 図書室という名称も見合ってはいない。書物保存のために作られた建物だからだ。

 書物を読む場所は、廊下で結ばれているが別棟にある。図書室は火の使用が厳禁のため、冬は寒さで長居が出来ないからだ。図書室を預かる者たちも冬だけは別棟で待機し、人が来た時だけ付き添って図書館に入ることになっている。

 別棟には、飲食禁止の閲覧室と、本の持ち込み禁止の喫茶室がある。

 今日、シンシアはその喫茶室の方でセアラと会う約束をしていた。

 煌びやかな社交場や厳めしそうな行政部門がある王城とは無縁のシンシアだが、この図書室だけは良く知った場所である。

 けれど王城内は、見知った場所でも女官の案内なしに歩かないのが、慣わしだ。

 女官の案内で目的の場所へと向かいながら、いつもと違う緊張を感じていた。

 今日、王城のどこかの部屋で、父と兄が監査部と会合を持つ。カイルとセアラがそれを聞くことのできる隣室を用意してくれている。

 自分の行動の結果を見届けるべきだと思う。けれど身の程知らずな事をしてしまったという後悔が少なからずある。

 別棟の外から喫茶室へ案内された。夏には陽射し避けがかけられ、部屋の外にもテーブルが置かれる。そちらに行くのだろう。

 角をまがって、足が止まった。

 セアラがいた。こちらを見て微笑んでいる。

 けれどいるはずの無い人もいた。

「もう少しお近くへ。」

 女官が小さな声で、先へと勧める。

 案内されるままにたどり着いた場所で、走り始めた心臓の音に逆らうようにゆっくりと、シンシアは大きく腰を落として、最大の礼を示した。

 悠然と椅子に掛け、微笑みをたたえた国王陛下のご母堂がそこにいた。

「王太后様には、ご機嫌麗しくお慶び申し上げます。」

「ごきげんよう、シンシア。顔を見せて頂戴。怪我の具合はどう?」

 親しく呼びかけられて動揺する。まず体を起こし、お言葉にお礼を申し上げる。

「ありがとうございます、王太后さま。順調に回復しております。春一月の夜会の折には、たいへんお世話になりました。」

 自分の返事の仕方に間違いがないか、自信がない。セアラに確認したいが、落ち着きなく視線を彷徨わせるのもよくないだろう。

「不届き者には必ず罰があたえられますからね。」

 王太后様の笑顔に不穏なものを感じて、怖い。

「まずは、お座りなさい。シンシア。」

 案内をしてくれた女官が、王太后の近くの空席を示してくれる。

 座らないわけにはいかない。

「ありがとうございます。」

 立ちあがって移動する間に、やっとセアラを見る事が出来た。

 笑顔で頷いてくれたので、少し安心できた。

「セアラもお座りなさいな。そんなに大勢に立たれていては落ち着かないわ。」

 大らかに明るく勧められて、セアラも椅子に座る。

「突然やってきたことを、悪く思わないでね。」

「もちろんです。」

 即答で返すと、微笑ましそうにされた。

「初々しいわね、セアラ。あなたには、こんな時はなかったわねぇ。」

「申し訳ございません、王太后さま。物心がついたときには、王子様方とあらゆるイタズラをしてしまっておりましたので。」

 セアラもにこやかに答えているが、内容は穏やかではない。いいのだろか。

 王太后は全く気にしたようすもなく、朗らかだ。

「そうだったわね。騒々しくも楽しい日々だったわ。」

「よろしゅうございました。」

 姿も言葉も、セアラはどこから見ても丁寧なのに、投げやりに聞こえるのがすごい。

 シンシアとセアラのお茶が運ばれ、王太后の前に置かれたカップも換えられる。

 お茶会、なのだろうか。

 これから、監査部に行くはずではなかったのか。

 これを飲んでもいいのだろうか。

 置かれた状況に、シンシアは混乱する。

「恐れながら王太后さま、本日はお時間があまりございません。」

 頭を下げつつセアラがそう言ったので、監査部にいく約束がなくなったのではないと見当がついた。

「わかっているわ。」

 王太后が、シンシアに向き直った。

「シンシア、少しだけ昔語りにつきあって頂戴。」

「はい。」

 お茶を口にしてから、王太后は誰からも目を離した。

「十七年前のことです。先王が突然の病でお隠れになってから、一年と経っていませんでした。東の隣国ジゼットとの国境線に不穏な動きがあることがわかりました。陛下がまだ国を掌握していないと思っていたでしょう。その隙をつき、領土を広げようとしてきたのです。陛下は対抗すべくアディード全土から徴兵を行いました。けれど注意深く、ジゼット王国と調停も行っていたのです。それが実を結ぼうとしていた時、老いた大将軍が最後の手柄をあげようと戦いの火ぶたを切ってしまいました。副将軍は、大将軍の野心に危惧を抱いていました。だから、陛下の命なきまま軍を動かすことのないよう、軍団長に言い含めていました。ただ一人だけ、その命に背き、大将軍とともに戦場を作ってしまいました。当然負けます。多くの人の命が失われました。ジゼットは、この後、調停を受け入れ兵を引きました。」

 これはシンシアも良く知っている話だ。

 王太后の言葉が少し止まった。遠くを見つめる視線は変わらない。

 セアラをそっと見ると、気がついてシンシアに少し悲しげな笑みを向け頷いてくれた。黙って聞いているだけでいいのだろう。

 話し始める前に、王太后は大きなため息をついた。

「残念なことに、ジゼットとの戦いに勝ったのは、大将軍が戦をしたからだと言う者が少なくありませんでした。ジゼットと停戦できたのが、あの戦のすぐあとだったせいでしょう。ジゼットも大勝したから兵を引き上げたと、面目を保つために吹聴していました。けれど、あの戦がなくても、停戦は叶ったのです。」

 少し早い口調になり、王太后は一旦言葉を止めた。そして、また静かに語り始める。

「時として人は、事実より、己の都合を選びます。陛下のお力を挫き、己の権勢をわずかでも高めようとする者はいつもいるものです。」

 陛下をないがしろにするなど、シンシアには思いもつかない。遠い国の物語を聞いているようだ。

「大将軍は免職にしました。ただし彼に従っただけのカティス子爵の扱いに関しては、意見が分かれました。結局、罪を問わず、戦の損失を出した子爵に慰労のため、王家所有の銅山の採掘権を十八年与える事になったのです。さらにその後、子爵を『英雄』だなどと持ち上げる者まで出てきました。」

 王太后の目がわずかに細められた。

「不本意な結果です。」

 シンシアは、緊張のあまりめまいがしそうだ。

「銅山の採掘権には、年間の採掘量の上限が決められています。これを超える事は許しません。」

 断罪の言葉に聞こえる。

「『英雄』という言葉を使い、利用したものを私は許しません。躾のできていない娘を内宮の侍女に推薦してきた者たちもです。」

 身がすくんだ。その内宮の侍女はエレーナの事だろうか。

 美しく大らかで誰にでも愛されるエレーナ、彼女は内宮でどんなふうに生活しているのだろうか。シンシアは初めて心配になった。

「カティスは、もっと頭をさげるべきでしょう。」

 冷たい言葉だ。

 王太后の目が一度閉じられ、再び開いた時には、最初の大らかな笑みが戻っていた。

「シンシア、あなたのオレンジを頂きましたよ。とても美味しかったわ。」

 急な話の展開に、思わずセアラを見た。

「セアラが持ってきてくれたの。去年初めて貰って、今年も待ち遠しく思っていたのよ。ガザ・オレンジに勝るとも劣らない美味しさね。誇らしく思いますよ。」

「お、恐れ入ります。」

 言葉が詰まった。

「カレイド・ジャムというのも美味しかったわ。」

 もう、言葉が出ない。セアラはなんということをしてくれたのだろう。

「オレンジは、内宮に届けて頂戴。詳しいことはセアラに確認して、なるべく早くね。」

 なんとか声を引きだし、頭を下げた。

「かしこまりました。」

「シンシア。」

 呼びかけられて、顔を上げた。

「しっかりと経験を積んで、よき手本とおなりなさい。」

 誰かの手本になれるなどとても思えない。けれど、もちろん無理だとはいえない。

「努力いたします。」

「それでよい。では、ふたりとも、退席を許します。大儀でした。」

 セアラがその言葉に、立ち上がる。シンシアも慌てて足に力を込めて立ち上がり、なんとか挨拶をした。

 最後に見た王太后は、国母らしく慈悲深さを感じさせる微笑みを浮かべていた。



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